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フェバル保管庫  作者: レスト
金髪の兄ちゃんともう一人の「私」(旧)
48/144

8「早過ぎた力」

 俺は引き千切った縄を掴むと、三人に向かって投げつけた。己が犯した罪を突きつけるように。


「おじさん。こんなことして良いと思ってるのかな。大人なら知ってるよね? こういうの、虐待って言うんだよ」


 図星を突かれたこいつらは、みるみるうちに顔が赤くなった。見ていて面白いくらいだった。


「ガキのくせに生意気な口きくんじゃねえ!」


 激昂したおじさんが、拳を作って迫りかかってくる。


 言うに事欠いて暴力に訴えるか。まあそういう人だよね。


 ――それにしても遅い。なんだこのハエが止まりそうなパンチは。俺は今までこんなものに苦しめられていたのか。


 迫る拳を顔面すれすれでかわすと、そのまま懐に滑り込み、伸びた腕を掴んで投げ飛ばした。


 おじさんはくるりと回転して、背中から床に叩き付けられた。何が起こったのかわからないといったまぬけな顔をしている。


 これはお母さんの投げ技だ。力はほとんどいらない。


 立ち上がったおじさんは、既に先程までの威勢を失っていた。ようやくいつもの俺でないことを察したのだろう。とにかく、これでむやみに殴りかかってくることはあるまい。


「いきなり暴力は良くないと思うな。まずは話し合いをしようよ」

「話し合いですって?」


 驚くおばさんに、俺はわざと口角を上げて言った。


「そうさ。お前らの罪深さを教えてやるって言ってんだよ」

「生意気な口を! この家に住まわせてやってる恩を忘れたのか!?」


 焦ったように憤慨するおじさんが滑稽で仕方がなかった。本人もわかっててやってるのだから、面の皮の厚さはアカデミー賞ものだ。


「何が恩だ。笑わせるなよ。俺の養育費を口実に、両親の遺産を掠め取ってる泥棒のくせにさ」


 言われたおじさんとおばさんの口が、あんぐりと開いて塞がらなかった。


 そうだ。そのアホみたいな顔が見たかったんだよ。


「どうして……なぜ、それを知ってるんだい!?」

「いつだかの夜中に得意そうにべらべらと喋ってたじゃないか」

「馬鹿な! それは、あんたが確か六歳のときじゃないか! わかりっこないはずだよ!」

「それがわかるんだよ。俺にはね」


 望むなら、全ての記憶にアクセス出来る。まったく素晴らしい力だ。


「まあいいさ。きちんと世話してくれるなら、その金はあげてもいい」


 それを聞いて、ほっと胸を撫で下ろすおじさんとおばさん。こいつらは金が無事ならそれでいいのか。


 軽蔑しながらも、続ける。


「莫大な金という対価をもらってる以上、あんたらには代わりに俺をきちんと育てる義務があるはずだ。そうでしょう?」

「あ、ああ。そうだな」

「ええ。そうね」


 歯切れが悪そうに答える二人。そりゃそうだ。なぜなら――


 俺は湧き上がる怒りを込めて叫んだ。


「なのに! あんたらはその義務をちっとも果たさなかった! それどころか、この扱いだ!」


 俺はシャツをめくり上げて、身体中に残った痛々しい傷跡を晒した。こいつのおかげで、体育のときに人前で着替えることも出来やしない。


「見なよ。この痣と、傷と、火傷の跡を! どうしてこんなことをするの? あんたらは、一切心が痛まなかったの!?」


 二人は、ばつが悪そうに顔をしかめて押し黙った。当然だ。返す言葉がないのだから。ケンは、おどおどしながら俺たちの様子を見守っていた。


「俺がどんなに泣いても喚いても謝っても、おじさんもおばさんも決して止めてはくれなかった。むしろ楽しんでたよね。はっきり言ってやるよ。あんたたちは、最低だ」


 二人に、びきびきと青筋が走った。子供にここまで言いくるめられているという事実に対して苛立っているのが、容易に見て取れた。この期に及んでも反省の色が全く見られないことに、心底呆れるよ。


