13「レンクスがいなくなった日」
今日はすごいんだよ。レンクスに遊園地に連れてってもらえることになったんだ! もっと小さいときにお母さんとお父さんに連れてってもらったことがあるけど、それから初めてだから楽しみなんだ。
遊園地の入り口で、俺は退屈だったからレンクスを急かしていた。
「ねえ。いこうよー」
「まあ待てって。順序があるだろ。大人一枚と、子供一枚」
そして、二人で遊園地に入った。中はわいわいしてて、色んなものが見えた。ジェットコースターに、メリーゴーラウンドに、観覧車に、他にもいっぱい。
「うわあ!」
俺はわくわくして、きょろきょろしながら歩き出していた。
「おい。勝手に行ったら迷子になるぞ」
「はやくおいでよ! レンクスー!」
「わかったわかった」
レンクスが近づいて、手を繋いできた。
「こんなに喜んでもらえるなら、金稼ぐのも悪くなかったな」
「なに?」
「いやこっちの話だ」
俺とレンクスはコーヒーカップに乗った。真ん中のやつを回すとくるくる回ってそれだけで楽しい。俺は目いっぱい速く回そうと頑張っていた。
「あはは! それそれ~! ほら、お前も一緒にやろうよ!」
「よっしゃ! 兄ちゃんの本気を見せてやろう!」
レンクスが手を貸してくれたら、カップは誰よりも一番速く回り始めた。速過ぎて、座ってるだけでいっぱいいっぱいになっちゃった。
「うわー! 目が回る~!」
「そら! もっと加速するぞ!」
「きゃはは! いけいけー!」
コーヒーカップが終わった。次は何にしようかな。
「うえっぷ……気持ち悪い。ちょっと本気になり過ぎたな」
「あー面白かった! 次行こう!」
「なあ。少し休んでからじゃダメか」
「だーめ」
「……はあ。よし行こうか」
「うん!」
それから、ジェットコースターに、お化け屋敷に、えっと、ゴーカートに、メリーゴーラウンドに、お昼ご飯も食べて。まあとにかく色々遊んだよ。
気付いたらあっという間に夕方になってた。そろそろ帰る時間だ。でも、最後に一つだけ。
あえて取っておいたんだ。やっぱり最後はあれだよね。
「ねえ。レンクス。あれ乗ろう!」
俺がそれを指さしたら、レンクスは言った。
「そういや気になってたんだが、あれはなんていうんだ?」
見たこともないって顔をしてるレンクスに変なのって思いながらも、俺は説明した。
「観覧車って言うんだよ。ゆっくり回って上から景色を眺められるんだ。知らないの?」
「へえ。観覧車というのか。俺の知ってる遊園地にはなかったな」
「うそだー。観覧車のない遊園地なんかないと思うんだけど」
「そうか。じゃあ、ないくらいボロっちかったのかもな!」
「ダメ遊園地だね」
「まったくだ」
あんまり人が待ってなかったから、すぐに乗れた。
地面を離れて、ゆっくりと浮かび上がっていく。この昇ってってる感じが、空を飛んでるってわけじゃないけど、俺は結構好きなんだ。
外を見た。
あ、俺の通ってる小学校だ! おじさん家は、ここから見えるかなあ。お、あったあった。
一旦満足して外を見るのをやめたとき、レンクスがぽつりと言った。
「なあ。ユウ」
ちょっと様子が変だった。なんか妙に真面目な顔をしてたんだ。
「なに?」
「これから色々あると思うけど、頑張れよ」
「うん。頑張るよ」
俺は、深く考えないで答えた。
いつもの公園で、いつものように俺はレンクスと別れた。
「ありがとう! すっごく楽しかったよ!」
「おう」
「また明日ね!」
「……じゃあな」
そのとき、また気が遠くなって――
私は、今日の彼の様子が少しおかしいと思っていた。だから、きっと呼び出されるだろうと思って既に心の準備をしていた。
彼は、とても名残惜しそうに言った。
「そろそろお別れの時間だ」
やっぱり。レンクスは、もういなくなってしまう。
最後にユウと素敵な思い出を作ってくれた。そういうことなのね。
「いいの? ほんとにちゃんと言わなくて」
「ああ。散々泣きつかれて敵わないだろうからな。その代わり――」
レンクスは、懐から一枚の手紙を取り出した。
「こいつを残しておくことにした。ユナと違って魔法はあまり得意じゃないんだが……」
