12「ヒカリとミライ」
最近は毎日が楽しいんだ。おじさんもおばさんもあまり何もしてこない。ケンとも仲良くなった。レンクスは色んなことしてくれるし。ほんとに夢みたい。レンクスにも明るくなってきたなって言われるようになったんだ。自分でもそうかなって気がしてる。
でも、まだクラスのみんなに話しかけるのは怖くて出来てなかった。みんなにからかわれてるし、どうしても勇気が持てなくて。
「今日からみんなのお友達になる転校生がいます。しかも、なんと二人ですよ~」
朝の会で先生がそう言った。教室がざわざわする。
転校生か。どんな人たちかな。
ドアが開いて入ってきたのは、男子と女子が一人ずつ。男子の方はちょっと目つきが悪くて堂々としてる感じで、女子の方は可愛らしくてはつらつとした感じだった。
「それでは自己紹介をしてもらえますか。どちらからやりますか?」
「じゃあわたしから」
軽く手を上げた少女は、一歩前に出て自己紹介を始めた。
「わたしの名前は新藤 ヒカリです。○○小学校から転校してきました。一日でも早くこの学校での生活に慣れて、皆さんと仲良くなれたらいいなと思います。よろしくお願いします」
教室のあちこちから拍手が上がる。俺も周りに合わせて手を叩いた。
次は男子の方だった。でも、こいつの自己紹介がとんでもなかった。
「僕は今石 ミライだ。以上」
ほんとにこれだけで終わっちゃったんだ。みんなもどうしたらいいのかわかんなくて、固まってた。
「あのー今石君。もう少しちゃんと――」
「お、良い席があるな」
「あ、ちょっと今石君!」
先生が止めるのも聞かないで、ミライはみんなが座る机と机の間をずんずん進んで、一番後ろの列の空いている席にさっさと座っちゃった。
あまりのことに、みんなシーンとしてしまった。
「はあ……またやらかしたよ」
ヒカリが呆れたみたいに溜息を吐きながらそう言ってるのが聞こえた。もしかして、二人は知り合いなのかな。
先生もしょうがなさそうに諦めて、辺りを見回した。
「星海君」
「は、はい」
急に名前を呼ばれてちょっとびっくりした。
「横が空いてるから、新藤さんの席はそこでいいですか?」
「はい。大丈夫です」
口ではそう言ったけど、内心すごくどきどきしていた。まさか隣に来るなんて。
そんな俺のひやひやした気持ちなんて何も知らない少女は、すたすたとこっちに歩いてきてすぐ横に座った。そして、俺の方を向いて声をかけてきた。
「君が星海君?」
やっぱり話しかけられた!
ど、どうしよう。このまま黙ってるわけにもいかないよ。
――そうだ。転校生だったら。まだクラスで俺が邪魔者にされてることを知らないんだから、普通に話せるんじゃないか。
でも、休み時間が来たらもう無理だ。みんなに囲まれて、もう絶対に話せなくなる。今だ。今しかないんだ。
『頑張って!』
なんとなくそんな声が聞こえたような気がした。そうだよ。頑張れ。勇気を出すんだ!
「あ、あ、あの」
「なに?」
「お、俺、ユウっていうんだ。星海 ユウ。よよ、よろしくね」
うう……全然ダメだ……きょどってちっとも上手く言えなかった……
終わったって思ったとき、がっかりする俺を見てヒカリは声を抑えながら笑い出した。
「あはは! 君、面白い子だね!」
「え?」
思ってもいなかったことを言われて、俺はぽかんとしてしまった。そんな俺を見て、ヒカリはもっと面白がった。
でも、そんなに嫌な感じはなかった。馬鹿にしてるわけじゃなくて、ほんとに面白がってるだけみたいだったから。
あんまり思いっ切り笑われたもんだから、緊張してたのもすっかり解けてしまった。
「よろしく」
「あ、うん」
だけど、このまま何も問題なく終わるかと思ったら、そんなことはなかった。
「そいつに話しかけると呪われるぞー」
「星海菌が移るぞー」
横の男子たちが小声で悪口を囁いてきた。
「そうよ。こいついっつも一人ぼっちなの」
「プールだってずっと見学で。気味悪いんだよ」
女子まで一緒になって言ってくる。
ヒカリはそれを聞いて嫌な顔をした。
ああ。伝わっちゃった。もうダメだ。この人にも嫌われちゃうんだ。
そう思って悲しくなったとき、ヒカリが言った。
「バカじゃないの。下らない」
――――え?
