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フェバル保管庫  作者: レスト
剣と魔法の街『サークリス』 後編(旧)
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30「オーリル大森林魔法演習初日 昼」

 魔法演習の初日が始まった。初日の目的はまず森に慣れること。行軍の訓練を行いながら、そこらに生えている植物やキノコ、小型の動物等について監督生から説明を受けていく。翌日のサバイバル訓練に必要な知識なので、みんな一生懸命耳を傾けていた。


 こんな軍隊じみた訓練を行うのは、有事の際にも運用できる魔法使いを育成するという学校の理念による。このとにかく頭でっかちなだけではなく使える魔法使いをという方針のおかげで、私もかなり実践的な魔法を身につけることが出来たわけだ。幸運なことだった。


 木々の間を縫って遠くに見える、四本の足で歩くイノシシに少し似た感じの大きな動物を指さしてアリスが尋ねてきた。


「何かしら? あの動物」


 あれのことをよく知っていた私は答えた。


「正式名称ライノス・ビリガンダ。通称ライノス。見ての通り額に大きな二つの角を持つ十メートル級の大型草食獣だよ。縄張りに近づかなければ大人しいから大丈夫。ただし、強い魔法耐性があるから決して挑発しないように注意して」


 アリスが感心したように言った。


「詳しいのね」

「うっかり近づいて殺されかけたことあるからね……」


 脳裏にあのときの恐怖が蘇り、ちょっと身ぶるいした。


 あれはイネア先生との修行を始めてからまだ四カ月のことだった。実際あのときは本気で死を覚悟したよ。よりによって子育て中だったらしくて、キレっぷりが半端じゃなかった。仲間意識も強くて、五頭くらいに森の中をたっぷり二時間は追い回された。気剣を使おうにも怖すぎて近づけず、そもそも悪いのは私なわけだから斬ること自体も躊躇われて。女になって牽制に魔法を使ったんだけど、全く効かなくて。涙と鼻水たらしながら気力強化で逃げ回って、最後は湖にダイブしたんだった。


「そんなことがあったんですか!?」


 ミリアの驚いたような問いかけに、私は頷く。


「うん。そう言えば前にイネア先生に転移魔法で知らない森に放り込まれたことあったんだよ。あいつを見て思い出した。よく考えたらこの場所以外にあり得ないなって」


 要するに、私はとっくに演習の一部+αに相当する内容を済ませていたということになる。だからイネア先生も楽しんでこいなんて暢気なことを言ったんだなと今更ながらに理解した。






 集団で歩いていると、やがてちょっとした事件が起こった。調子に乗って道を外れた奴が、ハチに生態や大きさがよく似た虫であるカッチミーの巣をうっかり刺激してしまったらしく、大量のそれに追いかけられてこっちに逃げてきたのだ。


 このまま突っ込まれると他の人にも被害が及ぶ。対処しなければ危ない。


 すると、アリスが前へ進み出た。


「火の川よ。かの者を豪流に呑み焼き尽くせ。ボルリアs」

「バカ! こんなところで火を使うな!」


 確かに虫に火は効果的だが、森林火災になる恐れがあるので慌てて制止すると、うっかりしてたことに気付いたらしいアリスが舌を出した。


「あ! てへへ」


 その間にも虫の群れは迫って来ており、周囲は騒然としていた。もはや一刻の猶予もないので代わりに私がやることにした。周りに人がいるから詠唱式でいこう。


「吹き飛ばせ。螺旋の風。ファルアクター・スパイラル」


 これは強風の中級魔法『ファルアクター』に旋転をつけて対象を散らすことを目的にした魔法だ。本来殺傷力はないが、小型の虫ならば散らすときの風圧で効率良く仕留めることが出来る。『ラファル』や『ラファルス』と違って風の刃ではないから、誤って追いかけられてる人や周囲を傷付けることもない。


