50「二つのロスト・マジック 時空魔法と光魔法」
まずは男になって、全員の怪我の治療に当たることにした。先生は自分の怪我を治すので手一杯だったので、俺がほぼ全部やることになった。先生に比べると下手で時間がかかったけど、どうにか目立った傷跡を残さないように治療することが出来た。
カルラ先輩は自らが仮面の女として活動していた理由を話し、全員に深く詫びると共に自首すると言った。ミリアはやはりかなり事情がわかっていたようで、自分にしたことに対してはあっさりと許した。アーガスは険しい顔をして「全く理解出来ないというわけではない。ただ絶対に許されることではないし、オレは一生許さない」とだけ言った。彼女はそれを慎んで受け止めていた。まあ俺やアリスやミリアが甘いだけで、彼女のやったことは世間的には決して許されることではないのだから、こういう厳しい言葉もあってしかるべきだろうと思う。
仮面の集団の生き残りは、カルラ先輩に身元の裏を取ってもらった後一旦拘束することになった。彼らは命が助かっただけでもありがたいようで、抵抗せず大人しく従ってくれた。
カルラ先輩自身については彼女の良心を信じ、拘束はしなかった。代わりに、サークリスを間もなく襲うであろう未曾有の危機に対してひとまず力を合わせてもらうことになった。彼女は、魔法学校の顔が広い先輩として学校の後輩たちに、さらに仮面の集団幹部として他に残っている集団の戦力に話を付けて味方に引き入れることを約束してくれた。敵のときは恐ろしかったけど、味方に付けばこれほど頼もしい人も中々いない。
それから、六人で情報交換及び作戦会議を行った。まず俺から、トール・ギエフが語った自らの野望について話した。空中都市エデルの復活と世界支配。サークリスを滅ぼそうとしていること。反応は様々だったが、総じて奴は許せない、この町は守るという点で一致した。
アーガスからは仮面の集団についての詳しい話が聞けた。クラム・セレンバーグとトール・ギエフの詳細な経歴などがわかった。あまりの詳しさに、カルラ先輩も「よくそこまで調べたわね」と舌を巻いていた。「だから消されたんだがな」と彼は怒りを滲ませながら自嘲気味に言った。
そして今回、まさに命を張って値千金の重要な情報を得たのが他ならぬイネア先生だった。
「クラム・セレンバーグの能力の正体がわかった」
「本当ですか!?」
「なに!? ぜひ教えてくれ!」
身をもって彼の恐ろしさを体験していた俺とアーガスは、思わず身を乗り出した。
「まあ落ち着け」
先生は俺たちを制してから言った。
「時間操作魔法だ。奴は時間停止と時間消去が出来る」
「時間停止と、時間消去だって!?」
「なんだと!?」
ゲームや漫画で一応見たことはあるけど、まさか本当にそんな真似が出来る奴がいるなんて……!
だけど、それなら辻褄が合う。全く認識出来ない一瞬で動いたことも、ナイフがすり抜けるように彼を通過していったのも!
時間停止にしろ時間消去にしろ、使う瞬間は一切認識出来ないはずだ。それを見抜いた先生はやっぱり凄いと思った。と同時に、自分たちが戦おうとしている敵の強大さを改めて思い知った。
そんなの、一体どうやって勝てばいいんだ?
驚愕する俺たちをよそに、先生は続けた。それは先生の恐るべき観察眼を示す内容だった。
「効果時間は約2.1秒。これは時間停止でも消去でも一緒だ。時間停止の場合、停止中に奴が動ける射程は約十一メートルだ。時間停止中に有利なはずの飛び攻撃を一切しなかったところから判断するに、停止中には奴自身と奴が所持しているものしか動けないと見て良いはずだ。さらに、一度使用後には数秒のインターバルが要る。ただし、日に一度だけだが間を置かず二回連続で使用出来るらしい。私はそれで虚を突かれやられてしまった。まあその場合の二度目は効果時間がより短いようだ。現に奴が最接近していた私に攻撃を届かせる直前に時間停止の効果が切れてしまった。それで咄嗟に身を引いたから致命傷にならなかったのだ」
鳥肌が立った。たった一度の戦いでここまで読み取るなんて。ほぼ能力が丸裸じゃないか。俺じゃ絶対にここまではわからなかった。一体どれだけの経験を積めばこのレベルに達することが出来るのだろうか。
アーガスが舌打ちした。
「道理で手も足も出なかったわけだ。時を止められちゃどっちも出しようがないんだからな。だが、タネがわかってしまえば対抗策は練れる。恩に切るぜ」
「ああ。言った通り、奴は時間を操る。奴を中心に半径十一メートルもの即死領域があるのだ。接近しなければ威力が発揮出来ない気剣術主体の私では絶望的に相性が悪かった。私では勝てない。だから、魔法が使えるお前たちの力で奴をどうにか倒して欲しいのだ。どんな困難を前にしても挫けなかったお前たちなら、きっとやれると信じている」
それは、俺の前で「超人」である先生が自らの限界を初めて明確に認めた瞬間だった。つまり、それほどの相手だったのだ。能力を丸裸にするほどおそらく良い勝負をしておきながら、相性の悪さゆえに勝てなかった無念はどれほどだろうか。
その想いと奴を倒すという課題は、先生の期待と共に今俺たちに託された。クラム・セレンバーグ。奴は強大だけれども、俺たちで勝たなくてはいけない。どうにかして攻略法を見つけるんだ。
俺は力強く返事をした。
「はい! やってみせます!」
イネア先生は満足気に頷いた。
「うむ。その意気だ」
横を見ると、アーガスが難しい顔をして首を捻っていた。
「しっかし。聞いたこともないぞ。時間を操る魔法なんてよ。そんなものあったか?」
