53「サークリスを守れ 戦力集結」
アリスに連れられて、まずは魔法学校の屋外演習場へと向かった。正門に入り、演習場が見えたところで――あまりに活気に驚いてしまった。
広い演習場を埋め尽くさんばかりの人たちがそこにはいた。グラウンドの中央に整然と揃うサークリス魔法隊を始めとして、その横には同じく列を取る学校の先生や学生たちがいた。そればかりではない。こちらから見て手前側の隅には一般市民の有志たちまでおり、反対側の隅の方には元仮面の集団と思われる人たちもいた。
アリスがの方を向いて興奮気味に言った。
「すごいでしょう!? アーガスがオズバイン家臨時当主として町中に危機を呼びかけたのよ。そしたらこんなに集まってくれたの! 学生の多くや仮面の集団だった人たちはカルラさんの力よ! それに、剣術学校の方もかなりいるわよ! そっちはイネアさんがまとめてくれてるわ!」
私はこの光景にとても感動していた。サークリスは剣と魔法の町だとよく聞いていたけれど、その意味が本当にわかった。ただ単に剣と魔法が盛んなだけじゃない。命がけの戦いになるにも関わらず、こんなにも多くの勇敢な人たちが町を守るために集まってくれた。有事の際にはここまで力を合わせられる。剣と魔法をもって一つになれる。それがこの町の本当の魅力であり、強さなんだ。
私は前の方の目立つ場所で忙しそうに全体を取り仕切っているアーガスを見た。
あいつ、だから私に『アールリバイン』の習得を任せたのか。新しい魔法がクラムに届き得るのなら、奴は彼の仇なんだ。彼の性格なら多少時間がかかっても必ずものにしようとするのが普通だろう。でも、家の名を利用してサークリスが危機に陥っていることに説得力を持たせられるのは自分しかいなかった。だからまた自分を殺して率先してその仕事をやってくれたんだ。本当は家の名をかざすのだって嫌いなことの一つのはずなのに。
――本当に尊敬するよ。クラムとは必ず一緒に戦おう。仇が討てるように力になるから。
演習場に入っていくと、ミリアと一緒にまずはクラスメイトたちが暖かく迎えてくれた。嬉しかったけれど、数が明らかに減っていることに気付き、心が痛くなる。それでも、森林演習のとき私のおかげで助かったと多くの人から感謝された。ないものねだりだってわかってるけど、出来ればみんな助けたかった。
やはり一般には決して許されないことをカルラ先輩はしてしまったのだと思いつつ、私はアリスとミリアと共に仮面の集団エリアにいる彼女の元へ向かう。彼女の隣にはケティ先輩がいた。
ケティ先輩は私たちに気付くと、カルラ先輩の腕を引っ張りながら駆け寄ってきた。そして彼女の頭を後ろからぐいっと押して無理矢理頭を下げさせつつ、自分も深く頭を下げてきた。
「本当にありがとう。この大バカを正気に戻してくれて」
「いえ。私は何も」
「私も説得に失敗してしまって石です」
「あたしはただ喧嘩しただけですから」
ケティ先輩はふっと表情を緩めて首を横に振った。
「あなたたち三人のおかげよ。みんなの気持ちがこいつに響いたの。そうでしょ?」
彼女が手の力を緩めつつカルラ先輩に問いかけると、頭を上げたカルラ先輩は私たちを見てこくりと頷いた。ケティ先輩に散々怒られたのだろう。その顔は今にも泣きそうなくらい沈んでいて、借りてきた猫のように大人しかった。
「森林演習のとき、私だけ頑なに置いてくから変だと思ったのよ。まさかこんなことをしていたなんてね……こいつが元気ならそれでいいって思ってたところはあった。けど、引っ叩いてでも止めさせるべきだったわ。ロスト・マジックの研究なんて!」
怒りを示したケティ先輩に対し、カルラ先輩は申し訳なさそうにしゅんとした。
