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フェバル保管庫  作者: レスト
剣と魔法の街『サークリス』 後編(旧)
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46「ユウ、己の秘密を少し思い出す」

 私は心の世界を歩き続けた。ひたすらに真っ暗な空間が続いていた。道標になるようなものは何もなく、適当に進んで行くしかなかった。それでも何かに導かれるような不思議な感覚があった。


 やがて、たった一つだけ淡く白く光るものを見つけた。触れてみると、頭の中に情景が浮かんできた。


 いつかの記憶だろうか。映ったのは、私の良く知る金髪の青年だった。


 レンクスだ。レンクス・スタンフィールド。






(彼は、とても名残惜しそうに言った。)


『そろそろお別れの時間だ』


 いつの日のことだろう。確か毎日のようにお別れしてたっけ。でも「じゃあな」とか「またな」とかで、こんなに改まって言われたのは聞いたことがないような気がするけど。


(やっぱり。レンクスは、もういなくなってしまう。)


(最後にユウと素敵な思い出を作ってくれた。そういうことなのね。)


 そこで私は強い違和感を覚えた。


 待ってよ。ちょっと待ってくれ。何を考えているんだ当時の私は。だって、私がユウだろう? 何他人事みたいに自分のこと考えてるんだよ。おかしいよ。それに最後って何だよ。どうしてそんなに女っぽい言葉遣いをしてるんだ?


『いいの? ほんとにちゃんと言わなくて』

『ああ。散々泣きつかれて敵わないだろうからな。その代わり――』


(レンクスは、懐から一枚の手紙を取り出した。)


 あの手紙は、気付いたら家の中に置いてあったものじゃないか。どうして私は彼があれを取り出すところを見てるんだ。変だよ。知らない。私はこんな場面なんか知らない。


『こいつを残しておくことにした。ユナと違って魔法はあまり得意じゃないんだが……』


(瞬間、身体が何かで満たされるような不思議な感覚を覚えた。力が沸いてくる感覚。)


 この力はまさか。魔力!?


(まさかと思って見ると、彼はいつもの調子の良い顔で頷いた。)


『お前は魔力が強いみたいだな。『反逆』で魔力許容性を弄った。ちょっと魔法を使うからな』

『魔法、ねえ』


 こんな話もした覚えがない。魔法だとか魔力だとか、まるでこの世界みたいな会話をしちゃってるよ……


 『反逆』と魔力許容性。また聞いたことがないものが出てきた。


 いや――許容性って言葉は聞いたことがある。レンクスもエーナも使っていた。どちらも何かを試すような動きをしたときに。おそらくフェバルの常識である重要な概念なんじゃないか。一体どういうものなんだろう。


 そのとき、ほんの少しだけ別の記憶が流れ込んできた。まるで説明してくれるかのように。


『んー。まあ詳しく説明してもしょうがないな。とにかく気力という力があって、この世界における気力の限界値の基準みたいなものが気力許容性だ。で、治療にはこの気力を使うんだが、この世界は限界値が低すぎてこのままではまともに治療が出来ない』


 どの場面かはわからないけど、このレンクスの言葉を信じるならこうだ。


 言いかえれば、魔力許容性とはこの世界における魔力の限界値の基準のようなものか。


 私はトールに潜在魔力値が三十万もあると言われたことを思い出した。本来私の魔力値は一万だ。ならば、私の力の大半は表に出ないで眠っていることになる。突拍子もない発想だが、それはこの世界が私の力に制約を課しているからと考えることは出来ないだろうか。


(またとんでもないものをと思っていたら、彼の手から本当に魔法のように手紙がぱっと消えた。)


『転送っと。これでお前の部屋に届いたはずだ』


 間違いない。魔法だ。それもこの世界のものとは原理が違うようだ。地球には魔素がないから、代わりに何か別のものを魔素の代わりにしているみたいだ。何かまではわからないけど。


(もうあまり驚かなかった。本当に何でもありだな。この人は。)


(感慨深そうな表情をしながら、彼はしみじみと言った。)


『ユウは十分明るくなった。もう俺は必要ないさ。あと少しで、お前もひとまず役目を終えるだろう』

『そっか。今まで色々とありがとね。ちょっとうんざりしたこともあったけど、楽しかった』


(数々の執拗な絡みを思い出しながら、私もまたしみじみと言った。)


 あ。あ。なんで。知ってる。私は、レンクスに色んなことをされたことがある。抱きつこうとされたり、ほっぺにチューしようとされたり。愛してるぜって。その度にちょっと嫌な気分になって。呆れて。あいつを蹴り飛ばしたり怒ったりして。


 いや、私じゃない。私はそんなことされてない。あり得ないよ。あのときはずっと男だっただろう!?