「へえ。アーガスでも知らない魔法があるんだね」
「オレだって何でも知ってるわけじゃねえよ」
そこで、意外なようで意外でない人物が名乗りを上げた。実はロスト・マジックに造詣が深いミリアだった。
「たった一つだけ。今の説明に該当する魔法がありました」
「ほんと?」
「マジか」
彼女は頷くと続けた。
「時空の超上位魔法『クロルウィルム』。時を支配すると言われる、あらゆる時空魔法の中でも最強と言われていたロスト・マジックの一つです」
「何かわかることはある?」
俺の問いかけに対し、彼女はまたも頷いた。
「はい。時間消去についてはどうしようもありませんが、時間停止に対しては完全ではありませんが対処法があります。皆さんも良く知ってる魔法ですよ」
彼女は得意のいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「えー? なんだろ」
「わかんないなあ」
本当に思い浮かばなかった。アリスも俺と一緒になって首を傾げている。
「おい。勿体ぶらずに教えてくれよ」
アーガスが促すと、ミリアはちょっと得意な顔で答えを言ってくれた。
「光魔法『アールカンバー』です」
「え? あれって視界が悪いときに見通しを良くする魔法じゃないの?」
アリスの疑問ももっともだった。俺だってそんな魔法だという認識だ。
家に代々光魔法が伝わっていて、それに詳しいミリアは説明してくれた。
「前に話したことありませんでしたか? 一般に光魔法の対とされているのは闇魔法ですが、実は闇魔法は光魔法の亜種であって、本当に対となっているのは時空魔法だって。どちらもどういうわけかロスト・マジックとして対照的な複雑さを持っているのです。ゆえにロスト・マジックの二大系統とされてきたんですよ」
「いや、そこまでは聞いたことないな。闇が光の亜種に過ぎないってのは聞いたけど」
こっちの世界で言えば驚くべきことなのかもしれないけど、地球人なら常識だ。闇とは光がない状態に過ぎないから。
そうか。光魔法の対は時空魔法なのか。そう言えば最初の授業のとき、なんで時空魔法に比べたら簡単そうな光魔法がロスト・マジックなんだろうとか思ったことがあったっけ。へえ。似ているのか。だから難しいと。
ん!? 似てる?
そこで引っかかることがあった。待てよ。そんな話どっかで聞いたことがあるぞ。
ああ! 光の対が時空だって!? まさか!
「『アールカンバー』を使えば、たとえ時間停止中に動くことは出来ずとも、使用者の動きは見えるはずです。それだけでも結構違うんじゃないでしょうか」
「違うどころの問題じゃない! 大違いだぜ!」
アーガスが目を輝かせた。俺も思う。大違いだ。
だが、それも重大なことなのだが、それよりも気付いたことがあって言わずにはいられなかった。
「わかった気がする。どうして光魔法の対が時空魔法なのか」
「本当ですか?」
興味ありげに尋ねてきたミリアに対し、俺は答えた。
「相対性理論だ」
「ソウタイセイ理論?」
間違いない。これしか理由は考えられなかった。もしこの世界でもこれが成り立つとするなら、ここにこそ時空魔法を打ち破るヒントがあるはずだ。
「地球の偉い学者が言ってることなんだけどね。光と時空には切っても切り離せない密接な関係があるんだ。光の速さというものを絶対基準に、時間という概念は観測者によって相対的に決まるものだという理論のことを相対性理論と言うんだ」
「ユウって時々ほんとわからないことを言うよね」
「はあ。それはまた初耳ですね」
こういう地球産の小難しいことを話すと、アリスはさっぱりといった様子で降参し、ミリアはやや疑いながらも興味を示すのが定番の反応だった。
「興味深いな! 後で聞かs」
「オッケーわかった」
そしていつものように興味津々で後で詳しく聞かせろとのたまうアーガスの口を途中で封じると、俺は今回大事そうなところだけ言った。
「まあ難しい理屈を抜きにして言うと、ある物体が光速に近づいていくと、その物体に流れる時間は周りに比べて遅くなっていくんだ。そして、ついに物体が光速に達したとき、理論上時間は停止する」
「時間停止! それって!」
理想的な反応を示したアリスに、俺は頷いた。
「そう。時間操作魔法の効果の一つだ。光速すなわち時間停止。つまり、時間に唯一対抗出来るものは光だ」
そして、ここからは理屈じゃないけど、何となくそんな予感があった。
「それで、これは単なる予想なんだけど。もしかして強力な光攻撃魔法なら、停止した時間や消し飛ばされた時間の中でも届くんじゃないか?」
他の人は答えられず押し黙ったが、ミリアは同意してくれた。
「確かに一部の光魔法には時空魔法に対して特効があります」
「ほら、やっぱり!」
だが、彼女の表情は浮かないものだった。
「ですが、それも時間遅延までです。時間停止や消去に対抗出来る魔法となると……」
そうか……まいったな。光弾の中位魔法『アールリット』や上位魔法『アールリオン』ではおそらくダメなんだろう。ただ、それのさらに上となるとさすがに聞いたことがないけど。
「あ!」
ミリアが、突然思い付いたような声を上げた。
「どうした?」
「そう言えば、家に一つだけありました。時を貫くと伝説に記された魔法です。確か非常に難しくて我が家の歴史上誰一人習得出来なかったものですが、ユウ。あなたならもしかしたら覚えられるかもしれません」
「なに?」
ミリアはごくりと息を飲むと、その魔法の名を告げた。
「時を貫く光の矢。光矢の超上位魔法『アールリバイン』」