33「炎龍との戦い 1」
仮面の女は少し離れた位置で悔しそうに歯噛みしていた。
「ちっ。奇襲は失敗に終わったか。三人とも逃れている」
しかし彼女はすぐに気を持ち直すと、脳内で精神をリンクしている炎龍に指示を飛ばす。元々奇襲だけで殺し切れないことは想定内だ。
『炎龍よ。次に狙うのは指揮系統。監督生のテントを燃やしてしまいなさい』
操られて正気を失っている炎龍は、辺り一帯に轟く唸り声を上げる。眠っていた野鳥たちが慌てたように羽ばたいて一目散に逃げ出す。生徒たちも次々と目覚め、テントには明かりがつき始めた。
しかし彼らがテントを抜け出す前に、龍はブレスとは異なる呼吸で口の前に巨大な火球を作り出した。その大きさと密度は、かつて魔闘技決勝でアーガスが使用した、火球魔法『ボルケット』の上位である『ボルケット・ダーラ』をも上回る。
なんだ!? あの龍はてっきり私たちを狙っているのだと思ったけど、今度の狙いは少し違うみたいだ。
そう思いながら警戒を緩めずに構えていると、火球が放たれた。それはぐんぐん下降していき――
――カルラ先輩たちが入っているテントに直撃した。
衝撃的な光景に、私たちは誰一人声を上げることすら出来なかった。
光と熱が爆散した一瞬の後、テントは跡形もなく消える。後には焦げた地面以外何一つ残らなかった。
あまりにもあっけない出来事だった。すぐには頭が追いつかなかった。認めたくなかった。
それでも残酷な理解は、数瞬遅れてやってきた。
「嘘でしょ……嘘だよね……?」
「そんな……こんなことって……」
「まさか……そんな……」
彼女のはつらつとした笑顔が脳裏に浮かび、消えていく。
「カルラさんーーーーーー!」
「「カルラ先輩ーーーーーー!」」
だが、無情にも悲しんでいる暇などなかった。炎龍は既に次の攻撃に入ろうとしていた。広げた翼が輝くと、高まる魔力の波動で大気が震える。
魔法生物図鑑に書いてあった。炎龍の翼が紅く輝くとき、翼の下に付いた無数の燃え盛る棘が飛ばされると。それは広範囲に降り注ぐ死のミサイル。辺り一帯に針の穴が空く。全員が無事では済まない。
アリスもミリアも含め誰もが圧倒的な光景に呑まれ、ぴくりとも動けないでいる中、ただ一人私は、龍に負けないほど燃え滾る怒りに身を震わせながら叫んだ。
「ちくしょう! これ以上好き勝手させてたまるかーー!」
絶対に止めてやる!
風の強刃! 翼を斬り裂け!
『ラファルスレイド』!
左右の手から二発同時に『ラファルス』の上位魔法を放つ。高度に圧縮された風の大刃は、一対の双剣となって空を駆け登る。それは広がった龍翼の根元に直撃した。しかし、翼には僅かな傷が付いただけでほぼ損傷は見られない。
くそったれ! 魔法耐性が高過ぎる!
それでも必死の抵抗は無駄ではなかった。発動すれば壊滅必至の攻撃を中断させるだけの効果はあったのだ。龍は眼下に立つ邪魔者たる私を、射殺さんばかりの鋭い眼で睨み付けてきた。
私は声を張り上げて精一杯挑発する。身の安全など二の次だ。奴を空から引きずり降ろさなければ打つ手はない。
「こっちへ降りて来い! 私が相手になってやる!」
グアアアアアアアアアアア!
龍の咆哮が轟く。奴は標的を完全に私に定めると、翼を縮め急降下して向かってきた。
仮面の女は、予想外の事態に驚愕していた。
そんな馬鹿な! 制御し切れないですって!?
滾る龍の闘争本能が、服従魔法の効果に勝ろうとしていた。これは服従させる対象が術者の格を上回る場合に起こり得ることなのであるが、復元されたロスト・マジックの効果を疑わずに使ってきた仮面の女はそのことを知らない。
何度も呼びかけるも、龍はもはや従うことはない。彼に残っているのは誇りを傷つけられた怒りのみ。彼女は諦めて、力なく拳を振り下ろすしかなかった。
「……そう。そうなるわけ……いいわ。炎龍。思う存分暴れなさい。やってしまいなさい!」
彼女は見届けることを決意した。この戦いの行く末を。自分たちに歯向かった愚かな子羊たちの最期を。
「アリス! ミリア! こいつはしばらく私が引きつける! 二人はライノスの対処を頼む! 終わったらすぐに助けに来て!」
一人では絶対に敵わない相手であることは今のやり合いで十二分にわかった。厳しいが、三人でなんとか力を合わせて勝機を掴むしかないだろう。
私が諦めたらみんな助からない。諦めてたまるか。
既に我を取り戻していた二人は、しっかりと頷いた。
「わかったわ!」
「了解です!」
二人はすぐに飛び出した。ライノスもかなり凶悪だが、クラスメイトと協力してどうにかするしかない。大丈夫。ただ黙ってやられるだけの人間の集まりじゃないんだ。信じよう。
振り返ると、龍はもう目前に迫っていた。
――まずは、みんなから引き離す。
あの襲撃事件以来、必死に改良を重ねさらに速度を上げたこの魔法で。
加速しろ。
『ファルスピード』
風の力を身に纏い、私はトップスピードで木々を縫うように森を駆け出した。
龍は私とは対照的に、木々をなぎ倒して強引に追ってくる。
このまま来るがいい。十分離れたそのときが、本当の戦いの始まりだ。
時折迫る炎の息を辛うじてかわしながら、私は逃げ続けた。
そして向こうの様子が見えなくなるまで走ったところで、私は男に変身する。
俺から突然強大な気が発されたことに、気を読む力があると言われる龍は僅かに戸惑いを見せた。
俺は白く光り輝く気剣を左手から射出すると、それを龍に突き付けた。
「これでようやく攻撃が通る。覚悟しろ。たとえお前に比べたらずっとちっぽけだって、意地はあるんだ!」