 俺は溜息を吐くと、冷たい口調で言った。


「さて、何か言うことはありませんか?」


 もちろん求めているものは一つだが、二人はあくまで黙っているつもりのようだった。仕方がないから、俺はとっておきのカードを切った。

 

「ねえ。黙ってていいの? 虐待の事実を世間に公表してあげようか? いくらでも方法はあるんだよ? そしたら、あんたたちの社会的信用はどうなるだろうね」

「……すまなかった」

「……ごめんなさい」


 本心ではないにしろ、ようやく望んでいた言葉が聞けて少しだけ溜飲が下がる。けれど、たった一言の謝罪で許すには、俺の傷はあまりにも深すぎた。

 

「やっと謝ってくれたね。でも、俺はお前たちを絶対に許さないよ」

「この! 人が下手に出れば調子に乗りや――」

「黙れ」


 視線だけで射殺せそうな殺気を放ったら、おじさんはびびって言葉を詰まらせた。


 小物も小物だ。所詮、弱い者をいじめて愉悦に浸る奴なんてこの程度なんだろう。どうしてこんな奴を怖がっていたのか。本当に馬鹿馬鹿しくなってくるよ。


「いいか。周りにばらされたくなかったら、今すぐ扱いを改善しろ。せめて人並みにして」


 すると、すっかり竦み上がったこいつらは何も言わなかった。だから、語気を強めて促した。


「返事は?」

「わ、わかったよ!」


 いつも人を食ったような顔をしてるおばさんもこの通りだった。もう少し仕返ししようと思って、俺は嘲笑しながら言った。


「そうだ。心配しなくても、別に今まで通り家事くらいはやってあげるよ。おばさん、ずっと家にいるくせに一人じゃ家事もまともに出来ないもんね」


 そう言ったら、おばさんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。


 おじさんもおばさんも、もはや形無しだった。


 とりあえず二人に言いたいことは言って満足した俺は、横できょろきょろしている奴に標的を変えた。


「ケン」

「は、はひ!」


 思わず噴き出してしまいそうになった。いつもは威張り散らしてるこいつが「は、はひ!」だって。


 親の情けない姿が余程応えたのだろう。


 俺は外から見れば穏やかな笑みを浮かべながら、こいつにゆっくりと近づいていった。


「いつも俺のこと、こき使って楽しかった?」

「うわ! ち、近寄るな!」


 素が出たこいつは、やはりすぐに手が出た。この辺は親譲りだな。


 もちろん、おじさんのと比べてもさらに遥かに劣る拳だった。こんなのよけるまでもない。足を蹴り上げてケンの拳にぶつけてやった。それだけで、こいつは簡単にひるんだ。


 俺は近寄ると、お返しに狙い澄ましたリバーブローを放った。


「うごっ……!」


 のたうち回ることも出来ないくらい動けずに苦しむケンに近寄って、耳元で囁くようにして説教してあげた。


「こうやってね。殴られると痛いんだよ。苦しいんだよ。わかったでしょ? 君はもっと人の痛みを知った方が良いと思うね」


 コクコクと頷くケン。


 へえ。子供な分だけ親より余程素直じゃないか。


 でも、まだ許さない。こいつには余罪があるのだ。


「あとさ。何か言うことがあるんじゃないの?」

「な、なんのことでしょう?」


 また急に丁寧語になったケンに内心苦笑いしながら、俺は告げた。


「今日のこととかね。君のお母さんにちゃんと謝ったら?」

「いや、そそそそれは……」


 きょどりまくるケンに、思い切りドスを利かせた声で言った。


「ほら言えよ。今日俺の部屋を散らかしたのは誰だ? 俺にエアガンの弾と水風船をしこたまぶつけたのは誰だ? 部屋を片付けるべきだったのは誰なんだ?」


 ケンは半泣きになって汗をだらだら流しながら白状した。


「ひ、ひいっ! ごめんなさい! 俺です! 俺が全部やりましたぁ~~!」


 俺はその返答に満足して、おばさんの方に振り向くと言った。


「聞いた? おばさん。悪いのはケンだよ。俺は何もやってない」


 だが、俺にとっては大事なことだったんだけど、おばさんにとってはもはやどうでも良いことのようだった。俺とケンのやり取りを見てますます青ざめた彼女は、身体を震わせながら言った。


