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フェバル保管庫  作者: レスト
剣と魔法の街『サークリス』 後編(旧)
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49「研究所から脱出せよ」

 イネア先生のところまで辿り着いたところで残り時間は約四分。時間は刻一刻と過ぎていた。


 先生は倒れたままの状態で気による治療を自分に行っていた。


「先生! 大丈夫ですか!?」


 先生はこちらを向いて軽く笑って見せた。


「なんとかな。まだ動けないが」

「奴の放送は聞きましたよね?」

「ああ。まずいことになった。転移魔法が使えないというのにな」

「やっぱりそうですか……」


 そのとき、俺の後ろに負ぶさっていたカルラ先輩が、まだとても話せる状態じゃないだろうに弱々しい声で教えてくれた。


「……転移魔法妨害装置。確かそれがこの地下施設の奥の方にあるわ」


 一筋の希望が見えた。


「じゃあ、それを破壊すれば!」

「ええ。脱出出来るはずよ……わたしが案内するわ。わたしにしか出来ないから」


 非常に辛そうな様子の彼女は、それでも俺たちのために懸命に出来ることを果たそうとしてくれていた。動けない彼女に代わって、誰かが一緒に動かなければならない。最も適任なのは自分だった。


「先生。俺がカルラ先輩と一緒に行ってきます」


 そう言うと、先生は顔色を真っ青に変えた。


「おい。だが戻る時間は!」

「おそらくないでしょうね……」


 カルラ先輩が沈んだ声で言うと、アリスも動揺の声を上げた。俺は彼女の口ぶりから何となくわかっていたから驚かなかった。


 やはりか。つまり、彼女はとっくにこの施設と心中する覚悟だったということだ。責任を感じて、せめて逃がせるだけの人を逃がそうと。トールにあれだけのことを聞かされて、生きる希望を失くしてしまったというのもあるかもしれない。


 でも、カルラ先輩を犠牲になんてさせやしない。俺は彼女を助ける。そして俺自身も助かってみせる!


 意を決すると、俺は言った。

 

「大丈夫です。俺に考えがありますから。先生は転移魔法の準備をお願いします。転移出来るようになったら俺のことはおいてすぐに転移して下さい。アリスはアーガスと、もし仮面の集団の人がいたら連れられるだけ先生のところへ連れて来て欲しいんだ」


 彼らもまたトールの被害者だ。きっと戦意は喪失しているだろう。助けられる命を見捨てるような真似はしたくなかった。


 先生とアリスは、この一見自己犠牲にしか思えない提案に酷く驚いて止めようとしてきた。


「それでは、お前とカルラは……!」

「そんなのダメよ! また自分を犠牲にするようなこと!」


 俺は心配ないとグッと親指を立てた。本当はかなり心配だけど安心させるためにちょっと強がった。


「俺を信じて下さい! たぶん生きて帰ってみせますから!」


 それだけ言うと、何か言いたげな二人に背を向けて走り出した。きっと二人は俺が行くことに納得しないけど、それでも行ってしまえばすぐに自分の仕事をやってくれるはずだと信じて。


「カルラ先輩。どっちですか?」

「少し戻るわ。わたしとアリスが居た部屋の前に分かれ道があったでしょう。まずそれを右に行くのよ」

「わかりました」


 全力で通路を駆け抜ける。時間との勝負だった。


 言われた通り分かれ道を右に行くと、しばらくしてまた二手に道が分かれていた。


「今度は左よ」

「はい」


 走っていると、後ろから申し訳なさそうに彼女が謝る声が聞こえた。


「ごめんなさい。あなたに最期まで付き合わせて……」

「いいんですよ。カルラ先輩こそ、自分からこんな役を買ってくれてありがとう」

「ええ。せめてあなたたちだけはね」

「そんな言い方しないで下さいよ。みんなで生きて帰るんです」

「……わたしは、もういいの。なんかどうでもよくなっちゃった」


 俺の肩に、彼女の冷たい涙が触れた。


 俺は穏やかに、彼女を宥めるようになるべく優しく言った。


「生きるのを諦めるなんて、そんなこと許さないですよ。生きてきちんと罪を償って下さい。亡くなった彼に顔向けが出来るような生き方をして下さい。俺たちも付いてますから」