「……本当にごめんなさい。ケティ」
ケティ先輩はカルラ先輩の肩を掴むと、真剣な顔で言った。
「私にだけは怖くて何も言えなかったんでしょ……ほんとにもう。いい?」
彼女は突然声を張り上げた。これまで抱えてきただろう想いをカルラ先輩にぶつけるように。
「私たち、親友でしょう!? あなたがエイクを亡くしてどれほど辛かったのかなんてよーくわかってるわよ! もっと私に泣きつきなさいよ! 死にたかったなら死ぬ気がなくなるまで嫌ってくらい付き合ってやるわ! だから……っ!」
彼女が言葉を詰まらせる。感情の高ぶりのあまり、飄々としている普段では決して見せないような涙を頬から流していた。
「もっと私を頼りなさいよ! なんでそうしてくれなかったのよ!? なんでよおっ……! バカよ……大バカよ! あんたは……!」
もう何も言えなくなったケティ先輩は、カルラ先輩に抱き付いて顔をくしゃくしゃにして嗚咽を上げた。抱き付かれたカルラ先輩もわんわん泣きじゃくり始めた。ごめんなさいを何度も言いながら。それは立場が対等な親友が相手だからこそ出来る、みっともないけれど暖かい泣き方だった。
私もつい目頭が熱くなってきて一緒に泣いてしまった。横を見ると、アリスとミリアも泣いていた。
私は本当に心配だった。トールに騙されていたばかりか、彼氏まで殺されていたことを知ってからのカルラ先輩は見るからに生きる希望を失っていた。それでも責任感と罪悪感だけで無理を押して動いてるのが明らかにわかったから。けど、もう大丈夫。私たちだけじゃなくて、こんなに親身になってくれる親友がいるんだから。そのことを改めて心に刻み付けたカルラ先輩なら、きっと立ち直って罪を償っていけると思う。
続いて、まだ二十代という若さで魔法隊の大隊長となったエリック・バルトン先生と、未だ良い相手が見つかっていない三十路のベラ・モール先生と少し話した。バルトン先生はアーガスに自分がいない間の総指揮を任されたようでかなり気合いが入っていた。モール先生の「町を守らなきゃ結婚どころじゃないわ」という冗談めいた言葉が意外に真理を突いているような気がした。みんな人それぞれの理由があってここにいるんだ。
アーガスは学校から物資を運び出す指示を飛ばすなど準備で忙しくしており、話すことは出来なかった。けど、私たちの姿を認めると軽くウィンクしてくれた。アーガスファンクラブの人たちが自分に向けてくれたと思って黄色い声を上げた。あんたらこんなときに暢気だな。いや、まあそれでいいんだけどね。実際彼女たちは働き者のようで、アーガスラブを原動力に彼の指示に率先して作業に当たっていた。
一通り挨拶が済んだところで、三人で隣にある剣術学校の屋外修練場へと向かった。そこにもアリスの言った通り多くの人たちが集まっていた。真ん中には半壊して魔法隊よりはだいぶ数が少なくなったけれども、危機に対して真っ先に行動を起こしてくれた剣士隊がやはり整然と並んでいた。横には市民の有志や退役軍人らしき人たちもいる。
イネア先生は剣士隊の前で腕を組んで立っていた。その横で先生と親しげにしていたのは、立派な髭を蓄えた白髪の老人だった。先生に負けず劣らず威風堂々とした佇まいであり、先生と相談しつつ彼が実質的な指示を飛ばして準備を進めていた。話には聞いていたけど、彼が私の年のずっと離れた兄弟子であるディリートさんかな。
アリスとミリアを置いて挨拶に行くと、二人は表情を緩めて快く迎えてくれた。イネア先生は彼に既に私のことを紹介していたみたいだった。
「この子が先程話した新しい弟子だ。気力がないのは言った通りだ」
彼は私をその眼光鋭い目でしっかりと見据えると、軽く頭を下げた。
