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フェバル保管庫  作者: レスト
剣と魔法の街『サークリス』 後編(旧)
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34「炎龍との戦い 2」

 俺は炎龍と睨み合う。数瞬ほど静寂が場を包む。それは間もなく弾ける緊張の高まりの現れだった。


 煮え繰り返りそうな激情を身に宿しながらも、一方ある部分で俺は冷静だった。こんなときこそ感情だけで戦ってはいけない。


 龍は巨体に似合わずスピードが速い。常に気力強化をフルにかけて戦う必要がある。


 だが、この身体で出せる最高速で動けば、宙で女になったとしても空中で魔法を使って方向転換するのは難しい。男のときは女と違って魔法で攻撃を防ぐことが出来ない。跳び上がっている隙を突かれて、長い尻尾で叩かれたり火を吐かれれば一たまりもないだろう。しかし、跳び上がらなければならない場面も多いはずだ。


 ここは地形を利用しよう。木々という足場を上手く使って方向転換する。空中での隙を最小限に抑え、トリッキーに奴を翻弄するんだ。


 方針が固まったとき、ついに龍は動き出した。挨拶代わりのブレスが襲いかかる。俺は地を蹴り横にステップしてそれをかわす。続いて尻尾による薙ぎ払いが迫る。俺は跳び上がると、近くにあった木の側面に、地に対してほぼ横向きで足を付けた。


 さて。どうなる。


 重力が身体を落とす前に、腰のポーチから素早くスローイングナイフを一本取り出すと、気を込めて強化する。それを龍の柔らかい部位、腹に向かって思い切り投げ付けた。その行方を確認しないまま、木の側面に付けた足を蹴り出して別の木へと跳ぶ。


 辿り着いて再び龍の方を見ると、それは腹にしっかりと刺さってはいたが、当の龍は全く意に介さず。あまりに分厚い肉の壁の前に、ほとんど有効打にはなっていなかった。


 やっぱり気休めに過ぎないか。直接気剣を当てない限りダメージは見込めない。


 だが、それにはなんとかして奴に接近しなければならない。俺単体ではあまりに無謀な挑戦だった。


 龍が巨大な火球を木に止まっていた俺に向けて飛ばしてきた。今度は木の側面に対し斜め下に向かって足を蹴り出し、地面にさっと飛び降りてそれをかわす。火球は木々を次々と抉り、空の彼方へと消えていった。


 ――俺単体ではあまりに無謀だ。でも、俺にはもう一つの身体がある。


 攻撃後の一瞬の隙を突いて女に変身すると、私は魔法をかけた。おそらく一度だけは炎を防いでくれる水の加護。ミリアが得意なのを教えてもらった。


『ティルアーラ』


 ついでに『ファルスピード』もかけ直し、すぐに体勢を整えた龍を見据えながら、次の変身の機会を窺う。


 すると、龍は偶然すぐ横にあった苔の生えた大岩をその鋭い脚の爪で思い切り叩きつけ、岩石の弾にしてこちらに飛ばしてきた。


 なっ!? 岩つぶて!


 もし当たって動きが止まるなどすれば間違いなく龍の餌食だ。予想外の攻撃に内心焦るが、辛うじて避けることには成功する。


 そっちが土ならこっちも土だ!


 私は地面に両手をつくと、拘束の土魔法を使う。


 鋼鉄の鎖。縛れ。


『ケルチェイン』


 龍の脚に鎖が絡みつく。それは人間に対しては決定打足り得るが、強靭なる龍の力を前にしては紙切れ同然に破られてしまうものだった。だが、それでも一瞬の動揺は見込める。それだけの時間があれば十分だった。


 私は男に再変身して、全速力で奴に迫る。狙うは龍の首。全力で叩き斬る!


 気を集中すると、気剣は青白く輝いた。


『センクレイズ』!


 それは、見事に狙い通りうなじの横に綺麗にヒットする。


 まともに当たりさえすればこの半年、これまでどんな敵でも斬り抜いたこの技。


 俺が全幅の信頼を寄せる最強の必殺技は――


 ――しかし首の皮一枚で止まっていた。


 なぜ――


 そこではっとする。


 気が、龍の首に集まって斬撃を防いでいることに。


 そう。龍もまた気を操ることが出来たのだ。防御を首に回して、ほぼ完全に攻撃は防がれた。


 今度は動揺したのはこちらだった。その一瞬の隙を龍は見逃してくれない。


 炎のブレスが至近距離で全身に迫る。水の加護が膜となって、身を焼き尽くされることからだけはどうにか守ってくれた。それでも軽度の火傷は避けられない。


 地面に降りると、即座にバックステップして一旦距離を取る。


 動揺したままでは戦えない。落ち着かないといけない。そう自分に言い聞かせる。


 危なかった……! もし爪での直接攻撃が来てたらアウトだった……


 九死に一生を得てほっとした俺は、すぐに気を引き締め直すと、全身に嫌な冷や汗が流れるのを感じながら目の前の圧倒的強者を見つめた。


 魔法が一切通じない。気剣も防がれる。スペックはほぼ全て向こうが上。


 一つ一つの要素を検討していく。やがて、理性は絶望の答えを叩き出した。


 はは……まいったな。





 勝てない。





 炎龍は、弱者である俺の命を狩り取ろうとゆっくりと歩み寄ってくる。その強者の余裕とも言うべき悠然たる歩みの前に、俺は為すすべもなく立ちつくす。愚かにも人の身で龍に抗おうとした馬鹿者に死を下す儀式のように思われた。


 俺はもう諦めかけていた。あんなに諦めるなと思っていたのに。どうしてこんなに簡単に心が折れてしまうのか。どうして俺はこんなに弱いのか。


 力なく俯いた。ふと、手作りのウェストポーチが視界に入る。


 そのとき、かつて先生が修行のときに言っていた基本の言葉をふと思い出した。


『弱い場所を狙え。意識の隙間を狙え』


 瞬間、目が覚めるような想いだった。


 気付いたんだ。簡単なことだった。


 奴は、俺の気剣の攻撃をわざわざ気を集めて「防がなければならなかった」ことに。


 つまり、意識の隙間を狙って攻撃をすれば、通る可能性が高いということに。


 希望が見えれば、人間というのは呑気なものだ。どんなに絶体絶命な状況だって、力が沸いて来る。


 やってやる! もう一度、こいつに一泡吹かせてやる!