「わたしそういうの嫌いだから」
そしてきょとんとする俺に、優しくこう言ってくれたんだ。
「ユウ。あんなの気にしちゃダメだよ」
「う、うん。ありがとう」
俺は嬉しくて泣きそうになった。
それから、ヒカリは休み時間になっても昼休みになっても俺のことを気にしてくれたのか、わざわざ少し時間を作って話しかけてくれた。俺は学校で話し相手が出来たことが嬉しくて、夢中になって色んなことを話した。どんなことを話したかは全然覚えてないけど、ヒカリは割と面白がって聞いてくれた。
放課後になっても話していると、もう一人の転校生ミライがやって来た。ミライはちょっと不機嫌そうに俺に声をかけてきた。
「おいお前」
「な、なに?」
怖い顔してるから、ちょっとびびった。
「随分ヒカリと仲良くなったじゃないか。いつまでもべたべたしてよ。こいつのこと好きなのか?」
まだ隣の席に座っていたヒカリを指さしながら、ミライは嫌味ったらしく言った。
「そ、そんなんじゃないよ!」
慌てて否定する。全然そんな気持ちはないし、普通に話せるのが嬉しくて、つい長く話しちゃっただけだよ。
ヒカリはというと、言われたことはちっとも気にしてないみたいだった。黙って楽しそうに俺たちのことを見ていた。
「ふん。お前、名前は?」
「ユウだよ。星海 ユウ」
妙にケンカ腰に聞いてきたから、俺もぶっきらぼうに答えた。
「ユウか。ははは! 女みたいな名前に、女みたいな奴だな!」
俺はカチンときた。
「なんだって! お前だって見た目はそうじゃないけど、ミライって女みたいな名前じゃないか!」
そう言い返してやったら、ミライもキレた。
「なんだと! 馬鹿にしやがって! やるか!」
「先に馬鹿にしてきたのはそっちだろ! いいよ! やってやる!」
いつもはケンカなんてする気にならないんだけど、こいつの人を舐め切ったような感じがどうしても気に入らなかった俺は、自分が弱いことも忘れて勢いでケンカを買っちゃったんだ。
言った後にちょっと後悔したけど、もう引くに引けない。俺は席を立って、ミライと一緒に教室の後ろの机のない方に向かった。
相変わらずヒカリは面白がって俺たちのことを眺めていた。どうも止める気はないみたいだ。
俺とミライが向き合って、ケンカは始まった。まずお互いの顔をグーで殴った。
「こいつ!」
「やったな!」
殴っては殴られ、やられてはやり返すって感じだった。二人ともパンチがそんなに強くないから、痛いけど決着がつかない。
段々近づいていって、取っ組み合いになった。俺とミライの力はほとんど互角で、組み合ったままその場で動けなかった。
「おらあっ!」
「うわっ!」
一瞬の隙をつかれて、ミライに横に引っ張られた。そのまま上手く仰向けに押し倒されて、上に乗っかられてしまった。
「くっくっく。僕の勝ちだ」
「く、くそっ!」
じたばたするけど、思い切り体重がかかっていてミライをどけることが出来ない。とうとう腕も抑えられた俺は、さすがに負けたと思った。でも悔しいから、意地でもまいったなんて言ってやらない。言わないぞ。
かなり動いたから、俺もミライも息がはあはあ言ってた。
ミライは勝ち誇った顔をして、上から俺の顔をじっと覗き込んできた。目と目がかち合って離れない。
「なんだよ。そんなにじーっと俺のこと見てさ」
睨み返したら、ミライは面白そうに笑って言った。
「いいねえ。その反抗的な目。気に入った――決めたぞ。お前は今から僕のおもちゃだ」
おもちゃだって!? なんで俺がそんなものにならなきゃいけないんだよ!
「はあ!? ふざけんな!」
押さえつけられてて動けないけど、そんなの関係なかった。とにかくむかついた。
またじたばたし始めたところで、横から声が飛んできた。
「相変わらず言い方が悪い。ウィル」
声がした方を見ると、ヒカリが腕を組んで立っていた。
ミライは俺の上から退いて立ち上がった。そして、ヒカリの方を見て不満そうに言った。
「僕のやり方にケチをつけるなよ」
遅れて俺も立ち上がる。ミライに文句を言ってやろうとしたら、その前にヒカリが手をすっと出して止めてきた。
「大丈夫だよユウ。こいつのおもちゃ発言は遠回しに友達になってくれってことだから心配しなくていい」
「おい。余計なことを言ってくれるなよ」
「そうなの?」
「ふん」
ミライに目を向けたら、彼はばつが悪そうに顔を背けたけど、否定はしなかった。
なんだ。そうだったのか。変なこと言わないでよ。まったく。
俺の怒りはすぐに収まった。落ち着いてみると、ヒカリが聞いたことのない人の名前を呼んでいたことに気が付いた。
「ねえヒカリ。ウィルって誰のこと?」
ヒカリは、すっとミライのことを指さした。
「こいつのこと。今石ミライだから、今意志未来でウィル」
え? なんでそれでウィルなの? さっぱりだよ。
「よくわかんないんだけど」
そしたら、ミライがやれやれといった感じで教えてくれた。
「英語だよ。こいつは、帰国子女というやつでね。まあアメリカかぶれで調子に乗ってるだけだから気にするな」
「なによ。そんな言い方することないじゃない」
「事実だろう?」
言い合ってる二人は、口ぶりとは違ってどこか楽しそうだった。ヒカリとミライはすごく仲が良いんだなって思った。
「へえ。ウィルか。なんかいい感じだね」
「そうか?」
首を傾げるミライ改めウィルに、俺は素直な気持ちを言った。
「うん。外人さんみたいでカッコいいな」
すると、ウィルは呆れたみたいに肩を竦めた。
「僕にはお前のセンスが理解出来ないな」
俺は、右手を差し出して言った。
「友達になってくれるんでしょ? よろしくね、ウィル」
「お前までそっちで呼ぶなよ」
ウィルに鋭く睨まれた。その目から、どうしてだろう。まるで吸い込まれそうな何かを感じて、思わず一瞬びくっとしてしまう。
「まあまあ。別にいいじゃん」
ヒカリが宥めると、ウィルは舌打ちして睨むのをやめてくれた。
「ちっ。まあいい」
ウィルは少し機嫌悪そうに、それでも差し出した俺の手を握り返してくれた。
「やった! また友達が出来た!」
「そんなに喜ばれると調子狂うぜ」
「いいな。わたしともやろうよ。それで友達。いいでしょ?」
「うん!」
言われて、ヒカリとも握手を交わした。
友達が二人も出来た。