 ――違う。私は九年前にとっくになってた。女の子に。


 違う。そんなこと知らない。私は知らない!


『ああ。楽しかったな』


(何を思ったのだろうか。彼は少し遠い目をした。)


(しばらく無言が流れる。お互いに何を言ったら良いのかわからない。)


(やがて、彼は意を決したように口を開いた。)


『じゃあな。俺はもう次の旅に出ないといけない』


(旅か。どうも外国人みたいだし、世界を飛び回っているのかな。)


 彼がフェバルだからだ。次の異世界に行かなくちゃならなくなったんだ。


『また会える?』

『ああ。いつか必ずな。なんなら、俺から会いに行ってやるぜ?』

『しつこそう』

『よくわかったな』


(彼は苦笑いした。それから、別れ際とは思えないような清々しい顔で言った。)


『だからさよならは言わない。また会おうだ』


(そんな彼を見て、自然と私もすっきり言えた。)


『うん。また会おうね』

『おう』






 そこで記憶の再生は終わった。私はすっかり混乱してしまっていた。


 どうなってるんだよ。私はこんな記憶なんか持ってないはずだ。レンクスとの別れ方はもっと――


 いや――知ってる。私は、ちゃんとレンクスと別れの挨拶をした。


 違う! 私はレンクスに手紙だけ残されて。それで散々泣いて。


 それも真実。だけど、また会おうって聞いた。私は聞いた。男の私は散々泣きつくだろうからってレンクスが手紙だけ残して。


 ああ! もう! わけがわからない!


 どうしてだ。どうして記憶がこんなにおかしなことになってるんだ!?


 さっきから頭の中で思考をかき乱しているのは何だ!?


 初めて自分の内側にしっかりと意識を向けると、私を内から満たす何者かの存在を感じることが出来た。


「君」は誰だ!? 「君」がいるから混乱するんだ! 私から出て行け!


 瞬間、私から自分と瓜二つの女の子が分離して近くに仰向けで倒れた。それが出来てしまったことに驚きつつも、現れた彼女をまじまじと眺める。


 彼女は肉体を持たない精神体のようなものといった感じだった。先程触れた記憶のかけらと同様に淡く白い光を放っている。彼女は眠っていた。


 彼女を追い出したとき、心のあり方がすっかり変わったのがすぐにわかった。


 身体こそ女のままだが、今の自分は自分のことを私ではなく俺だと思っている。


 つまり心は男のときと一緒の状態になっていた。ということは、彼女が俺の内側から何かしらの影響を与えて、俺自身を女だと思い込ませていたことになる。


 俺は眠る彼女にもう一度問いかけた。


「君は誰だ? どうして俺と同じ姿形をしている? なぜ眠っているんだ?」


 反応はない。余程深く眠っているらしかった。


 とりあえず起こそうと思い、彼女の頬に触れた。すると、なんと俺の手が彼女の頬に溶け込みだした。まるで能力覚醒の少し前に見ていたあの夢のようだった。


 そこを始めとして、するすると彼女が俺に入り込んでいく。俺は身体中に熱さと、何かが満たされていく感覚、そして夢とは違う、強制変身のときに感じるような蕩けるようなものではない心が温まるような心地良さに包まれた。


 気が付けば、彼女はまたすっかり私の内側を占めていた。そして私は自分のことを私だと思っている。


 やっぱりだ。彼女が私を私たらしめている。女たらしめている。一体何の目的があってそんなことを。


 そのとき、眠っている彼女から記憶が流れ込んできた。まだ小さい「俺」と彼女がこの場所で話している記憶だった。


『ねえ。もし女になってもちゃんとやれるかな』

『最初は苦労するんじゃない? まあそのときは私があなたの中に入り込んで、ちゃんと女の子として振舞えるように助けてあげるよ』

『そっか。助かるよ』


 そうか。そうだったのか。私が今まで苦労しながらも女子として生活できたことは、全て彼女の協力があったからなんだ。彼女が支えてくれたからこそ、アリスもミリアも私が女の子だと思ってくれた。認めてくれた。そうでなければ、ただでさえ大変だったのに、こうして大切な友達に囲まれて学園生活を送ることなど到底不可能だったに違いない。


 おぼろげながらに思い出してきた。


 ここは心の世界。ここには大きな力が眠っている。彼女はそう言っていた。


 私は小さいとき、一時期彼女とここで毎日のように話していたことがある。彼女はもう一人の「私」だ。私を支えるために現れたもう一つの人格。いつだって私の最も側にいた一番のパートナー。この能力が目覚めたとき、再会する約束をしていたはずなのに。どうしてそんな大事なことを忘れてしまったのだろう。


