41「囚われのユウ マスター・メギルの野望」
気が付くと、そこは怪しげな機械装置がたくさん並ぶ実験室のような場所だった。
俺は服を全て脱がされ、丸裸で台に繋がれていた。動けないように両手足と胴体が分厚い錠で縛られている。
さらには、全身にたくさんの吸盤が付けられ、あちこちに針が刺さっていた。吸盤や針から繋がっているところを辿って横を見ると、機械の画面が動いていた。その機械はコンピュータのようなもので、まるでこの世界では見たこともない代物だった。何やらグラフが作られている。俺に関するデータが勝手に取られているようだ。
まさに被検体という状態だった。ぞっとするような恐怖と胸糞の悪さが同時に込み上げてくる。
錠を破ろうと気力強化しようとするが、なぜか身体に全く力が入らない。それでも無理に気を入れようとしたら、全身に刺さった針から激痛が走った。特に頭が割れるように痛い!
「うああああああああああああーー!」
やむを得ず気力強化を解除すると、すぐに痛みは止んだ。余計に身体がぐったりしてしまった。
俺の叫び声を聞き届け、誰かがやってくる足音がした。やがて、俺の顔を愉しそうに覗き込んだのはカルラだった。
「どうやらお目覚めのようね。気分はどうかしら」
「最悪だ」
前にも似たような状況でこんなやり取りをウィルの奴としたなと思いながら、吐き捨てるようにそう言った。彼女はそれを意に介さず、俺の身体をじろじろと見回して面白そうに笑った。
「ふふ。女の子のあなたは本当に可愛いけど、こっちもこっちで中々可愛いらしい顔してるじゃない」
「なんだよ」
こんな状況にも関わらず、いや、こんな圧倒的優位な状況だからこそ余裕から他愛もない話を振ってきた彼女に不快感を示すと、彼女はさらに意地悪そうに口元を上げて付け加えた。
「それに、顔に似合わずそれなりに立派なものを持ってるようね」
丸裸ということは、股間のものもしっかり見られているのだとはっきり認識した瞬間だった。一気に恥ずかしさが込み上げてきて、俺は彼女から目を背けた。
「そんなもの見るなよ……」
「あら。わたしは別に処女じゃないのよ。お気遣いなく」
そう言えば彼氏がいたこともあった彼女は、大人の余裕とも言うべきすました顔でそう言った。
そこに、トールがやってきた。俺は睨み付けたが、奴は気にせずに心底愉快そうな表情を浮かべて言った。
「ユウ君。君を調べたら素晴らしいことがわかったよ。計算によれば、女の君の潜在魔力値はなんと実効魔力値の三十倍、つまり三十万もあることがわかった。実に素晴らしい素質だ」
潜在魔力値。三十万。知らない言葉に戸惑うが、こいつが嗤っている以上全くもって良い予感はしない。
「後もう少しで必要な抽出魔素が揃うのだが、それだけあれば十分だ。ありがとう。君のおかげで計画の完成が少し早まりそうだよ」
やはりそうだった。細かいことはともかく、言いたいことだけはわかった。要するに、俺を計画の完成に利用する気なんだ!
計画を阻止するはずが、逆に利用される形になってしまうなんて。無念で仕方がなかった。
「そこで頼みなのだが、君からその莫大な魔力を提供してもらいたいのだよ。少し女性になってはくれないかね?」
言葉の形だけは頼みであったが、実際は有無を言わせぬ威圧感を伴った命令だった。それでも俺は毅然と撥ね付けた。
「誰がお前なんかに協力するかよ」
すると、奴は口元を黒い愉悦に歪めた。
「ほう。素直に従った方がいいと思うがね」
従わずに無言で睨み続けると、彼は両手を上げてやれやれと溜息を吐いた。
「カルラよ。やってしまえ」
「はっ」
「何をする気だ!?」
「ククク。君が眠っている間、少々君の性質を解析させてもらったよ。どうやら君には独自の精神世界があり、そこに身体を切り替える要素が備わっているようだ」
「なに!?」
独自の精神世界!?
