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フェバル保管庫  作者: レスト
剣と魔法の街『サークリス』 後編(旧)
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43「アリス VS 仮面の女(アリス視点)」

 走っていくと、再び開けた部屋に出た。そこに待っていたのは、やはり仮面を被った彼女だった。


「揃いも揃ってのこのこ来たわね。あなたたちは袋のネズミよ。決して逃げられはしない」


 あたしはまず言った。


「そんな仮面外して下さい。カルラさん」

「……そう。あなたも知ってたのね」


 彼女は、仮面を外し投げ捨てた。素顔を晒した彼女は、本当に紛れもなくあのカルラさんだった。ちょっぴり暴走しがちで、面倒見が良くて、後輩のことが大好きなあのカルラさんだった。そのことに改めて動揺がないわけではないけれど、あたしにはもう受け止める覚悟が出来ていた。


「アーガスに聞きましたから」

「あの男が生き延びたのだけは誤算だったわね」


 自然とあたしとカルラさんは同時に構えた。緊張が場に張り詰める。やることは決まっていた。もう言葉だけでは解決しない。


 それでもあたしは尋ねた。少しでもカルラさんの真意を知りたくて。


「戦う前に一つだけ聞きます。どうしてミリアを一応生かしてくれたんですか?」

「そんなの決まってるじゃない。あなたたちを誘き寄せるための餌に――」

「いいえ。別にそんなことしなくても、誘き寄せるだけなら他にやり方はいくらでもあったはずです。ユウみたいにミリアを攫って人質にして、裏でこっそり殺してしまうことも出来た。カルラさんは、やっぱり殺せなかったんじゃないですか?」

「……さあね。どうかしら」


 口だけはとぼけていたけれど、顔を見れば付き合いの長いあたしにはわかった。カルラさんには葛藤がある。これまでの経緯や目的はともかく、現状あたしたちに対して心が揺れていることは間違いなかった。今まで他の人に対してしてきたように非情に徹し切れていない。この調子ならユウもきっと無事でしょう。


 なら、あたしがすることは殺し合いじゃない。


「よーくわかりました。あたしはあなたと喧嘩しに来ました」


 気持ちは固まった。あなたを懲らしめて、ミリアを元に戻してもらって、無理にでも話を聞く。心の内を曝け出してもらう。それからまた考えるわ。


 カルラさんは少し驚いた顔をして、それからわざとらしく悪そうな顔で口角を上げた。


「喧嘩ですって? 面白いことを言うのね。あなた、負けたら死ぬのよ?」

「そのときはそのときですよ。でもあたし、負けませんから! 半年前のリベンジをさせてもらいます! そのつもりで来ました!」


 それを聞いたカルラさんは目を丸くして、俯いた。何を思っているのだろう。すると、カルラさんは肩を震わせて高笑いし始めた。


「くく……ふ、ふふ……あっははははははははは!」


 笑い声は、あたしたち二人の他には誰もいない部屋に響き渡り、壁を反響してまた返ってくる。それが響くごとに、この場に張り詰めていた嫌な緊張が少しずつ解けていくような気がした。


「あんた、ほんと面白いわ! でも、あんたってそういう子よね」

「前向きだけが取り柄ですから」


 あたしは胸を張った。あまり胸はないけど精一杯張った。カルラさんの顔から、少しだけ憑き物が落ちたような印象を受けた。


「いいでしょう。それが望みなら付き合ってあげる。かかって来なさい。今度は降参は許さないわよ!」


 改めて構える。戦い、いや喧嘩が始まる。


 風よ。あたしにその疾風のごとき速さを授けよ。


『ファルスピード』


 あたしが風の力を身に纏ったのを見て、カルラさんが感心したように言った。


「ファルスピードね。そいつには散々梃子摺らせられたわ。ウチのロスト・マジックと全く同効果の魔法を編み出すなんてね」


 カルラさんも何やら魔法を使った。魔力の感じからして時空魔法だろうか。話の流れからして、あのとき『デルレイン』を避けた魔法をかけたのかもしれない。


 森林でうっかり火魔法を使おうとしてユウに怒られたことをふと思い出し、辺りをきちんと見た。うん。この建物は耐火魔法がかかった石造りのようだから、火災の心配はあまりないわね。