 能力が目覚めて一年以上も経ったこのときまでついに再会は果たされなかった。いや、正確に言えばちゃんとした形ではまだだ。彼女はなぜか眠っている。さっきからいくら呼びかけても起きない。


 考えられる原因は一つしかなかった。ウィルだ。あいつが正常じゃない能力覚醒の方法を取ったから心の世界が滅茶苦茶になってしまったんだ。それに「私」は巻き込まれて――


 考えてみれば、レンクスにしてもあいつにしても、瞳の奥をじっと覗き込んで「私」の存在を確かめていた節がある。わかる人にはそれできっとわかるんだ。


 そうだよ。だからあいつはあのとき黙って私のことをじっと見ていたんだ。あいつが何を考えていたのかわからなかったけど、やっとわかった。恐怖から深読みしてすっかり勘違いしていた。


 あいつは私のことなんてどうでも良いなんて思っちゃいない! むしろ逆だ。重要視しているからこそ真っ先に現れて先手を打ってきた。


 私の能力はきっと単なる変身能力なんかじゃない。この果てしなく広い心の世界そのものかもしれないと、「私」はそう言っていた。心の世界は、あらゆる経験を溜め込む宇宙のように大きな器だと「私」は言っていた。とするなら、あいつの『神の器』という命名はそう外したものではない。あいつが私の能力の真の姿を見抜き『神の器』なんて大層な名前を与えたのも、私にこれが変身できるだけの下らない能力だという先入観を植え付けたのも、全部わかっていてのことだった。


 だったらおそらく真実は逆だ。私の能力には奴が警戒するに値するだけの力がある。


 どうにかすればその力が使えるはずだ。そして、そのことをはっきりと認識したいま、なぜだかなんとなく使い方はわかる。もしかしたら覚えていないだけで前に力を使ったことがあるのかもしれない。たぶん溜まっている経験から引っ張り出してくればいい。


 ちょうど私のすぐ横には先程見た記憶があった。レンクスとの別れのシーンだ。そこで彼は『反逆』とかいうのを使って魔力許容性というものを弄っていた。記憶の通りにすればきっと自分にも出来るはずだ。


 他に出来ることはないんだ。やってみよう。もしかしたら私の高い潜在魔力が利用出来るようになるかもしれない。それで上手くいけば拘束から抜け出せるかもしれない。


 私は心の世界を出て現実に戻った。相変わらず手足と胴に分厚い錠をかけられ、全身の吸盤と針で力が封じられていた。


 よし。やろう。


『反逆』


『魔力許容性限界突破』


 瞬間、私の魔力がみるみるうちに上昇していくのがわかった。封じていた装置でも魔力が抑えきれなくなるほどだった。これならいけるか。


 だが、様子がおかしかった。魔力の上昇が止まらない。


 え、ちょっと。待って。高い、高過ぎる!


 身体は身の丈に合わないあまりに高過ぎる魔力に悲鳴を上げていた。全身が軋み、口からは血反吐が飛び出した。


 暴走した力が身体に張り付いた全ての吸盤と針を弾き飛ばし、実験室の計器が次々と壊れていく音が聞こえる。


「あああああああああああああーーーーーー!」


 頭が割れる! 気がおかしくなりそうだ!


 止まれ! もういい! 止まってくれ!


 しかし、一度使い始めた能力は全く収まりを見せず、むしろますます激しさを増していった。


 ダメだ! 制御できない! 止まらない! このままじゃ壊れる! おかしくなっちゃう!


 ついに発狂してしまうかと思ったとき、単純ではあるが神懸かった思い付きが身を助けた。


 そうだ! 魔力が暴走しているなら!


 変身!


 私は男に変身した。魔力値ゼロの身体に。影響を及ぼす対象を失った『反逆』は勝手に解除され、心の世界に落ち着きが戻った。どうやら助かったらしいことにひとまず安堵する。


「はあっ……はあっ……!」


 ――危うく敵の手にかかる前に自滅するところだった。


 とんでもない能力だ。全くまともに使えないじゃないか……!


 何はともあれ、これで脱出することは出来そうだった。


 俺は気力強化すると手足の錠を破壊し、それから胴のものも外して立ち上がった。近くにアリスと弱っているカルラ、もう少し遠くにかなり弱っているけどイネア先生、さらに遠くにアーガスの気を感じる。よかった。三人ともまだ無事だ。


 見ると、近くに俺の服とウェストポーチが丁寧に畳んで置いてあった。急いで着てから、すぐにアリスの元へ向かう。


 みんなごめん。俺が不甲斐ないせいで危険な目に晒してしまった。今行くから無事で待っててくれ!

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