42「ユウ救出作戦(アリス視点)」
トール・ギエフ魔法研究所。あたしたちはその目の前に辿り着いた。
「いよいよね」
アーガスが私たちの方を向いて言った。
「命がけになるぜ。覚悟はいいか?」
「もちろんよ」
「ああ。待ってろユウ」
正面入口から突入すると、まずは開けたエントランスだった。中央に大きな隕石の模型があり、壁には色んな絵がかかっている。奥には受付があったけど、誰もいなかった。それどころか、人の気配すらなく不気味なくらい静かだった。
「確か地下だったな。ユウがいるのは」
「そうだ。ここや上には誰もいないようだが、地下にはたくさんの気がうごめいている」
「なら、どこかに入口があるはずよね。でも――階段がないわね」
辺りを見回してみたが、どこにも地下へ通じる階段は見当たらなかった。
「こういうときは隠し階段があるのがセオリーってもんだろ。おそらく極秘施設だから誰でも行けるようにはなってないはずだ」
「とすると、怪しいのはここだな。階段くらいのものを隠すには丁度良い大きさだ」
イネア先生が立っていたのは、中央の大きな模型の目の前だった。アーガスと一緒に近寄ってみると『伝説に記された天体魔法メギルをイメージしたものである』と説明が書かれている。
「よし。アリス、イネア。どこかにスイッチか何かがないか手分けして探すぞ」
「うむ」
「オッケー。任せて」
アーガスが模型の周りと床、イネアさんが壁と絵の辺り、あたしが奥の受付を中心に調べることにした。間もなく、あたしはカウンターの裏に小さなスイッチがあるのを見つけた。
「あったわ!」
「押してみろ!」
彼に促されて、ポチッとスイッチを押した。すると、『メギル』の模型はスライドし、下から階段が現れた。
「当たりだな」
イネアさんがそう言った。
長い螺旋階段を下っていくと、白を基調とした一階の明るく奇麗な雰囲気とは打って変わって、鼠色の床や壁で覆われ、薄暗い中を照明がぼんやりと照らす冷たい空気が漂うところに出た。
しばらくは一本道の通路が続き、やがて開けた大きな部屋に出た。そこには仮面を被ったたくさんの敵が待ち構えていた。
奥にはまた一箇所だけ通路があった。どうやらここを抜けなければ先には進めないようね。
意を決して三人で部屋に入ると、後ろの通路にガシャンと分厚い金属の壁が降りて、道は閉じてしまった。
「あっ!」
「くっ! 退路を絶たれた!」
「ちっ! 進むしかないってか!」
イネアさんは気剣を右手から出した。それは煌々と白い輝きを放っている。
「目的はユウの救出だ。全員を倒す必要はない。邪魔な者だけ倒してさっさと進むぞ!」
「おう!」
「はい!」
イネアさんは気力強化、あたしとアーガスは『ファルスピード』をかけて速度を上げる。
イネアさんは凄まじい強さだった。ユウがよく言ってた人間やめてるという言葉が本当に実感出来た。彼女はあたしたちより頭二つも抜けた疾風迅雷の勢いで飛び出すと、次の瞬間には三人をほぼ同時に斬り倒していた。そのまま道を割るように一直線に進みながら、次々と敵をやっつけていく。その姿はまさに鬼神のようで、その気になれば一人でこの場を全滅させることすら出来るんじゃないのとすら思わせるものだった。
あたしたちはイネアさんが文字通り切り開いてくれた道が潰れないうちに、魔法で牽制しながら進んでいくだけで良かった。下っ端相手にあまり魔力消費はしたくなかったので、非常に助かったわ。
問題なく第一の部屋を突破して、敵が追いつけないように全力で通路を駆け抜ける。すると、今度は道が三つに分かれていた。
「どれを進むのが正しいのかな?」
