間話7「焦点の惑星エラネル」
とある世界。金髪の青年は針の森と呼ばれる場所を歩いていた。彼の周りには、一見すると色形ともに針葉樹のように見えるものが無数に生えている。実のところそれらは全てある金属の結晶であった。その金属はラスピスと呼ばれていた。大地をもくまなくラスピスが覆うこの場所は通常の生物が生存するにはおよそ適さず、それゆえにこれを食べて消化することの出来る好金属生物たち以外は一切存在しない死の森だった。
ラスピスは非常に恐ろしい金属であり、この世界に住む人間たちの技術では全く加工することが出来ない、いや加工してはならない代物だった。この金属は直接触れた者やものを徐々に侵食していく性質を持っている。
何も知らずにこの森に出かけた少年がラスピスのかけらを持ち帰る。翌日、彼の住む家は住人ごとラスピスの塊と化したという。こうなるともう町全体に被害が及ぶ前に例の好金属生物に全て食べさせる他はない。実のところ彼らがラスピスを食べることによって、森は一定の範囲を超えて広がることはなく済んでいるのであった。
こんな恐ろしい金属だらけの森に、無論この世界の住人はわざわざ近づくはずもないのだが、そんな何者も近寄らない場所だからこそ、ひっそりと暮らす異世界よりの旅人には最適な隠れ家であった。
歩いている青年の名はレンクス・スタンフィールド。ユウの友人であり、特殊能力『反逆』を持つフェバルである。彼は九年前にまだ幼いユウとした、ユウと再会するという約束を果たすために、星から星へと移動を続けた。そして今はこの森に住むというあるフェバルを探している。
宇宙船を使用したり、死亡すれば強制世界転移というフェバルの性質を利用して、自殺することで世界を渡ったり。そうして彼が通過した世界はもう十にもなるが、『星占い』のエーナによればこのルートが最も早いとのことであった。
惑星エラネル。魔力許容性が相当に高く、魔素に溢れる魔法使用者にとっては理想的な星であるという。ユウはその星のサークリスという町に暮らしていると彼は聞いていた。
彼にとってそこへ辿り着く方法は主に二つある。一つは星間移動が何らかの手段によって可能な文明のある星まで行き、その手段によって直接エラネルへ到達すること。もう一つは自らの能力『反逆』を使用することである。前者の方法は実直ではあるが、所要時間をエーナが占ったところ今回は時間がかかり過ぎるため却下となった。後者の方法ならば、ギリギリで間に合うのではないかというのが彼女の見立てだった。
ここで言う間に合うというのは、惑星エラネル滅亡の可能性までのタイムリミットに対してである。現時点からあと二十時間以内で世界は滅びるかもしれないとエーナの『星占い』は予言した。彼女の占いは全てが正確にわかるわけではないが、あらゆることをある程度は確かに占うことができ、その精度では決して外れることがない。ゆえにレンクスは内心かなり焦っていた。彼は滅亡の要因に関しても彼女に占ってもらおうとしたが、彼女は占おうとしたところで残念そうに首を横に振った。ウィルに『干渉』をかけられていて調べられないと。
さて『反逆』を使う場合、彼一人ではエラネルに行くことが出来ない。彼自身がエラネルに行った経験がないためだ。彼にはそこへ行った経験のあるフェバルの協力者が必要だった。その協力者となる人物がこの場所にいるという。
その協力者さえいればやり方は簡単だった。フェバルの運命を支配する絶対の理、星脈。その脈動に従って各フェバルは世界から世界へと流されていく。この流れに逆らう『世界逆行転移』を、レンクスはそのフェバルが行ったことのあるそれぞれの世界に対し一度だけ使用することが出来る。彼はそれを使い、協力者と共に惑星エラネルへと乗り込むつもりだった。
やがて、レンクスはついに探していた彼を見つけることに成功する。その人物とは、容姿は二十代後半から三十代前半ほどに見える、黒髪短髪で筋骨隆々の大男だった。彼はレンクスが来ることを既に察知しており、いつぶりともなる懐かしい再会に頬を綻ばせた。
少し時は遡り、また別のとある世界。アーフェラム大神殿。