初耳だった。でも確かに言われてみれば、あの身体を選ぶときに念じると入れる真っ黒な空間は不思議だった。もしかして、あれが精神世界なのか?
「そこに魔法で接続して少々弄れるようにさせてもらった。さて、どうなるかな?」
そう言った奴がこちらに投げかけてきた視線は、まるでモルモットか何かを見るかのようだった。俺は心底震え上がった。
「マスター。準備が整いました」
「さあ。実験の始まりだ」
「やめろ!」
体中に刺さった針から、何かが流れ込むのを感じた。
瞬間、体中が熱を帯びて軋み始めた。心臓の鼓動がどんどん早まる。
「う、うああっ!」
この感じは。ウィルに『干渉』をかけられて強制変身させられたときと似ている!
実際その通りだった。脳に蕩けるような感覚が襲ってきて、思考がふやけていく。
喉仏が消失し、声が高くなるのがわかった。
「あ、あううっ!」
くそ! 女になってたまるか! 戻れ! 戻れ!
しかし意志とは裏腹に、身体はゆっくりと着実に女性化が進んでいく。
変化が進むたびに、出したくもない矯正が漏れる。
「んああっ! あんっ!」
朦朧とする意識の中、二人の舐めるような視線が突き刺さるのだけがわかった。
見るな! 見ないで!
何度も身をよじり、苦しみと快楽の狭間に悶える時間が永遠を思わせるかのように続く。
「はあ……はあ……」
ようやく疼きが落ち着いた頃、私はすっかり女にされてしまっていた。全身がじっとりと汗ばんで甘い匂いを漂わせている。
男に比べれば細くなよなよした身体と、仰向けでも重力に負けることなくつんと上向いた二つの膨らみが眼下に映った。それらが自らの女性をしっかりと主張していた。
カルラが私の全身を舐め回すように眺め、ものを失った股のところもしっかり覗き込んでから感心したように言った。
「へえ。おもしろ~い。本当に女の子になっちゃうのね」
トールも同じように私の全身を見回してきた。同じ女のカルラならともかく、こんな男に好きなように見られるのは恥辱の極みだった。
「くっくっく。囚われの女性か。やはりこちらの方が絵になるな」
トールは、下卑た笑みを浮かべながら顔を近づけてきた。
顔と顔が迫ったとき、私は精一杯の抵抗を試みた。奴の頬に唾を吐きかけて言った。
「その下種な顔を私に近づけるな」
すると、奴はにやりと笑って頬についた唾を掬い、ぺろりと舐めた。
その行為のあまりの気色悪さに、ぞわりと生理的嫌悪感が込み上げる。
「君は自分の立場というものがよくわかっていないようだな」
笑顔を貼り付けたまま、乱暴に胸を掴まれた。
「っ……!」
そのまま何度も揉まれ、私の胸は奴の手の動きに合わせてマシュマロのように形を変えていった。
見れば、奴は生意気な私への罰のつもりで平静を装ってはいるが、まるで盛りのついたオス犬のように興奮している部分もあるのが容易にわかった。
私は恐怖や悔しさを感じながらも、一方で奴を見下すように心は冷め切っていた。
どいつもこいつも。そんなに揉みたくなるような胸なのか。
精神的苦痛に顔を歪めていると、さすがに見かねたのかカルラが止めに入った。
「マスター。お戯れはそのくらいにしましょう」
「ふん。そうだな」
やっと奴の手が私の胸から離れる。憎むべき敵とはいえ、このことについては彼女に素直に感謝した。
「よし。魔素抽出を始めろ」
「了解しました」
全身に付いた針から、何かが抜き取られていくような感覚があった。私は為すすべもなくされるがままでいるしかなかった。そのことが、たまらなく悔しかった。
だが、少なくともこれをされている間は殺されることはないだろう。そう考えて少しでもプラスに捉えるしかなかった。
やがて、カルラはトールに命じられてこの部屋を離れ、私は奴と二人きりになった。
部下がいなければ口も走りやすいだろう。少しでも情報を得るために私は尋ねた。
「トール。お前は、こんなことをして一体何をしようとしているんだ?」
「ふむ――まあ放っておいても間もなくわかることだ。教えてやろう」