 灼熱の炎よ。


『ボルアーケロン』


 『ボルアーク』の数倍はあろうかという獄炎がカルラさんを包み込もうと迫っていく。対するカルラさんは、水流の上位魔法『ティルオーム』を使って相殺しようとしてきた。でもこっちは得意系統の超上位魔法。そう簡単に消せるものじゃない。


 結局カルラさんは、炎の勢いが落ちたところで横に回りこんでかわすことで対処した。


 すっかり戦闘モードに入ったカルラさんは、ギラギラした雰囲気を漂わせていた。


「どうやら火魔法はあなたの方が上のようね。まったくたいした成長ぶりよ」


 そう言うと、カルラさんは風魔法を使ってきた。それは前のあたしがただ耐えるしかなかった魔法。ユウも使うことが出来る風刃の乱れ撃ち『ファルレンサー』だった。


 でも、今のあたしならなんとかなる。


 火よ。その熱によりて風を引き込み、あたしの力とせよ!


『ボルフリード』


 あたしの前に放った炎が風を吸い込んでいく。そこにカルラさんの放った『ファルレンサー』は全て飲み込まれた。多い代わりに一つ一つの刃が小さいからこそ、避けるのは難しくても吸い込むのは簡単だった。


 そして防ぐだけでは終わらないわ。この炎の中はあたしのテリトリー。相手の魔法はコントロールを失い、逆にあたしが操ることが出来る。火によって熱を帯びた空気はより力強い刃となる。あたしは方向を逆転させ、逆に無数の風刃をカルラさんに向けて飛ばした。


 驚いたカルラさんは慌てて地面に手を付けようとした。おそらく土魔法を使ってここにある石を利用する気ね。


 あたしも遅れず地に手を付けた。使うのはお手つき封じの雷魔法。


 雷流よ。地を走れ。


『デルプレイグ』


 足元の地面から雷撃がカルラさんの元へ一直線に走る。雷魔法はスピードが速いから、カルラさんはゆっくり土魔法を使う暇もない。


 顔をしかめたカルラさんは地面から手を放した。そこに強化した『ファルレンサー』が到着する。カルラさんは腕を顔の前に交差させ、攻撃に備えるしかなかった。


 あのときとは逆に、風刃で身が傷付いていくのはカルラさんだった。苦痛に顔を歪めているのが見える。もちろん黙ってずっと見ているつもりはない。カルラさんが動けず防いでいるしかない今が攻撃のチャンス。さらに畳み掛ける!


 超高速の火球。かの者を撃ち抜け。


『ボルケット・レミル』


 威力はそのままにユウの『ボルケット・ショット』よりもさらに速くした、『ボルケット・ダーラ』とは違うタイプの『ボルケット』の完全上位魔法よ。


 ものの一瞬で眼前に迫る豪火球を見たカルラさんが叫んだ。


「調子に乗らないで!」


 瞬間、不思議なことが起こった。なんと『ボルケット・レミル』の速度が急激に下がったの。誰でも避けられるくらいに遅くなっている。それだけじゃなかった。はっと気付くと、『ファルレンサー』の速さも、あたしの動きまで鈍くなっている!


 その中を、カルラさんだけが普通の速さで動く。きっと何かの時空魔法を使ったに違いなかった。


「死になさい」


 カルラさんは両手から二柱の金属で出来た巨大な杭を土魔法で生成すると、動きの鈍ったあたしに思い切り投げつけてきた!


 このままでは二本とも身体の芯に命中する。死は必至だった。


 動いて! お願い!