ウィルは、その世界で最も高名な巫女を脅し、水晶玉でエラネルの様子を映させていた。巫女は恐怖に震え、ほとんど言うことを聞くだけの人形のようになっていた。
彼はエデルが浮上していく様を眺め、あくびを噛み殺しながらにやりと笑った。
「お。始まったか」
彼の背後では、勇者ラルトが聖剣リヴェストを両手で持ち、猛然と迫っていた。彼はそれを全く見向きもせずに暢気に独り言を言った。
「ユウ。お前がどこまでやれるかお手並み拝見といこうか」
「はああっ!」
勇者の最強剣技『グレイザッシュ』が炸裂する。かつて世界を恐怖の混沌に陥れた魔王を打ち倒したとき、いやそれ以上に充実した魔力と気力を込めた魔気融合の絶技であり、世界でただ一人勇者にしか使えないものだった。
その威力は現時点におけるユウの『センクレイズ』の数倍はあっただろう。だが、きっちり当たったはずの彼にはかすり傷一つ付かず、代わりに耐え切れなかったのは剣の方だった。神より賜りし伝説の金属レミリオンで出来ているはずの聖剣の先が、なんと欠けてしまったのだ。
そこで初めてウィルは勇者に振り返る。
「さっきからうるさいなお前。もう少し静かにしろよ」
勇者は、彼の凍るような冷たい目と、それとは乖離した素気ない態度と台詞に、これまで対峙したどんな敵とも異質な恐怖を覚えた。それでもラルトは勇者である。決して臆することはなかった。
「貴様! 真面目に戦え!」
ウィルはやれやれと呆れた。
「戦いねえ。その言葉はある程度レベルが近くないと意味がない。違うか?」
ラルトは何も言い返すことが出来なかった。彼には勇者として、世界第一級の実力者としての自信も誇りもあった。だが今やそのどちらも無残に打ち砕かれていた。目の前のたった一人のイレギュラーによって。彼にはもはやその他大勢の無力な人間のように望みを言うことしか出来なかった。
「浮雲の巫女を、エリシアを返せ!」
勇者と巫女は婚約者同士であった。それだけに、彼の彼女を取り戻そうという想いも必死だったのである。
「ああ。彼女か。そんなに望むなら返してやるよ。もう用は済んだし」
ウィルは巫女を浮かび上がらせると、勢い良く勇者の方へ飛ばした。勇者は慌てて剣を置き彼女を受け止めようとする。
そのとき、なぜか彼の手が勝手に動き――
――聖剣で彼女の胸を貫いてしまった。
巫女は勇者の胸に抱かれたまま絶命する。勇者は絶叫した。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーー!」
ウィルはその光景を酷くつまらなさそうに眺めつつも、自らがエラネルに仕掛けたものを想って少し気分を良くした。
「僕は今機嫌が良い。だからこの世界に素晴らしい贈り物をしようと思う」
「何をするつもりだ!」
最愛の人を失い、悲しみに身を震わせながらそれでも勇者であり続ける彼に、ウィルは愉しげに言った。
「この世界には二つの大陸がある。それぞれ人間と魔族が主に暮らしているらしいな。それで、勇者であるお前はよく言っていたそうじゃないか。人間も魔族もなく、世界が一つになればいいと。同感だ。一つにしようじゃないか」
不敵な笑みを浮かべたウィルは、『干渉』の力を最大限に振るった。この世界のような小さな星であればそれは十分に可能だった。
『プレートモーション』
直後、地が激しく揺れ始める。まるで星全体が震えているようだった。
「貴様! 一体何をしたっ!」
怒りを込めて叫んだ勇者に、ウィルは何でもないことのようにさらりと答えた。
「なに。マントルの流れを少し弄ってやっただけだ。じきに世界は一つになるさ。文字通りな」
言われたことの意味が理解出来なかった勇者は、しかし全く止まない地響きに事の大きさだけは理解した。そして愕然とする。目の前の相手は天災すら起こせるレベルだということに。圧倒的な格の違いに。
「さて。まあ僕が動くことはないと思うが、一応隣の世界までは行っておくか」
その台詞の直後、ウィルはその場から忽然と姿を消した。残された勇者はただ一人揺れ続ける星で絶望に膝を突くしかなかった。
ウィルのいなくなった世界で、大地震と大噴火があらゆる場所で次々と起こり出す。それはまさにこの世の終わりのような光景だった。