32「炎龍ボルドラクロン来たる」
翌朝。アリスに耳元で元気な声をかけられて叩き起こされた。
「おっはよー! 起床の時間よ!」
「ん……もうちょっと寝かせてよ……お母さん……」
「うふふ。寝ぼけてる」
「何なんですかね。この時々見せる狙ったような可愛さは」
段々意識がはっきりしてくる。
目をこすって大きくあくびをした。結局あんまり寝られなかった。ちょっと寝不足だ。
「おはよう。アリス、ミリア」
「おはよう」
「おはようございます」
サバイバル訓練では、朝食から夕食まで自分の力で得ることになっていた。といっても、私にとっては楽勝なので何も張り合いがない。最低限自分の分と、もし二人が失敗した時のためにあげる食べ物を午前中にさっさと確保して、あとは二人が苦戦するのを眺めたり時々アドバイスをしたりして過ごした。
気付けば夕方になり、アリスもミリアもそれなりの戦果を上げていた。結局またも他の班より妙に豪華な夕食になった。それから、昨日作ったお風呂のお湯を入れ直して女子のみんなで入浴する。私は遠慮しようとしたが、アリスが引っ張る形で強引にクラスのみんなと触れ合うことになってしまった。そうなったらそうなったでもう普通には出来るようになったんだけどね。
代わりに今日の見張りはミリアがやってくれた。私がやった昨日よりも覗きの挑戦者は増えたらしいけど、お仕置きはより悲惨なものになって最後は誰も彼女の方を見ようともしなかったらしい。うん。やっぱりミリアだけは敵に回しちゃいけない。
その後には、第二回トランプ大会が開催された。今日は趣向を変えて各ゲームにレートをつけ、それぞれで順位を競うということをやった。ちなみに私は大富豪部門で三位に終わった。どの世界にもゲームの上手い奴はいるもので、ほぼ同レートで迎えた直接対決でそいつらに見事に負け越してしまった結果である。ちなみにアリスは二十六位。まだまだ修行が足りない。ミリアはポーカー部門で文字通りのポーカーフェイスを駆使し、圧倒的な実力で一位を勝ち取っていた。すごい。
――そんな楽しかったはずの演習も、この日の深夜惨劇に変わってしまうのだった。
就寝時間になった私たちは、おやすみを言ってこの地で二度目の睡眠を取るのだが。
やっぱり今日も寝られない。どうしてなんだ。いつもならぐっすり寝られるのに。
だが、この日に限っては寝付けなかったことが正解だった。辺りの空気にほんの僅かだけど違和感があったんだ。
私は気になってアリスとミリアを起こした。
「なに?」
「なんですか?」
急に起こされて眠たそうにする二人に、私は言った。
「ちょっとさ。嫌に空気がピリピリしてないか? 何か遠くから大きな魔力が近づいて来てるような」
二人もすぐに魔力を探ってくれた。ミリアは首を横に振ったが、続くアリスは私に同意した。
「すみません。私にはちょっとわからないですね」
「言われてみると変ねえ。確かに火の魔力を感じるわ」
火の魔力か。私もそこまではわからなかった。さすが火魔法が得意なだけのことはある。
これは確実に何かいるな。
「ごめん。ちょっとだけ男に変身してもいい? 気を探って確かめたいんだ。大したことなかったらすぐ女に戻るから」
「まあいいよ」
「わかりました」
許可を得て、少しだけ男に変身する。テントの中だから誰かに変身を見られる心配はない。
すぐに気力探知を始める。精神を集中して、辺りの目ぼしい生物反応を探る。
魔力探知は直接見なければ何となくしか対象のことがわからないが、気力探知は離れていてもかなり正確にわかる。これが一番確実な方法だった。
調べ始めた瞬間、俺はぞっとした。
ライノスの気がこっちにまっすぐ向かって来ている! しかも数は二十!
これだけでも相当やばいが、それどころの問題じゃない奴がいた。
上空から猛スピードで何かが迫っている。恐ろしく強大な気だ。まもなくここに到達する。アリスの情報と合わせると、こいつが火の魔力を持っているとみて間違いなかった。
空を飛んで火の魔力を持つこの辺りの生物と言えば――
火の鳥ボルケニック、炎龍ボルドラクロン。このどちらかだ。いずれにしてもろくなやつじゃない!
俺は慌てて飛び起きた。
「アリス! ミリア! やばい! とりあえずこのテントから出るぞ!」
「え?」
「どうして?」
「いいから急げ!」
自分でも驚くくらいの鬼気迫る声で言うと、事の深刻さを理解したらしい二人は何も言わずにすぐ従ってくれた。
もちろん服装なんて気にしてる場合じゃないけど、ただのお泊りではなく野営訓練ということで服が昼間のままだったのは幸いだった。いきなり出ることに躊躇いがない。
俺はノータイムで女に変身すると、二人と一緒に飛び出すようにしてテントを出た。
次の瞬間、とんでもないことが起こる。
明らかにピンポイントで狙い澄ました猛烈な炎が、ついさっきまで私たちが中にいたテントを一瞬で焼き尽くした。
――あと五秒出るのが遅かったら、三人とも死んでいた。
あまりのことに、私を含めみんな驚愕で目を見開き固まってしまう。
だがこれをやった脅威がすぐ近くにいるわけで、全くぼーっとしてるわけにはいかなかった。
キッと見上げると、真上には絶望を告げる森林の支配者――ボルドラクロンがその深紅の巨体を悠然と羽ばたかせていた。