間話8「マスター・メギル、首都に手を下す」
エデル王宮殿。トール・ギエフは一人無人の王の間で立派な玉座に座り、ほくそ笑んでいた。ようやく彼の半生をかけた念願が叶ったのである。圧倒的な力を世界に誇示し、自らが世界の支配者となるときがついにやって来たのだ。そんな彼にとって余計な部下はもはや邪魔であった。偉大なる叡智を冠するのは自分一人だけで良いと彼は思っていた。だからこそ彼は容赦なく部下を始末したのである。
ただ一人、例外はクラム・セレンバーグという男であった。自分が非力であることは彼自身が一番良くわかっていた。バリアも張られ、守りも万全なこの国にまさか侵入出来る者はいないだろうが、万が一の事態のために自分一人で良いという信念を多少曲げて切り札だけは手元に残しておいたのだった。
その彼は今王立図書館に向かって行った。さらなる力を求めて。結構なことだ、とトールは思った。彼がより強さを手に入れてくれるなら、これほど心強いことはない。いずれ落ち着いたら自分もさらなる叡智を求めてそこへ通うことにしようと、読む本が尽きない楽しい将来を思い描いてトールは満足気に頷いた。
だが、まず今はやるべきことがあった。目と鼻の先にある目障りな町は、数々の魔導兵器を試運用しつつ直接兵力で叩き潰し、その様を眺めて楽しむとして。これまでずっと様子を伺いながらこそこそするしかなかったが、そんな日々もついに終わりだ。エデルの力を持ってすれば、彼にとって最も厄介な勢力であった首都ですら簡単に滅することが出来る。
エデルが復活してから丸一日が過ぎようとしていた。トール・ギエフはサークリスを攻める兵力の準備を行いつつ、ある兵器の使用準備を進めていた。チャージには一日の時間を要するが、何度でも使用可能な超魔導兵器。その威力は町一つ跡形もなく消し飛ばす。
魔導砲『ヴァナトール』。彼は偶然にも自分の名前が一部に付いたこの兵器を非常に気に入っていた。とうとう自らの権限で自由に使用出来るときがやってきたことに至上の喜びを感じながら、彼は発射準備が整ったことを知らせる独特なブザー音を聞き取った。発射スイッチは玉座の右側の肘掛けにある蓋を外すと、誤って簡単に押さないように透明な材質で出来た硬いカバーに覆われた状態で付いている。
あとは撃つだけなのだが、その前に。彼は玉座の左側の肘掛けに付いている蓋を外し、水晶モニターのスイッチを入れた。玉座の間上部にある巨大な水晶球が光る。それは望むままの景色を映し出してくれた。今水晶球は浮島の下部に備え付けられた主砲の姿を、闇夜の中でも鮮明に捉えていた。白銀の滑らかなメタリックフォルムの先端に大きく開いた砲口。芸術的美と実用性を兼ね備えたデザインを目の当たりにし、彼は人前では決して見せることのないうっとりとした表情をした。
いよいよこいつを使うときが来た。彼は内心躍らせながら、右側の蓋を外して拳でカバーを割り、そのままの勢いで叩くようにしてスイッチを押した。
砲口に濃厚なエメラルドグリーンの光が急速に集まっていく。高度に凝縮された純粋な魔素は空の色と同じ輝きを示す。かつて彼が読んだ文献に記されていたまさにその事実が、今眼前のモニターに映っていた。
標的は首都ダンダーマ。住人共は苦しむことなく一瞬で息絶えるだろう。その分もがき苦しんで死ぬサークリスの連中よりは幸せかもしれないな。そんなことを思いながら、彼は邪悪に口元を歪めた。
間もなくそれは放たれた。空駆ける眩い光が闇夜を貫く。光線は遥か遠く、首都ダンダーマの方角へ真っ直ぐに飛んでいき、そして――地平線の彼方に濃緑色のキノコ雲を作った。
それは夜の闇を一瞬で塗りつぶし、昼に変えてしまうかと思われるような強烈な光を伴っていた。地の果てまで届く轟音が、威力の凄まじさを克明に物語っていた。
やがて静寂が戻り、キノコ雲も掻き消える。後には何も残らなかった。
まるで地図からマークを消すかのようにあっけなくそれは達成された。首都ダンダーマは滅びた。