51「空中都市エデル浮上」
ミリアが魔法の名を告げた直後だった。地を大きく揺るがす激しい地震が起こった。大陸の中央に位置し、活断層が近くに存在しないサークリスでは地震などほぼ全く起こらない。考えられる原因は一つしかなかった。ついに始まったんだ。
「外へ出てみましょう!」
カルラ先輩の呼びかけに頷いて、全員で外へ出る。ラシール大平原の方角を眺めた。そこでは、まるで夢かと思ってしまうかのような圧倒的光景が繰り広げられていた。
草原の大地が開くように割れていき、そこからゆっくりと何かが浮上してくる。夜なので色のほどはよくわからないが、月明かりが形だけは照らし出してくれた。
まず目に映ったのは立派な城だった。どうやら王宮殿のようだ。そこを始めとして、徐々に全体の姿が露になってくる。高層ビルが。時計塔が。町中に張り巡らされた、宙に浮かぶ透明なチューブ状の何かが。そして数々の丸い形をした民家が。それは、サークリスを優に超えるほどの巨大な町だった。まるで地球でも見たことがないほどのテクノロジーを感じさせるメトロポリス。それが空高く浮かび上がっていく。
やがて輝く青い月と星空を背景に、それはかつての堂々たる姿を俺たちにまざまざと見せ付けた。
空の海に浮かぶ孤島。もはや誰もいない空中都市は、ただ二人、邪な野心を抱く新たなる王と偽りの英雄を迎え入れて。魔法大国エデルはついに蘇った。
気付けば、異変に気付いた人々が夜中にも関わらず次々と起き出していた。既にあちこちで部屋の明かりが付き、多くの人が外へ出てこの信じられない光景を眺めていた。
やがて、島の周囲を赤い光の壁のようなものが覆っていく。トールの話を鵜呑みにするならば、侵入者を防ぐバリアが展開されているようだ。それはじきに都市全体をほぼ隙間なく包み込んでしまった。
それから、いくつかバリアに穴が開いている部分、おそらくゲートから何かが次々と飛び出してきた。最初はわからなかったが、よく目を凝らしてみればそれらは小型竜だった。さらにその上に人型の何かが乗っている。そいつらは島の周りをぐるぐると飛び回り始めた。まるで警備をするかのように。
当時を知るイネア先生が苦々しい顔をしながら説明してくれた。
「竜の上に乗っているのは魔導兵だ。死体を魔力で操っている。どんなに傷付いても動きを止めない厄介な者たちだ。奴め、死者を冒涜する禁断の魔法を平気で使うとは」
それを聞いたアーガスが不敵な顔で言った。
「なに。かえって気が楽だぜ。生身の奴が相手じゃない分思い切りやれるからな」
俺も同意だ。やっぱり生きた人を斬るというのは敵であっても抵抗があるものだから。
「しかしまあ、よくもあれだけの竜を従えたものだ。小型であっても竜は竜。容易には人に頭を垂れぬ誇り高い種族のはずだが」
先生が驚いたように言うと、カルラ先輩が申し訳なさそうな顔で口を開いた。
「おそらく洗脳装置や洗脳魔法を使っているわ。魔法演習のときわたしに実験させたのは……」
言葉の詰まった彼女の代わりに、ミリアが続けた。
「この日のためでしょうね。敵は実に用意周到に準備を進めていたみたいです」
アリスは憤慨した。
「何よそれ! 操ってばっかり! 反則じゃない! 少しは自分で戦いなさいよ!」
自らの部下や関係ない他の生物すら好き勝手に操ってゴミのように切り捨てていく。そんな卑怯で最低なやり方に怒る彼女の気持ちはよくわかる。俺も口にこそ出してないけど、同じように憤りを感じていた。まあ、トールの奴の性格からして自分から出てくることはおよそ考えられそうになかった。そこがまた腹立たしいのだが、やり方としては合理的だ。おそらく奴自身はそこまで強くないのだろう。だからこそ、用心棒として最強の切り札であるクラムだけは残したんだと思う。
アリスは、俺の方を向いて尋ねてきた。
「ねえ、ユウ。トールってこの町を滅ぼす気なんでしょ?」
「そうだよ」
すると、彼女は溜息を吐いた。
「敵は最強の魔法大国。首都からの応援は望めない。剣士隊は半壊状態」
指を折りながら一つ一つの要素を挙げると、いつもは前向きなアリスも、今回ばかりは顔を引きつらせた。
「あたしたち、絶体絶命のピンチってやつかもね……」
そう思っているのはアリスだけじゃないだろう。俺を含めて、浮かない顔をしているみんなの実感するところだろうと思う。
エデルをこちらから攻めるのは厳しい。進入するには当然空から行くしかない。それだけでも困難なのに、空にはたくさんの見張りと、そして鉄壁のバリアがある。俺にはまるで攻略不可能な空中要塞のように思われた。
対して、奴らから攻めてくるのは簡単だ。開かれた町であるサークリスには障害など何もない。
エデルには圧倒的な戦力があるという。果たしてどんな手を使って攻めてくるのだろうか。いずれにせよ厳しい戦いが待っていることは間違いなかった。
――だが、どんな困難が待っていたとしても。ここにいるのはそう簡単に諦めるような人たちじゃない。やってやろう。あいつらに思い知らせてやろう。この町に住む人々の力を。絆の力を。
俺は気を入れ直すと、みんなに言った。
「まだ敵が攻めてくるまでには時間があるはずだ。その間に戦力を集めよう。やれることはやろう。大丈夫。これまでだってなんとかしてきたじゃないか。きっとなんとかなるよ!」
みんなは、力強く頷いてくれた。本当に心強かった。
「そうね。敵がハッキリした分やりやすいじゃない! あいつらなんかやっつけちゃおう!」
「私たちを敵に回したこと、後悔させてやります」
「空でお高く止まってる奴らを引き摺り下ろしてやるとするか。きっちり仇は討ってやるぜ」
「よし。私はディリートを通じて剣士隊の指揮に回るとしよう。町の防衛は任せろ」
「わたしもあの手この手で戦力を引っ張ってくるわ。魔法関係はどーんと任せなさい!」
俺はミリアの方を向いて言った。
「ミリア。君の家に連れて行ってくれ。絶対に『アールリバイン』を習得してみせる」
「わかりました。いきましょう!」
クラムに届き得る唯一の攻撃手段。これなくして勝利への道はない。必ず身につけてみせる。
「じゃあ、準備が出来たらまたここへ! 一旦解散だ!」
「「「「「おう!」」」」」