37「サークリスへ急げ」
少し遅れて来たアリスも、変わり果てたミリアの姿を見て顔を真っ青にして崩れ落ちた。
「酷い……何かの魔法で完全に石にされちゃってる……!」
「どこだ! どこにいる! ちくしょう! ミリアを元に戻せ! 戻せよ!」
辺りを見回しながら怒り心頭に叫んだが、仮面の女からの返事は当然ながら来ない。
「くそっ!」
俺は近くにあった木に拳を力任せに叩き付けた。木は激しく揺れ、小鳥たちが逃げ出した。
だが、嘆いている暇はない。嘆くよりも先にやることがある。
俺はアリスの方を向いて言った。
「何とかして元に戻す方法を探そう! ミリアはまだ生きてる!」
自分にも言い聞かせるようにそう言った。
全身が石化しているとはいえ、身体は砕かれずにそのまま残ってる。まだ死んだと決まったわけじゃない。何とかして元に戻せる方法があるかもしれない。助けられる可能性がある限り諦めるな。
「ええ! 絶対生きてるわ!」
アリスの声が震えていた。でも、目は諦めてはいなかった。俺と一緒の気持ちだろう。
「ここじゃどうしようもない。サークリスへ急ごう。まずはイネア先生に相談してみよう!」
「そうね!」
アリスはやや上を向くと大声で愛鳥を呼んだ。
「お願い! アルーン! 今すぐここに来て!」
それから息を大きく吸い込むと、強く指笛を吹いた。森の木々に染み渡るように音は広がっていく。
頼れるアルーンは、主の必死の呼びかけにすぐに呼応してくれた。遠くから急いで飛んできて彼女のすぐ横にさっと降り立った。
俺は誤って砕かないように注意しながら石と化したミリアを乗せると、移動中空から落ちないようにお腹の部分を後ろからしっかりと抱きかかえた。石になってかなり重たくなっているので、元々の力と気力強化のある男のままでいた方が良いだろう。
「サークリスまで全速力で急いで!」
アリスの命令にアルーンは任せろと力強く鳴くと、行きでの空の旅を楽しめるようなゆったりとした飛び方とは違う、弾丸のような飛行で空を駆け出した。
気付けばものの少しの時間で大森林を抜け出し、遥か視界の彼方へと追いやってしまった。
俺たちは飛び始めてからしばらくずっと黙っていた。お互い何かを話すような気分になれなかったのだ。
ただ、目の前のミリアを黙ってずっと見ていると、嫌な予想ばかりして気が滅入りそうだった。
俺はとうとうアリスに話しかけた。
「どれくらいで着けるかな」
「今が朝の早い時間だから、昼過ぎには着くと思う」
それっきりまたお互い沈黙してしまう。重苦しい空気が流れていた。
ふと気になった。俺が炎龍と戦っている間、二人の方はどうなったのだろうかと。ろくな答えが返ってこないだろうなと思いつつも、みんなの安否が気になって聞かずにはいられなかった。
「結局そっちはどうなったんだ?」
アリスは辛そうに俯いた。
「忙しくて誰がやられたかなんて確認出来なかったけど、おそらく数十人は亡くなったわ。演習は即刻中止。しばらくは休校でしょうね……」
「そうか……」
トランプ大会の楽しい光景が脳裏に蘇る。あの中にいた誰かとはもう二度と会えない。
余計に気が滅入ってしまって、もう何も言えなかった。
やがて、道中の中間地点を過ぎようかという辺りで、地上がとんでもないことになっているのに気が付いた。
「アリス。下を見てくれ」
俺に言われて見下ろしたアリスの顔が、みるみるうちに青ざめる。
「うそ……滅茶苦茶じゃない!」
眼下に広がっていたのは、サークリスとオルクロックを繋ぐ線路が数箇所に渡り爆破され、ずたずたになっている光景だった。
「誰がこんなことを……」
言いながら予想は付いていた。仮面の集団に違いない。他にこんな真似をするような奴も出来る奴もいない。大森林にいる俺たちにまで手を回したのだから、ついでに途中のここで破壊工作をするのは造作もないことだろう。
だが、彼らがやったには違いないとしても腑に落ちないところがあった。
鉄道の爆破なんて目立つことをすれば大きく警戒され、後に必ず首都の戦力を呼び寄せることになってしまう。短期的には奴らにとって有利になるのかもしれないが、長期的には不利になる。これまで仮面の集団は、首都に目を付けられないようにもっと秘密裏に動いてきたはずだ。それをなぜ今になって――
まさか。
俺は恐ろしい可能性に思い当たってしまった。
あの線路の状態では、復旧にはしばらく時間がかかってしまうだろう。その間、サークリスと他の町との連絡はほぼ完全に絶たれてしまう。
もし、そのしばらくで十分だとしたら? 敵の狙いがしばらくの間サークリスを孤立状態にし、何かを為す邪魔をされないようにすることにあるのだとしたら。
考えてみれば、今はちょうど首都で合同軍事演習がある。交通の便を絶ち、奴らにとっての敵対戦力を削るならこのタイミングが最適だった。狙いがとにかく邪魔者を消すことにあるのだとすれば、今さらになって俺たちを本気で狙ってきたことにも納得がいく。
――仮面の集団が掲げる正体不明の「計画」は、考えていたよりもずっと完成に近づいているのかもしれない。
俺は未だ見えない目的地の方角を眺めた。
一体、サークリスで何が起ころうとしているんだ……?