47「仮面の女の目的(アリス視点)」
カルラさんは自らが仮面の女となった動機と過去を話し始めた。
「わたしは死ぬつもりだった」
ショッキングな語り出しだった。けど、ケティさんによればカルラさんは前に自殺未遂をしたことがあるということだった。だからあまり動揺はしなかった。
「最愛の彼を失ったあの日、わたしの人生は終わったの。もうこの世には何の希望もない。死ねば一緒になれる。そう思った」
そこまで深刻に思い詰めていたなんて。余程彼のことを愛していたのね。
「全てに絶望したそんなとき、救いの手を差し伸べてくれたのがマスターよ。彼は言ってくれたわ。失われし魔法大国エデルには、死者と対話が出来る魔法があると。エデル復活に協力したならば、わたしにそれを与えようと」
「そんなものが……」
驚きだったわ。エデルにはそんなものまであるというの!?
そしてついに仮面の集団の目的がわかった。エデルの復活。それこそが彼らの真の狙いだったのね!
「亡くなった彼にもう一度会いたい。その日から、ただそれだけを求めて生きてきた。わたしは仮面を被り、エデル復活のために心血を注いだ。そのためならどんな犠牲をも厭わなかった」
悲しげな目をしたカルラさんに、あたしは何も言うことが出来なかった。
「後輩の勧誘と素性調査。それだけのためにあなたたちには近づいたわ。親しみやすい先輩というキャラを演じてね」
あたしは微笑んだ。
「それはさすがに嘘ですよ。ほんとはあっちの方が素ですよね」
カルラさんは自嘲気味に笑った。
「あのわたしは三年前に死んだのよ。もうどこにも居はしないわ」
「そんなことないですよ。ちゃんとここにいます」
カルラさんの目をしっかり見てそう言うと、彼女はもう否定しなかった。
「そうね……」
そこで言葉が少し途切れた。カルラさんはあたしを見つめると、少しの間目を瞑った。再び目を開けたとき、彼女からキラキラと涙が零れ落ちた。
「楽しそうなあなたたちを見ているうちにね。わからなくなった。わたしのやっていることは本当にこれでいいのか。あのとき空っぽだったわたしはいま、あなたたち後輩と触れ合うことにも新しい生きがいを感じ始めてるのかもしれないって。そのことを自覚してしまったとき、手を血に染めてまで亡き彼を求めるのは間違いではないかと思い始めちゃったの。それまで何とも思えなかったのにね……」
「カルラさん……」
カルラさんは袖で涙を拭うと続けた。
「でもね。もう後戻りは出来なかった。わたしは何としてもまた彼に会いたかった。その気持ちは嘘偽りのない真実よ。それにここでやめてしまえば、今までしてきたことも数多くの犠牲も全て無駄になる」
そう言ったカルラさんは暗く苦い表情をしていた。
既に殺めてしまった命が自らを縛り、さらに罪へと走ってしまう悪循環。間違ってはいるけれど、それが彼女なりの責任の果たし方だったのかもしれない。
そんなカルラさんの気持ちもわからなくはなかった。だからと言って悪事を許すことは出来ないけれど、彼女に自然と憐れみの目が向いた。
「けど、一度狂った歯車は元に戻らなかったようね。あなたたちはわたしをすっかり狂わせてしまった。あなたたちさえいなければ。そう思って手を下そうと決意したのに、結局殺すことは出来なかった。気付けば、わたしはこんなにも弱くなってしまったのね……」
力なく項垂れるカルラさんに、あたしは優しく言った。
「カルラさんが元に戻っただけですよ。そもそも始めからこんなことには向いてなかったんです。無理だったんですよ」
カルラさんは目を見開いた。それからぽつりぽつりと肩を震わせながら言った。
「ええ。そうね。バカみたい。そんなこと、最初からわかってたはずなのに……!」
カルラさんは再び大粒の涙を流した。今度こそ心の全てを洗い流すように。
「ごめんなさい。エイク。ごめんなさい……みんな……!」
彼女が仮面の女であることを止め、あたしたちの先輩に戻った瞬間だった。
いくら手を尽くしても解けなかったミリアの石化は、魔法をかけた本人の自主的な協力によってあっさりと解除された。
「石化解除っと。ミリアならこれで元に戻ったはずよ」
あたしが与えたダメージが大きくてまだ動けないことを除けば、すっかり先輩の調子に戻ったカルラさんがさらっと言った。
「本当ですか!?」
「ええ。あの子には悪いことしたわね……」
「きっと謝ったら許してくれますよ。彼女が一番事情わかってたと思いますから」
カルラさんは苦笑いした。
「あの子にはびびったわ。全部ズバズバ言い当てるんだもの」
「あはは。ユウもそれでかなり正体追い詰められてましたからね」
ユウの名前を聞いたカルラさんは途端にばつの悪そうな顔をした。
「あー……あっちはあっちで悪いことしたわね」
「何したんですか?」
「何って……まあナニよ。さすがに見かねたから途中で止めたんだけどね」
気になったあたしは追及したけど、はぐらかされてそこは答えてくれなかった。
そこに、聞き慣れた高めの男の声が遠くから聞こえてきた。
「アリスーー! 無事かーーー!」
あたしたちはとても驚いた。救出しようとしていたはずの当の本人がこちらへ走って向かってきたのだから。
「え、ユウ!?」
「まさか!? あれから一体どうやって抜け出したの!?」