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フェバル保管庫  作者: レスト
剣と魔法の街『サークリス』 後編(旧)
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54「世界滅亡へのカウントダウン」

 事件続きで丸一日以上眠っていなかった私たちは、野営が済んで作戦会議をした後、すぐにバルトン先生やディリートさんに指揮を任せてテントの中で仮眠を取ることにした。今のうちに少しでも寝ておかなければいざというとき体力が保たない。心は落ち着かないけど、そう言い聞かせてしっかり睡眠を取った。安静にして消費した魔力の回復もしなければならないし。


 余程疲れていたようで、隣のアリスは横になると間もなくぐっすり眠ってしまった。研究所地下で気絶させられていた私や石になっていて意識がなかったミリアよりも、ずっと長い間起き続けて頑張ってくれたのだから無理もない。私は小さくお疲れ様と声とかけて目を閉じた。





 異常な魔力の高まりを感じてはっと起き上がったのは深夜のことだった。横を見ると、アリスとミリアも同じくそれを感じ取っていたようで一緒に起き出した。


 三人で外へ出ると、他の人たちも多くが外へ出ており、みんな空を見上げていた。見ると、上空で異変が起こっていた。


 なんだあれは――!


 エデルの下部がエメラルドグリーンの光に包まれていた。目にしたならばはっきりとわかる。あそこに莫大な魔力が充実していることが。


 やがて、そこから光線が放たれた。月明かりの夜空を照らしながら、それはまっすぐ突き抜けていく。


 あっちは首都の方角――


 そう思ったとき、既に地平線の彼方へそれは到達していた。チカッと一瞬丸く光ったかと思うと、次の瞬間には眩い光が闇を掻き消した。まるで原爆が落ちたときのような、濃緑色のキノコ雲が空高く舞い上がるのが目に焼き付いた。やや遅れて届く轟音が大気を揺るがす。


 やがて雲は消え、辺りには何事もなかったかのように静寂が戻った。


 私たちは嫌でも思い知らされた。


 首都がやられた。ものの一瞬で。


 それは力を合わせてエデルに立ち向かおうとしていた私たちを絶望の底に叩きつける光景だった。何しろ、奴はその気になればサークリスだって簡単に消すことが出来てしまうということなのだから。


 多くの者は絶望し、膝を付く者や震え上がる者もいた。喚き出す者や逃げ出そうとする者まで現れ始めた。無理もないことだった。


 パニックになりかけたそのとき、イネア先生が鬼気迫る声を轟かせた。


「落ち着け!」


 逃げ出そうとしていた者たちがぴたりと動きを止める。先生はみんなを落ち着かせるため、堂々とした口調でその場の全員に語りかけるように言った。


「確かに今のはとてつもない威力だった。あんなもので狙われてしまえばサークリスなど一たまりもないだろう。だが、ならばなぜ今まで撃たなかった? なぜ首都を優先する必要があった?」


 辺りがざわめき始める。確かにそうだという声が聞こえてきた。先生は続ける。


「簡単なことだ。撃てなかったのだ。考えてもみろ。あれほどの威力だぞ。撃つまでには相当の準備時間が必要なはずだ。仮にエデル復活から今まで準備にかかったとすれば、再発射までには一日と少しの猶予がある。それまでに手を打てば良い。希望はある!」


 この言葉を受けて、みんなは闘志と冷静さを取り戻したようだった。状況はより厳しくなったが、元より厳しい戦いになることは覚悟の上で集まっている人たちだ。希望さえあれば立ち直れる。私はバラバラになりそうだった隊をまとめ直した先生を本当に凄いと思った。


 さらに先生はみんなに具体的な希望を持たせるために、私たちで話し合った作戦をここで告げた。


「我々は隊を二つに分ける。一つはサークリス防衛班。この陣で町を守るために戦ってもらう。そしてもう一つ、要となるのがエデル突入班だ。見ての通り、エデルの周辺ほぼ全てには強固なバリアが張られており、進入はほぼ不可能に見える。だが、複数あるゲートの付近だけは唯一バリアが張られていない。そこで少数精鋭で空を駆け、ゲートを突破しての進入を目指す。防衛班が町を守っている間に、突入班が進入に成功し、エデルを落とせば我々の勝ちだ!」


 方々でおお、という声が上がる。どうやら朝が来る前に今ここで作戦を話した甲斐はあったみたいだ。


「空を旋回している魔導兵は闇夜でも見通しが利く。今攻めるのは我々にとって不利だ。だが時間がないのも確か。そこで作戦の決行は予定を少し早め、明朝日の出と同時に行う。各自それまでしっかりと身体を休めておけ!」


