31「オーリル大森林魔法演習初日 夜」
「ぜひ聞かせてよ」
「言ってたもんね。期待してもいいのかしら」
アリスと二人で期待の眼差しを向けると、ミリアはちょっと困ったように頬を掻いた。
「そこまで期待されるとちょっと自信ないですよ」
「まあとにかく言ってみなよ」
「ほらほら!」
促すと、彼女はコホンと一つ息を吐いて間を置いてから言った。
「即席のお風呂を魔法で作りませんか? 女子のみんなが入れるような大きいやつです」
意外な切り口だった。確かに演習の間はお風呂なんてないけど、そんなこと当たり前だと思って全く気にしてなかったよ。ないなら魔法で作ってしまえというのが、非常に魔法文明らしいというか。地球という枠に嵌まっていた私には中々出てこない発想だった。
彼女は続けた。
「えーと。私は水魔法が得意だから入れる担当で、アリスは火魔法が得意だから沸かす担当で、ユウは割と何でも出来るからその他で」
「その他って……」
場所成らしたり風呂を作ったりとか、一番大変な奴じゃないのか? それ。
思わず少し苦い顔をしたら、ミリアはふふ、と笑った。
「もちろんその他の作業は私たちも手伝いますよ。出来あがったら女子のみんなを呼びましょう。きっと喜んでもらえますよ」
話を聞いたアリスの表情がぱあっと明るくなった。
「なるほどね。そんなこと考えてたんだ。面白いじゃない! やろうやろう!」
「いいね。やろう。でも、お風呂が出来あがったらみんなを呼ぶ前に一番に入ってもいい? やっぱり私、あれだしね。男子が覗かないように目を光らせる係も必要だろうし」
「いいですよ。見張りよろしくお願いしますね」
私が男でもあることを理解しているミリアは、あっさりと了承してくれた。
「任せてくれ。覗こうとした奴は全員半殺しにする」
そう言うと、アリスがやたら面白がった。
「爆炎女のユウが言ったらほんとにやりそうに見えるもんね。そこら辺頼りになるわ」
「一年前のあだ名を引っ張り出して来るなよ……さすがにもう言われてないから」
魔法コントロールが完璧になってから久しくなったいま、爆炎女は既に死語と化していた。
「あ、今はアーガスの女だっけ?」
「そのあだ名はもっと気に食わないっ!」
たまらず声を荒げてしまった。アリスはそんな私を見て憎たらしいくらい腹を抱えて笑っている。
襲撃事件で流れになったとは言え、魔闘技の決勝でアーガスと楽しそうにかなり良い試合をしたことと、その後も二人で仲良く魔法の訓練してるところが頻繁に目撃されて、非公式にあいつの彼女扱いになってしまっているのだった。別に本当に付き合ってるわけでもないし、私もあいつのこと好きなわけじゃないし、私の正体を知ってる向こうも全然その気はないんだけどな。まあよくある冷やかしのネタだが、アーガスファンクラブの女性を敵に回してしまったのが面倒と言えば面倒だった。
一緒になって私のことを笑っていたミリアは、落ち着くと計画の続きを述べる。
「それで、上がったら男子も入れてクラスのみんなでトランプ大会しましょう」
「いいじゃんいいじゃん! あれ、ほんと楽しいもんね!」
二人は、トランプブームの影の立役者である私の方をにこにこしながら見てきた。表の立役者は今トランプと聞いて大はしゃぎしているアリスだ。私も一緒に笑うしかなかった。
どうしてこうなったのか。もちろんトランプなんて元々この世界にあるわけなかった。
きっかけは些細なことだった。あるときアリスが「何か地球の面白い遊びないの?」って言うから、馴染みやすいだろうと思って魔法でトランプを作って色んな遊びを教えてあげたんだ。そしたらすっかり気に入っちゃって、知らないうちに広めたらしく寮で大流行。気付けば魔法学校中で行われ始め、半年経った今ではサークリス全体に普及し、町の外にまで広まろうとしている。