 祈りが通じたのか、間一髪のところで身体の動きが元に戻った。『ファルスピード』で速度を上げていたあたしは懸命に横へステップする。それでも避けきれず、一本の杭があたしの左腕の一部を肉ごと削っていった。


「~~っ!」


 気を失いそうなほどの激痛が走る。左腕に力が入らない。腕を伝いダラダラと血が流れ落ちて、石造りの床に雫が次々と垂れて血溜まりを成していく。恐る恐る見ると、肩の下の辺りの肉がごっそりと抉られ、生々しい血肉が曝け出されていた。骨は見えていないのだけが救いだった。


 そんなあたしを見て、カルラさんは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「あら。よく避けたわね。でも――あはははは! 形勢逆転のようね!」


 確かに一気に苦しくなったわ。それでも左腕で良かった。利き腕が無事ならまだ戦える。


「これで勝ったと思ったら大間違いですよ。あたしの諦めの悪さくらい、わかってますよね?」

「ええ。だから、そんな口が利けないようにきちんと止めを刺してあげるわ!」


 カルラさんは、金属の柱を次々と出して飛ばしてきた。あたしは左腕をかばいながら痛みに耐え、懸命に逃げるのだけ精一杯だった。


「ほらほら! 逃げ惑いなさい!」


 はっと気が付くと、カルラさんが地に手を付いていた。


「さようなら。アリス」


 次の瞬間、あたしの周りにドーム状に石が展開され、覆ってきた。あたしはその中に閉じ込められてしまった。


「あなたはそこで潰されて死ぬのよ。あとほんの数秒でね」


 言われた通り、三百六十度逃げ場のない中で徐々に壁が迫ってきた。


 このままでは押し潰されてしまう。絶体絶命の危機だった。


 でも、あたしは諦めなかった。


 あたしは冷静に感じ取っていた。


 近くならわかる。あれほどよく知っている人ならわかる。見えなくても、カルラさんの気配が。


『イネアさん』

『なんだ』

『やっぱり少しだけ気を教えてくれませんか?』

『なぜだ。頑張っても実用レベルに達するとは思えないが』

『それでもいいんです。もしかしたら役に立つかもしれないじゃないですか。暗闇で敵に襲われたときに近くの仲間の位置を把握するとか』

『ふっ。そうか。まあいいだろう』

『ありがとうございます!』


 イネアさん。ちゃんと役に立ったよ。


 あたしは最後の魔法を構えた。これが決まらなければあたしは死ぬ。


 だけど、あたしには決まるという確信があった。


 狙うのは肩よ。これだけは使いたくなかったけど、ここで負けるわけにはいかないから。あなたにこれ以上人を傷付けて欲しくないから。


『ねえユウ。ちょっと教えて欲しいの。もっと強い魔法を考えたくて。地球には、もっと強力な火はあるのかしら』

『あるよ。バーナーっていう火を出す道具の青い炎とか』

『へえ。でも、『ボルバーナー』じゃちょっとかっこ悪いわね』

『そういうの気にするタイプなんだ』

『うん。なんかもっとカッコ良くならない?』

『そうだなあ。バーナーの炎ってゴーって噴き出す感じなんだ。あれをもっと強力な魔法にしたら色んなものを突き抜ける熱線みたいになるかもね。元々ある魔法に、私の世界でそういうのを表すレイでも付ければいいんじゃないかな』

『あっ! それいいかも! よーし。イメージ練りたいから詳しく教えて!』

『いいよ』


 届け!


『ボルアークレイ』!


 右手から放った高速の熱線は分厚い石の壁を容易く突き抜けて、一直線に狙いに向けて飛んでいった。


 気でわかる。カルラさんは一歩も動けなかった。


 あなたは、視覚外からのいきなりの攻撃に反応出来ない。あたしが死ぬところを「見たくないから」閉じ込めたことが仇になったのよ!


 間もなく、あたしは動かなくなった石の壁を見て決着を悟った。『ボルアークレイ』で開けた穴から這い出た。


 ――目の前には、右肩を貫かれて惨めに倒れているカルラさんの姿があった。


 カルラさんは、力なく悔しそうに横たわっていた。


「まさか……こんな魔法を持っていた、なんて……」

「奥の手は最後まで取っておくものですよ」


 すると、カルラさんは納得が行かないという顔で尋ねてきた。

 

「なぜ、わたしを殺さなかったの? あの魔法を心臓に当てれば簡単に殺せたでしょう?」


 あたしは、わかってないなと思いながら笑った。


「言ったじゃないですか。喧嘩だって。思ったより激しくなっちゃいましたけどね」

「ふふ……そう」


 カルラさんは涙を流した。心に溜まった色んなものを洗い流すような、綺麗な涙だった。


「わたしの負けよ」

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