 狙い通り、カッチミーの群れは吹き飛ばされて全て息絶えた。


 周りから安堵の声と、鮮やかな手際だったからかまばらに拍手が上がる。横で見ていたアリスが嬉しそうに言った。


「おおー! またアレンジ魔法ね!」

「まあね」


 何度もアレンジはやってるから当然みたいにさらっと言ったら、「すましちゃって。このこの~」と彼女に肘でぐりぐりされた。


 そんな私とアリスの様子を眺めながら、ミリアが言った。


「やっぱり人によって魔法の宣言って違いますよね」

「イメージの仕方は人それぞれだからねー」


 とアリスが応じる。宣言とは、魔法名の前に使う魔法のイメージを確定させるために添える言葉のことだ。これによってイメージの齟齬による魔法の失敗が減る。さっき使ったやつなら、『吹き飛ばせ。螺旋の風』がそれに当たる。確かに、言われてみるとこの部分は人によって個性が出るよね。


「ファルスピードは頭の中でなんて言って使ってますか? 私は『神速の風よ。力を』です。なるべく速いイメージが欲しいので」

「そうなんだ。私は『加速しろ』だけど」


 そう言うと、ミリアがやや呆れたように笑った。


「さすが開発者の一人は味気ないですね」

「魔法ってやることと効果だけ最低限言うなり念じるなりすれば十分じゃないの?」


 宣言に対する私の率直な感想だった。それだけあればしっかりとイメージを練ることが出来るから、私にとって長ったらしい文句は無駄にしか思えなかった。


 だが、アリスは納得が行かなさそうに反論してきた。


「でもそれじゃ雰囲気出ないでしょ。あたしは『風よ。あたしにその疾風のごとき速さを授けよ』かな」


 至極当然よみたいな得意顔で言ったのが私にとっては微妙に面白かった。さっきやりかけた魔法といいこれといい。


「アリスが意外と中二病だってことがわかった」

「なによ。そのチュウニビョウって。意味は知らないけど、馬鹿にしてるでしょ?」

「ふふ。ごめんごめん。別に変じゃないよね」

「そうよ。もう」


 この世界にはこの世界の常識があるわけで。それに照らし合わせれば別におかしなものでも何ともないとは思う。でも真顔で言ってるのはやっぱりちょっと厨臭いと思ってしまう。まあ人のこと言えないか。魔法なんてスパッと使えたら少しはカッコつけたくもなる。





 行軍が終わり、野営予定地に到着してテントを張ると、夕食まではしばらく自由時間となった。三人で迷わない程度の範囲で散策することにした。


 辺りは木々の葉が日光を和らげて、穏やかな光が差し込んでいる。至る所に木や植物が根を張っており、足場はごつごつしてたりぬちゃっとしてたりでかなり悪い。時折虫や獣の鳴き声が聞こえてくる。集団行動のときはあまりのんびり出来なかったけど、こうしてゆったり森林浴をすると中々気分は爽快だ。


 そのうち、偶然非常に良い物を見つけた。

 

「すごいな。ゴップルの実じゃないか」

「ゴップルってあの!?」

「果物の王様とか言われてるあれですよね」


 三人で手を繋いで広がればやっと届くかというぐらいの幅がある巨大な木が目の前にある。見上げると、遥か頭上には黄金色の皮を被った丸い果実が十個ほどなっていた。普通は貴族でも上流階級しか食べられないような高級品だ。魔法図書館にあった図鑑によれば、とても甘くてジューシーな味わいらしい。まさかこんなところでお目にかかれるとは思わなかった。


「ちょっと三個だけ取って来るね。夜に食べよう」

「いいね! でも、あそこまで登るのは大変じゃない?」

「落ちたら危ないですよ」

「大丈夫」


 確かにそよ風魔法の『ファルリーフ』では落とせないくらい実はしっかりついてるみたいだし、下手にそれより強い魔法を使って木を少しでも傷付けると、感情を持つと言われるこの木は怒って瞬時に実をまずくしてしまう。だから普通は木によじ登って頑張らないと得られないのだが。