ここまで広まってしまったのは、トランプ自体の作りやすさ、手軽な遊びやすさと、知る限りこの世界に類似物がこれまでなかったということにあると思う。アリスが上手く広めたから出所は不明ってことになっててそこは安心したけど、自分としては小さなきっかけで一国の文化に多少の影響を与えてしまったことに驚きを禁じ得ない。もう手遅れだが、以後異世界の物事をひけらかすのは気を付けようと思った事件だった。
それにしても、あんなに人見知りだったミリアが自分からこんな積極的な提案をするようになるなんて。きっとコミュニケーション能力抜群のアリスの近くにずっといた影響が大きいんだろうけど、人間って成長するものだなって思ったよ。私も全然他人のこと偉そうに言える立場じゃないんだけどね。彼女を見習って、私も成長していかないとな。
その後、ミリアの計画に従ってばっちりお風呂を作り上げた。私が一番に入って湯加減を確かめた後、アリスとミリアが手分けして女子を呼んで、みんなでわいわい野外風呂に入っていった。例のアーガスファンクラブ会員以外の女子生徒は、見張りを務める私に頼もしいとお礼を言ってくれた。
これだけ女子が移動すると、やはり男子も感づいた。私が立ち入り禁止の柵を魔法で作って腕を組みながら睨みを効かせたら、持ち前の男勝りな目つきの効果もあって大抵の人は引き下がった。それでも覗きに行こうとする勇者が三人ほどいたので、男の心理としては少し理解を示しつつも、しっかりとお仕置きして晒し者にしてあげた。それからはびびって誰も来なくなった。
トランプ大会はいくつかのグループにわかれて、時々人の交代を行いつつ各テントで行われた。私がアリスに教えて広まったゲームは、大富豪、神経衰弱、ページワン、ブラックジャック、ポーカー、豚のしっぽなどだ。
やっぱり一番人気は大富豪で、テントを四つも使う盛況ぶりだった。
「革命よ! あっはっはっは! 来たわね。あたしの時代が!」
ドヤ顔で革命を決めたアリスに対して、私はクールに切り返した。
「やはりキャリア半年の素人ではそんなものだな。革命返し」
「うぎゃあああーーーー!」
アリスが絶叫した。どうせ一番弱い3とかしか残ってないんだろう。
「なんでそんなに強いのよ~!」
「当たり前だよ。誰が教えたと思ってるの?」
それにこっちは中学卒業まで一緒に暮らしてた、様々なゲームの達人である従兄のケンに直々に鍛えられてるからね。親戚の家は思い出したくもないくらい嫌いだったけど、ケンだけは別だ。昔は一時期いじめられてたけど、それがなくなってからはずっと気の良い兄貴だった。この世界に来るまでは、離れて暮らすようになっても時々メールとかで連絡取ってたくらいだ。
「くー! 今に見てなさいよー!」
「くっくっく。待ってるよ」
悪役の捨て台詞のような台詞を放った彼女に、私は待ち受ける強ボスなノリで返した。人は敗北を知って強くなる。負けず嫌いのアリスならいずれは追いついて来るだろう。
そんなこんなで楽しんでいたら、本来眺めているだけの監督生であるはずのカルラ先輩も交じってきてさらに場は盛り上がった。やがて就寝時間になったのでお開きになった。
「おやすみ」
三人でそう言い合って寝袋に潜り込んだ。
なぜかこの日は眠れなかった。ぐっすり眠っているアリスやミリアを起こさないようにそっとテントを抜け出して、飛行魔法で木の上に登った。
枝に座り込んで夜空を見上げると、満天を埋め尽くす星々と、幻想的にゆらゆらと淡く輝く青い月が見えた。
そう。この世界の月は青い。
月はかなり真円に近付いていた。もうすぐ満月だ。
遠くで、ライノスの吠える声がいくつか聞こえた。普通はこんな夜中に吠えるものじゃないんだけど、どうしたのだろうか。
でも、それっきり声は止んだのであまり気にしなかった。
しばらく夜空を眺めていたら、寒くなってきた。明日もあることだし、そろそろテントに戻って無理にでも寝ようか。