瞬間、身体が何かで満たされるような不思議な感覚を覚えた。力が沸いてくる感覚。
まさかと思って見ると、彼はいつもの調子の良い顔で頷いた。
「お前は魔力が強いみたいだな。『反逆』で魔力許容性を弄った。ちょっと魔法を使うからな」
「魔法、ねえ」
またとんでもないものをと思っていたら、彼の手から本当に魔法のように手紙がぱっと消えた。
「転送っと。これでお前の部屋に届いたはずだ」
もうあまり驚かなかった。本当に何でもありだな。この人は。
感慨深そうな表情をしながら、彼はしみじみと言った。
「ユウは十分明るくなった。もう俺は必要ないさ。あと少しで、お前もひとまず役目を終えるだろう」
「そっか。今まで色々とありがとね。ちょっとうんざりしたこともあったけど、楽しかった」
数々の執拗な絡みを思い出しながら、私もまたしみじみと言った。
「ああ。楽しかったな」
何を思ったのだろうか。彼は少し遠い目をした。
しばらく無言が流れる。お互いに何を言ったら良いのかわからない。
やがて、彼は意を決したように口を開いた。
「じゃあな。俺はもう次の旅に出ないといけない」
旅か。どうも外国人みたいだし、世界を飛び回っているのかな。
「また会える?」
「ああ。いつか必ずな。なんなら、俺から会いに行ってやるぜ?」
「しつこそう」
「よくわかったな」
彼は苦笑いした。それから、別れ際とは思えないような清々しい顔で言った。
「だからさよならは言わない。また会おうだ」
そんな彼を見て、自然と私もすっきり言えた。
「うん。また会おうね」
「おう」
不思議と寂しい気持ちはそこまで沸いてこなかった。とっくに覚悟が出来ていたからだと思う。
レンクスは私に背を向けると、何も言わずに公園を出て行く。彼はもう振り返らなかった。
私はその後ろ姿を静かに見送った。やがて、それは小さくなっていって。
そのとき、不思議なことが起こった。きっと見間違いじゃないと思う。
突然、彼の姿が消えたの。
まるで、最初から幻か何かだったかのように、後には何も残らなかった。
私は、唐突に理解した。
夜に時々お母さんから聞かされていた旅の物語の、本当の主人公。不思議な世界の救世主。彼は役目を終えると、消えるようにいなくなって次の旅へ向かうという。
ずっとおとぎ話だと思っていた。
レンクス。本当に不思議な人。ありがとう。
あなたはこの世界は救わなかったけど、代わりに私たちを救ってくれた。
また会おうね。きっとだよ。
楽しい気分で帰ったら、俺の部屋に手紙があった。
読んだら、いてもたってもいられなくて。怒られることも考えないで、夜の公園に走った。
「レンクス! 出てきてよ! いるんでしょ!?」
何も起こらない。
「また遊ぼうよ!」
今だったら『女の子だったら良かったのにな』って言っても怒んないからさ。お兄ちゃんって呼んであげてもいいよ。だから。
「ねえ。ほら、いつもみたいにさ。よう、って出てきてよ……」
それでも、何も起こらない。
「お願いだよ……」
あんまり何もないから、俺は段々腹が立ってきた。
「レンクスのばか! さよならくらい言ってくれたっていいじゃないか!」
頭ではわかってた。俺はきっとさよならなんて絶対に許さないんだって。だから、レンクスはわざと言わなかったんだって。でも、それでも俺は納得出来なかった。
「どうしてだよ! どうして、みんな勝手にいなくなっちゃうんだよ! どうして!」
俺の大好きな人は、みんな何も言わないでいなくなってしまう。お母さんも、お父さんも、そしてレンクスも。
俺は叫んだ。ありったけの怒りと、悲しみを込めて。
「ばか! レンクスのばか! レンクスのばかあああああああああ!」
ふと、観覧車に乗ってたときの、レンクスの真剣な顔が浮かんだ。
『これから色々あると思うけど、頑張れよ』
――ああ。そうだったんだ。わかった。わかっちゃった。わかりたくなかった。
「ばか……っ! ばか……ぐすっ……」
もういないんだ。ほんとに、もういないんだ。
兄ちゃんとのたくさんの思い出が溢れてきて。胸がいっぱいになって。
「うわあああああああーーーー!」
誰もいなくなった公園で、俺は思いっきり泣いた。