 そう言って先生は締めくくった。先程まで絶望していた人々は胸に希望を取り戻したような顔をしてそれぞれの持ち場に戻っていった。ある者は仮眠を取るためテントの中へ。ある者は見張りへ。


 横にいたアリスが声をかけてきた。


「イネアさん、かっこよかったね」

「うん。先生にこんなカリスマがあったなんて」


 時々用事があるとか言われて修行が休みになったことがあったけど、それはどうも剣士隊の剣術指南をしていたらしいことは知っていた。だからいくら剣士隊には顔が知られているとは言っても、他の顔を知らない人たちも含めて纏め上げるのは非常に難しいはずだ。それを見事にやってのけた先生。普段道場で隠居生活みたいなことをしている人とは思えないよ。


「やはり先生には地上に残ってもらうことになりそうですね」

「そうだね」


 ミリアの言葉に私は頷く。今回、先生にはサークリス防衛班に回ってもらうことになっていた。クラムやトールとの戦いは私たちに任せて、隊を纏め上げる役を買って出てくれたのだ。本当は大戦力として一緒に空へ来て欲しかったけど、いつ隊がさっきのような状況になるとも限らないし、きっとトールはこちらに大戦力を投入してくるだろう。圧倒的戦力で消すと言っていたから。もし私たちが勝ったとしても守るべき町が残っていなければ意味がない。私たちがいない間、先生が頼りだった。








 アリスとミリアもテントに戻り、私も続いて戻ろうとした。


 ふと見上げると、夜空に淡く輝く青い月がほぼ真円を描いていた。きっと明日には満月だろう。


 だがそこで、私は妙な違和感を抱いた。森林演習の夜にたまたま月を眺めていなければおそらく気付けなかった些細な違い。


 待て。前に見たときよりもちょっとだけ月が大きくなってないか!?


 間違いなかった。


 気付けば明らかだった。月は少しずつ一見わからないように、だが確実に大きくなってきていた。


 ――まさか。


 私は空に浮かぶエデルを見やった。エデルから常時放たれる膨大な活性魔素。ラシール大平原に生物が住めなくなるほどの魔力汚染を起こし続けたそれは、これまでは大気中に霧散していた。それが今や全て一定の方向性を持ち、静かに天高く上っていた――月へと吸い込まれるように。


 私はとうとう気付いてしまった。ウィルが仕掛けた最大の罠に。


 エデルそのものは目くらましだ。あんなもので世界は支配できても、滅びはしない。


 あいつが世界を滅ぼすというのは、文字通りの意味だったんだ!


 あの砲撃がトリガーだった。力と支配欲に溺れた人間が禁忌の力を振るう。そのトリガーを引くことで、皮肉にもより大きな力によって滅ぼされてしまう。それも世界全体を巻き込んで。実に性格の悪い筋書きだ。


 ――かつて、魔法大国エデルはあいつが引き寄せて落とした隕石によって滅びた。


 だが、よく考えてみればわざわざ隕石を引き寄せる必要なんてなかった。なぜなら、最も大きくて最も近い隕石はすぐそこにあるのだから。


 小さな隕石で国が滅びた。世界を滅ぼすなら、もっと大きなものを落とせばいい。


 単純な答えだった。憎らしいほど単純で、どうしようもない答えだった。


 あいつはあえて月を残していったんだ。このときのために!


 私は青い月を睨み付けた。それは静かに、だが確実に世界滅亡へのカウントを刻んでいた。


 ――このペースなら、あと一日か二日で重力圏に達してしまう。





 月が落ちる。





 世界は、滅びる。





 私にはもうどうすればいいのかわからなかった。


 あまりにもスケールが違い過ぎた。絶望すら通り越して、逆に実感がわかないレベルだった。


 なんて奴だ。ウィル。あいつは、なんてことを……


 ――ただ一つ出来ることは、エデルを止めること。それだけだった。


 エデルから放たれる魔素の供給を絶てば、月の落下が止まるかもしれない。その可能性に賭けるしかない。


 私は決意を胸にテントへと入っていった。


 アリスとミリアの安らかな寝顔を見て、泣きそうになった。


 もし月が落ちたら、二人は。みんなは――


 世界を守れないかもしれない。私は敵のあまりの強大さを改めて思い知った。そして、この手の届く範囲のあまりの小ささを思い知らされた。


 もう寝付くことは出来なかった。ひたすら無力に打ちひしがれた夜だった。

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