 突然顔を上げて動き始めた俺に、龍も驚きを隠せないようだったが、すぐに再び戦闘態勢に入った。


 いきなり首を狙うのは警戒される。どこでもいい。まずは奴に通る攻撃を当てるんだ。


 そのとき――


 グアアアアアアアアアアア!


 至近距離で咆哮が響く。つんざくような音に、俺は思わず両手で耳を塞いで一瞬怯んでしまう。


 そこに、爪による引っ掻き攻撃が迫る。引っ掻きとは言っても当然生易しいものではない。それは先程やられたように大岩をも砕く威力を持った必殺の一撃だ。


 染み付いた基本は、意識する前に俺の身体を勝手に動かしてくれた。バック宙でかわすと、奴の攻撃は地面に大きな爪痕を残した。


 爪が届くくらい距離が近いということはそれだけ危険ということだが、その分こちらの攻撃も届きやすいということ。びびって逃げずにここでチャンスを作る!


 地面に着く前に宙で女に変身すると、目を瞑って至近距離での攻撃をやり返す。


『フラッシュ』


 強烈な光が龍の目を眩ませる。


 地面に降りた私は、飛行魔法を使って龍の頭上まで飛び上がった。


 人間と違って視力の回復が速いのか、そこまで行く頃にはもう龍ははっきりと私の姿を捉えていた。


 飛行魔法を切って自由落下する。落下の威力を攻撃に利用する。


 龍は火球を吐いた。このままでは直撃だ。だが、女の私には当たらない。


 回転しろ。


『ファルスピン』


 空中で風を噴出しながら身を捻ると、火球は私の僅か横を通過していった。


 そのまま使い続けて回転を速めていく。目まぐるしいほどに視界は回る。この遠心力も攻撃に上乗せする。


 十分に加速したところで、私は男に変身した。


 そして、気剣を左右の手から同時に出す。二刀流だ。


 二つともに気を集中し、どちらの刀身も青白いオーラで包み込む。


 狙うは背中。そこから滑るように肉を斬る!


『センクレイズ・リボルブ』!


 ギャギャギャギャギャギャギャギャ!


 火花散るような衝突と同時に、俺は激しく身体を回しながら二つの剣を次々と突き立て、巨体の背中から尻尾にかけて乱舞のごとく斬り裂いていく。この畳み掛けるような連続攻撃に対しては、気をどこに集中させようとも全てを防ぐことは出来ない。龍は初めて痛みに顔を歪めるような声を上げた。


 最後に尻尾の先っぽ、一番細いところを完全に斬り落として俺は地面に滑り落ちた。


 よし! 手応えありだ!





 龍は、今の攻撃で完全に俺のことを強敵と認めたようだった。それまでのように力任せに攻撃してくることはなくなり、さらに手強くなった。もうあのような攻撃は届かなくなり、お互いに決定打がないまま事態は膠着し、数時間が経過。空は夜明けを前にして白み始めていた。


 手強くなってさらに倒せなくなった龍だが、これは悪いことばかりではなかった。その分時間を稼ぐことが出来たからだ。俺が振り絞った命知らずの勇気が、結果的に命を繋ぐことになった。


 だが、龍の体力は無尽蔵であるのに対し、俺の体力は人間レベルに過ぎなかった。徐々にスタミナの差がそのまま動きの差となって現れてきた。


 やがて、蓄積した疲労が動きを鈍らせ、ついに炎のブレスの直撃を許してしまう。


 しまった!


 もう終わりかと思ったそのとき、横から声が聞こえた。


「水の守護。かの者を包め! 『ティルアーラ』!」


 ミリアだ!


 本家の『ティルアーラ』が俺を護ってくれた。さすが本家というだけあって、追加の火傷は出来なかった。


「助けに来たよ!」


 アリスが少し遅れてやってきた。


 二人の姿に、疲労困憊の俺は敵の目の前にも関わらず顔を綻ばせた。


 再び力が沸いてくる。


 ああ。仲間がいるってこんなに嬉しいことなんだ。こんなに安心出来ることなんだ。


「そっちはなんとかなったのか?」

「まあね――聞いて。ライノスたちは操られてたの。変な装置でね」

「なんだって!?」


 じゃあ。まさか。


 その予想は当たる。


 相手を直接見ての魔力感知なら、非常に得意なミリアが言った。


「この龍も、何かの魔法で操られてるみたいですよ。頭のところの魔力の流れが変です。闘争本能だけで無理に逆らっているみたいですね」

「そうか――勝機が見えたかもしれない」


 別に倒す必要はない。洗脳を解いてやれば、もしかしたら大人しくなるんじゃないか。


 確実ではないが、他に手はなかった。いかに三人と言えども、こいつを倒せるビジョンは見えない。戦っていてよくわかった。


 しかし、魔法を解除するだけならば。攻撃だけなら出来たんだ。もう一度やってみせる!


「その魔法を解除してみよう! 二人とも力を貸してくれ!」

「オッケー!」

「もちろんです!」


 三人で龍と対峙する。日が登り始めた。決着は近い。

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