 彼女は何を思ったのだろうか。少しの間黙り込んだ。次に口を開いたとき、声には少し明るさが戻っていた。


「そうね。でも、やっぱりわたしとあなたは助からなさそうよ」

「いや。死なせない」


 強い口調で言うと、彼女はちょっとだけ笑ってくれた。


「ふふ。そこまで言われると、なんだか本当になんとかなりそうな気がしてくるわね」

「ほんとはちょっと自信ないんだけどね」


 少しだけ弱音を吐くと、彼女は呆れたような口調で言った。


「あら。こんなときくらいちゃんと格好付けなさいよ」

「すみません」

「ふっ。まあいいわ。わたしの命、あなたに預けるから。きっちり救ってみせなさい!」


 今度は力強く頷いた。


「任せてくれ!」


 やがて、妨害装置のある部屋に辿り着いた。残り一分。


 ドアに鍵がかかっていたが、ドアごと破壊する。一旦カルラ先輩を部屋の横に置いてさっと進入した。


 中には金属製らしき謎の球体装置があった。破壊の際に爆発があるかもしれないから、身を守るため強固に気力強化をかける。そして左手に気剣を出してさらに気を集中する。刀身はいつものように青白く輝いた。


『センクレイズ』


 振り下ろすと、球は真っ二つに綺麗に割れた。直後、先生とアリスとアーガス、そして何人かの気が道場の方へ一瞬で移動したのがわかった。どうやら上手くやってくれたみたいだ。


 あとは俺たちだけだ。すぐに部屋を出ると、女に変身してカルラさんの手を握った。


 あと三十秒。


 ここまで何度も生きて帰ると言ったけど、それは嘘じゃない。保障はないけど、私には生きて帰れる望みがあった。


 おそらくトールの奴の頭の中ではこういう計算だったはずだ。イネア先生を確実に殺すか動けなくし、アリスとアーガスにはとりあえず敵を宛がってそいつへの対処に追われるようにしておけばどうしようもないと。だが、ここで私が自力で抜け出すというイレギュラーをやってのけた。私は放送のとき一切喋らなかったから、奴は知らないんだ。私が自由に動けるということを。ここに一分の隙がある。


 そして失敗だったな。奴の不用意な発言と実験が、私に自らの能力を自覚させてしまった。すなわち、私が記憶を利用出来るということを。


 魔力が暴走したときのようにかなり無茶はあるだろうけど、今なら原理上は先生の転移魔法が使えるはずだ。何度も体験してるんだ。上手く記憶から引っ張り出して来ることが出来れば。出来るかどうかはわからないけど、やるしかない。出来なきゃカルラ先輩を助けられないんだ。絶対に成功させてみせる!


 私は目を瞑り、心の世界へと入っていく。ここのどこかに転移魔法の記憶がある。


 先生。どうか私に力を貸してください!


 無意識にウェストポーチをぎゅっと握り締めたとき、暗闇の彼方より淡く光る記憶のかけらが飛んできた。


 それは、私が始めて先生に転移魔法を使われたときの記憶だった。


 私は目を開けた。


 行き先は道場。対象は二人。私とカルラ先輩。


 頼む! 飛んでくれ!


『転移魔法』!


 瞬間、天井が崩れ落ちた。あわや潰されるという間一髪のところで私たちの身体は消えた。







 気が付くと、先生の道場の中だった。見回すと、アリス、ミリア、アーガス、イネア先生、そして何人かの仮面の集団の人たちがいた。


 横になっていた先生が本当にほっとした顔で言った。


「ユウ! 私は信じてたぞ! この馬鹿者め!」


 アリスが飛びつくように抱きついてくる。


「ほんとに心配したんだよ! もう!」


 アーガスはちょっと遠くで少し照れたように言った。


「てめえ。いっつも心配ばっかさせやがって」


 すっかり元通りになったミリアも、こちらに歩み寄ってきた。彼女は珍しく目に涙を溜めていた。


「ほんとですよ。いつも無茶ばっかりするんですから……!」


 横のカルラ先輩を見ると、彼女もにこりと頷いた。


 ――うん。ここには、こんなにも心配してくれる人たちがいる。こんなにもかけがえのない繋がりがある。


 私だけじゃない。他の人にも同じような繋がりがあって。目には見えないけれど大切なものでこの町は、サークリスは溢れているんだ。


 それを踏みにじろうとする奴がいる。繋がりを力で断ち切ろうとする奴がいる。


 ――終わらせない。


 この町を、そして世界を奴の好きになんかさせない。繋がりを断ち切らせたりなんかしない。


 そう決意を新たにした。


 でも今だけは、無事に帰って来られた喜びをみんなで分かち合おうと思う。


「みんな。心配かけてごめん。ただいま」

「「「「おかえり」」」」

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