「めんどくせえ。だが、三手に分かれるのはあまりに危険だ。一つ一つ行くしかないのか」
ここでもイネアさんが頼りになった。
「おそらく左だ。ユウの気はそちらの方から感じていた」
「感じていた?」
過去形なのを疑問に思って尋ねると、彼女は沈痛な面持ちで言った。
「つい先程反応が消えたのだ。女になったか、あるいは殺されてしまったか」
あたしも心配になったが、努めて明るく振舞い彼女を励ました。
「大丈夫ですよ! きっと女になっただけですよ!」
「……そうだな。あいつはなんだかんだ言ってもしぶといからな」
「よし行くぜ。敵さんに追いつかれる前に」
あたしたちはこくりと頷いてさらに進む。
やがて辿り着いたのは、左右に巨大な檻が付き、そこに様々な凶悪魔法生物が収められている先程よりもさらにずっと広い部屋だった。さすがに龍はいなかったけれど、人食い花や地獄の番犬などがひしめいていた。
あたしたちが入った瞬間、檻は一斉に開き、それらは襲い掛かってきた。おそらく、大森林のときと一緒で襲うように洗脳魔法の類いがかけられている。
迎え撃つために構えたところで、アーガスが一歩進み出て言った。
「この辺でこいつらを含め追っ手を食い止める役が必要だ。それはオレが務める。お前らは先に行け!」
「でも、あの生物たちは魔法耐性が高いわ。いくらアーガスでも!」
彼は、得意気ににっと笑った。
「大丈夫だ。オレには重力魔法がある。それで床や壁に叩きつけるなりすれば魔法耐性に関係なく効くさ」
そして、悔しそうな顔をして続ける。
「おそらく、この先にカルラやクラムの奴がいるだろう。出来ればオレがクラムと戦いたかったが、ずっと考えてるのに奴の攻撃の正体がまだ見えねえ。オレだってガキじゃないから、このままじゃ勝ち目がないことくらいわかる。悔しいが、奴の相手はひとまずイネアに任せる。やってくれるか?」
「ああ。任せろ」
イネアさんは力強く頷いた。
「アリスはカルラの方を頼む。任せたぜ」
「ええ。わかったわ!」
本当なら勝算を抜きにして自分が真っ先に敵を討ちたいはずなのに、ここまで私情を押し殺してユウの救出を優先するのは、一体どれほどの心痛が伴うことだろう。当事者でないあたしには彼の気持ちなどとても推し量ることは出来ないけど、それでも強く同情した。同時に、それが出来る彼を尊敬した。彼の決断に応えようと思った。
あたしに出来ることは、自分の仕事をきっちりすること。カルラさんに打ち勝ち、ユウをしっかり助けることよ。
あたしとイネアさんは、魔法生物の相手を彼に任せて一目散に前へ駆け出した。
一瞬だけ振り返ると、親指をピッと立てる彼の後ろ姿が目に映った。その背中が、本当に大きく頼もしく見えた。
「ユウの反応があった地点に近くなってきた」
「そうですか」
再び、開けた部屋に出た。奥にはあたしがかつて助けを求めた銀髪の英雄、クラム・セレンバーグがただ一人佇んでいた。
「来たか――待っていたぞ」
イネアさんが歩み出て言った。
「貴様の相手はこの私だ」
すると、彼は心底楽しそうに口角を上げた。
「イネアだな。貴女と戦える日をずっと楽しみにしていた」
「ふん。期待に沿えるかどうかはわからないぞ」
「まあ、せいぜい楽しませてくれ」
二人は、剣を構える。見ているだけでも伝わってくる圧倒的な緊張が場を支配した。
イネアさんは振り返らずに叫んだ。
「行け! アリス!」
「はい!」
あたしは出来るだけ彼に近寄らないように脇を通り抜けた。彼は本当にイネアさんと戦えればそれでいいのか、一切手出しをして来なかった。
アーガスもイネアさんも残して。あたしは一人で先を進んでいく。この先にカルラさんがいる予感をひしひしと感じながら。