「かつてイネア先生に教えを受けた。ディリート・クラインと申す」
「はじめまして。ユウ・ホシミです」
しっかりお辞儀をして、握指もといシミングを交わした。彼の指はしわくちゃでごつごつしていた。彼は私の目を覗き込むと、落ち着いた調子で笑った。
「ふっふ。真っ直ぐな目をした子だな。イネア先生の修行はきつかろう」
そう言った彼の目には同情と共感が込められていた。きっと彼も昔先生に酷くしごかれたのだろう。
「はい。何度死にかけたかわかりませんよ」
イネア先生が私の頭にぽんと手を置いてディリートさんに言った。
「お前と違ってすぐ弱音を吐くし情けない奴だが、まあ呑み込みは早い方だな」
ディリートさんは私と先生を見て何かを懐かしむような遠い目をした。
「何だか昔のことを思い出しますな」
先生もしみじみと頷く。
「そうだな。お前も随分と立派になったものだ。あのやんちゃ坊主がな」
ディリートさんは立派な顎鬚をさすりながら、ふっと微笑んだ。
「人の一生は短いですからな。その分生き急ぎましたとも。おそらくお先に行かせてもらうことになるでしょう」
「ふっ。そう寂しいことを言うな。いくつになってもお前は私の可愛い弟子だぞ」
「ふっふ。この老いぼれに可愛いとは。先生も相変わらずだ」
「お前もだ。その笑い方は変わらんな」
「まったくですな」
お互い腹で笑い合う二人には、その二人にしか通じない何かがあった。けれど確かに感じられる師弟の絆に、弟弟子である私も暖かい気持ちになった。
やがて、ディリートさんが全員を整列させると、イネア先生が前に立って決起演説を始めた。
「我々はいま、未曾有の危機にある。見えるだろう。復活した魔法大国エデルの姿が。伝説に記された脅威が、まさに我々を飲み込もうとしている」
辺りに波打つように緊張が高まった。先生は続ける。
「英雄クラム・セレンバーグの謀反。この危急の事態に皆を救う刃となるはずの彼こそが、仮面の集団一の剣客であったという事実。多くの者は落胆し、嘆き、怒り、そして絶望したことだろう」
見ると、多くの人が俯いていた。悔しがり、あるいは怒り、泣き。それぞれが様々な表情を示していた。
「だが、たとえ英雄がいなくとも我々は立ち上がらねばならない。忘れるな。己一人の剣こそが、集まって大きな力を為すのだということを。お前たち一人一人が小さな英雄であり、主役なのだということを」
彼らの心に火が灯ったように見えた。そうだよ。英雄がいなくたって、彼ら一人一人が立派な戦士なんだ。
「命がけの戦いになるだろう。だからこそ私は問おう。お前たちが何ゆえに剣を取ったのか。その剣に乗せる誇りは何か。想いは何か。自分のため。愛する人や家族のため。人それぞれのものがあるだろう。今一度それを深く胸に刻み付けるがいい」
ある者は表情を引き締め、ある者は目を瞑り、ある者は胸に手を当てて、それぞれが想いを馳せていた。
少し間をおいたところで、先生が一段と声を上げた。
「そして感謝しよう。よくぞここへ集まってくれた。お前たちは勇敢なる戦士だ。そんなお前たちに改めて頼みたい」
先生は気剣を出すと、天高く突き上げた。
「どうか力を貸してくれ! サークリスを、この町に暮らす人々を守るために!」
「おおーーーーーーーーっ!」
みんなが一斉に剣を掲げた。びりびりと大気が震え、辺りに勇猛なる雄叫びが響き渡る。私は胸が熱くなった。
それから私たちはイネア先生率いる剣士混成隊、アーガス率いる魔法混成隊と共にラシール大平原へ、サークリスを出て少しのところまで行進していった。そこで陣を張り、敵襲に備える。
時刻は夜。決戦のときが近づいてきている予感がした。