奴は、ついに自らの野望を語り始めた。
「三百年以上前のことだ。かつて、ただ一つ他国を圧倒的に超越する先進技術で君臨した魔法大国エデルは、神の化身によって滅ぼされたとされている。彼によって『メギル』が落とされることによって。私は当時の生き残りのうちの一人なのだよ。実は私もネスラでね。種族も生き残りである点も、君の師であるイネアと同じだ。ただし、森を出た理由と時期は違うがね。彼女は生まれつき森に嫌われる忌み子であったために、私は森で暮らすことに満足せず叡智を求め過ぎたために、森を追放された」
イネア先生とこいつにそんな関係があったなんて。だから、私が星屑祭で先生の名前を出したときこいつは一瞬顔を歪めたのか。
奴は得意気に説明を続ける。どうやら講師のときも度々見せたこの説明好きは、偽りのない本来の奴の性質のようだった。
「ところで、なぜエデルの魔法は、ロスト・マジックと呼ばれ重宝されるのか。今となっては滅亡当時の僅かな生き残りが中心となって作られたこの町サークリスを中心に、彼らの直系子孫に代々細々と伝わるのみなのか。それは、エデルが徹底的な鎖国を敷いていたことが大きな理由だ。エデルはいわゆる空中都市というやつでね。圧倒的な魔法技術と軍事力を備え空に浮かぶ、この世の楽園だったのだ。都市周辺には、いくつか存在するゲートを除き強力なバリアが張られ、当時の他国は物理的にも交流は一切不可能だった。数々の先進的魔法は門外不出とされたために、他国に広がることは決してなかった」
奴の話が事実とするならば、とんでもないことだった。空中都市エデルは、それこそ鉄道レベルで一杯一杯な現在のこの世界など、簡単に蹂躙してしまえるような凄まじいものに思えた。
大人しく聞いていたことで上機嫌になった奴は、ますます口を滑らせた。
「さて、これまで誰にも話さなかった真実を語ろう。ラシール大平原はなぜ今も魔力汚染が色濃く残っているのか。簡単なことだ。今も汚染され続けているからだよ。地下深くにそっくりそのまま沈むエデルによって」
なんだって!? じゃあ、エデルは滅びていないとでも言うのか!?
驚く私の反応に満足気に頷いて、奴は続ける。
「ただ一人、偶然近くで生き残った私だけは見たのだよ。『メギル』が落ちた後、砂埃の中で粉々になったはずのエデルが再生していく姿を。そして再生されたそれが、そのまま地に沈み見えなくなっていく様を。それを見て、心が震えたよ。感動したのだよ。この世に、ここまで圧倒的な奇跡とも呼べる力が存在するとは。神の化身。あの方は、まさしくその名にふさわしいお方だ」
たまらず私は声を張り上げた。こいつは大きな勘違いしている。
「ウィルは神の化身なんて呼ばれるような奴じゃない! あいつは世界の破壊者だ!」
しかし、奴は全く意に介さなかった。
「ほう。あの方と知り合いなのか。だが、彼がどのような人物であろうと私にはどうでも良いことだ。私はただ、彼のような圧倒的な力が欲しくなったというだけのことだからね。彼の使った天体魔法にあやかって自らをマスター・メギルと名乗り、以来私はエデルの復活を目標に生きてきた。主なき空中都市の支配者となって力を得るために。まずはエデルへ通じる道を掘り進め、都市を再び浮かべるために必要なオーブを探し出した。それを動かすために必要な多くの魔素を捧げ、魔素を循環させるために必要な多くの血を捧げた。他にも色々なことをやったよ。そして今、三百年以上の長きに渡る計画はついに実を結ぼうとしている」
奴は、これまで見せたどんな表情よりも愉しそうに嗤った。
「エデルは間もなく復活する。ラシール大平原の上空に、あの堂々たる楽園が帰ってくるのだ! 私は空へ行こう。そして、近くで目障りなこの町は消してやろう。圧倒的戦力でな。かつての叡智を、かつての栄光を、この世界に知らしめるのだ!」
そこまで聞いて、よくわかった。いかに下らないことのために、多くの者が犠牲になったのか。涙を呑んだのか。そしてこれからも!