 こんなときのために覚えておいて良かった。


『飛行魔法』


 私は、反重力魔法と風魔法を組み合わせてふわりと浮かび上がった。アリスとミリアが目を丸くして驚いている。


「なによ!? その魔法!?」

「何なんですかそれ!?」


 そっか。そう言えばまだ見せたことないんだった。


「飛行魔法だよ」

「すごいじゃない! 後で教えてよ!」

「私もやってみたいです!」


 一瞬ですっかり目を輝かせる二人。やっぱり自力で空を飛ぶというのは相当に魅力的なようだ。ただ、残念ながらこの魔法、私やアーガスクラスの魔力値を持つ者専用なのだ。


「もちろんやり方は教えてあげるけど、アリスとミリアだと残念ながら魔力値が足りないんじゃないかな。実はこれ、結構燃費が悪いから私並みの魔力があってもあまり多用は出来ない程なんだ」


 すると、二人は露骨にがっかりした。


「なんだー。残念」

「今まで教えてくれなかったから、どうせそんなことだろうと思いましたよ」


 私は宙に浮いたまま苦笑いした。


 大森林まで空を飛んで来ないでアルーンに乗ってきたのは、二人と一緒に行きたいというのが一番大きな理由だが、単純にそこまで飛ぶ程魔力が保たないという理由もごくささやかにあった。やっぱり人間が空を飛ぶというのはかなり無茶があることみたいで、最初から飛べる者の力を借りた方がずっと合理的だと、完成したこいつを使ってみて改めて思った。やはりこの世界の先人は正しかったのだ。魔力の特別高い者だけに許された贅沢であり、通常は欠陥魔法の類いでしかないこのような魔法を後世に書き残す価値はあまりない。


 実戦でもほとんど使っていないんだけど、それもひとえに燃費の悪さのせいである。まあ空を飛べないと困るときもいつか来るかもしれないから、選択肢として用意しておくのはありだとは思う。夢のような効果と夢に過ぎない実用性を併せ持つ、まさにロマンの魔法。私はこの魔法大好き。


 上へ行って果実のところに辿り着き、一つ一つ丁寧にもぎ取る。拳大の実は、宝石のようにきらきらと輝いていた。


 その後も、イネア先生に色んなところに置き去りにされたときに生き延びようとした癖で、ついつい食べ物を見つけてしまう。キノコ類に、花の蜜に、さらには小動物を仕留めたり。今日の夕食は確か兵士用のまずい携帯食を体験するはずだったんだけど、私たち三人の班だけやたら夕食が豪華になりそうだった。


「ユウがいたら明日のサバイバル訓練楽勝じゃん」

「私たちの訓練にならないから、ちょっと何もしないで見ていてもらった方がいいですね」

「そうね。わからないことあったら教えてね」


 こんな調子で、私はすっかりサバイバルの先生扱いになってしまった。ふと口からある言葉が漏れた。


「サバイバルこそ正義さ」

「何それ?」


 怪訝な顔をするアリスに、私は答えた。


「誰かが昔そんなこと言ってたような気がする」


 実際フェバルになってみてわかったけど、サバイバル能力は非常に大事だ。サバイバル教に入信してしまいそうになるくらい重要性を噛み締めていた。と言っても、さすがに食べるものくらいは選びたいが。やっぱりヘビとかハチとか平気でいくのはないんじゃないかな。なんでこれがぱっと浮かんだのかはわからないけど。


 



 夕食が終わる頃には、すっかり日が暮れていた。ちなみに、ゴップルの実は地球で食べたことのあるどんな果物よりもおいしかった。こんな果物が本当にあっていいのかと思ったよ。


「さて。私のささやかな計画に乗りませんか?」

 

 ミリアが、楽しそうに笑った。

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