全ての者たちの怒りを代弁して、私は叫んだ。
「そんなことのために……そんなことのために! お前は数え切れないほどの命を奪ってきたのか! これからも奪おうというのか!」
「そんなこと? くっくっく。わかっていないな。人間の本質は、際限のない欲望と好奇心にあるではないか。それこそが常に人の社会を、歴史を動かしてきたのだ。ならば、その本質に従って求めることのどこが下らないことなのか。私には、その他のことの方がそんなことに思えるがね」
「そんなものは詭弁だ! 確かに社会や歴史を見ればそういう側面はあるかもしれない。だけど、いつだって裏にはその時代を生きた人々の様々な想いがあったはずなんだ。本当に時代を動かしてきたのは欲望や好奇心だけじゃない。色んな人の色んな想いと繋がり全てだ。全てが同じように大切なものなんだ!」
私は思い浮かべた。アリスを、ミリアを、アーガスを、イネア先生を。今は敵対しているけどカルラ先輩、ケティ先輩、学校のクラスメイトや先生たち。そして、サークリスに生きる人々を。
みんながいるから今の私がいる。今のこの町がある。
「たくさんの人のそうした想いや繋がりを踏みにじってまで、身勝手な野望を成そうとするお前の行為はどんなに御託を並べたって決して正当化されない! 許されるものじゃない!」
そこまで言うと、奴は酷くつまらなさそうに顔をしかめた。
「残念だ。今のレポートは零点だよ。ユウ君」
「お前の野望は絶対に止めてやる!」
すると、今度は奴は大笑いし始めた。
「はっはっは! 面白い冗談だ! 動けぬ君に一体何が出来るというのかね? 君はこのままここで死ぬんだよ。のこのこ救出にやってきた仲間たちもろともね」
「くそっ! みんな!」
そのとき、ビービーと機械から音が鳴った。私から十分な魔素を搾り取った合図だった。
奴はそれを聞いてにやりと嗤った。
「さて、必要なものは全て集まった。君はもう用済みだ。協力してくれた礼として、最期の時をプレゼントしよう。ここでゆっくりと過ごすがいい」
「くっ……」
「さらばだ。もう二度と会うこともあるまい。はっはっはっはっはっは!」
奴は高笑いを残し去っていった。
誰もいなくなった実験室で、私は何も出来ないまま横たわっていた。
無力だった。あまりにも無力だった。
――そう言えば。
こんな風に縛られて動けなくて。酷いことされて。
昔、小さいときにもこんなことがあったような気がする。
あれはいつのことだっただろう。どうして覚えていないのだろう。
――心の世界。力。
ふと、そんな言葉がなぜか脳裏を過ぎった。
心の世界、か。
目を瞑って念じると、真っ黒な空間が映った。そこへ入っていく。
眠った状態の男の自分の身体がある。今動かしているこの身体の私がいる。
これまでここには、この二つのものしかないと思っていた。
キャラ選択のように身体を選んで帰っていくだけの場所だと思い込んでいた。
だけど、これが私の精神世界だと言うのなら。この二つだけなんてことはあり得ないはずだ。
もう少し歩いてみれば、何か見つかるかもしれない。
――今出来ることはこれしかない。
私は真っ暗な世界を、手探りで歩き始めた。