「急に知恵が付いたみたいに! 一体、なんなんだい!? 気味が悪いよ! この化け物め!」


 化け物。そんなこと言われたの初めてだよ。だが、心外だな。


「化け物? どっちが。お前らこそ人の皮をかぶった化け物みたいなもんじゃないか。なあ?」


 俺は、同意を求めるようにケンの方をちらりと見た。ケンはそれがあまりに怖かったようで、母親の膝に縋って我を忘れて大泣きし始めた。

 

「うええええええええええええん!」


 俺は情けなく泣きじゃくるケンを見下しながら、言ってやった。


「言われた言葉をそっくりそのまま返してやるよ。弱虫め」


 まあ、こいつへの仕返しはこのくらいでいいだろう。こいつはまだ小さいし、無邪気な部分もあった。両親とは違って改心の余地はあるから、許してやっても良いと思う。






 そのとき、いきなり後頭部に大きな衝撃が走った。頭がぐらりと揺れて、その場にぐしゃりと倒れ込む。


 くらくらする頭でどうにか見上げると、側にあった置き物で背後から俺を殴ったおじさんの姿が映った。


 おじさんは興奮で息を切らせながら言った。


「へっ! ざまあみろ! 調子に乗るからだ! このクソガキめ!」


 そして、脳が揺れて俺が立ち上がれないのをいいことに、得意になって何度も何度も蹴り付けてくる。


「ほら! お前も手伝え!」

「ああ! ちょっと離れてな! ケン!」


 息子を脇にやったおばさんも加わって、リンチ状態になる。


「死ね! 死ね!」

「くたばれ! 化け物め!」


 ボールのように蹴られながら、死ぬほど心が痛かった。だって、全く躊躇など感じられなかったから。


 こいつらは、俺のことを殺す気なんだ。少なくとも、うっかり死んでしまっても構わないと思っている。そのことが、たまらなく悲しかった。


 俺は身を固くして待ちながら、じっと脳の回復を待った。守ることに集中すれば、蹴りは致命傷にはならない。そして動けるようになった頃を見計らって、蹴ってきたおじさんの足にまとわりつくようにしてよろよろと立ち上がった。そこからすかさず金的を蹴り、痛がるおじさんから距離を取る。


 ギロリと睨みつけてやったら、二人の動きは銅像のように止まった。


 俺は、一息つくと自分の頼りない身体を見下ろした。


 全身血だらけだった。温かい血が流れてる。


 俺は顔を上げると、再び前方のおじさんとおばさんを睨んだ。


 対して、こいつらはなんだ。こいつらには、まともな血が通っちゃいない。


 ――決して許しはしないけど、扱いを改善させるだけで勘弁してやるつもりだったのに。


 やっとのことで残していた最後の良心のタガが、とうとう外れてしまったような気がした。


 記憶の世界に一つ残さず溜まっていた数々の虐待の記憶。力を手に入れたとき、それらも一緒に解放されてしまったみたいだった。


「私」が力を使うなって言ってた理由がやっとわかったよ。今の俺には、もう耐えられそうにない。誰も彼もが憎くて、さっきからずっと気がおかしくなりそうなんだ。


 こいつらに刻み込まれた残虐性と暴力性が、一気に俺を包み込んで支配しようとしてくる。もはや逆らうことは出来なかった。


 もういいや。この気持ちに身を委ねよう。


 そのとき、「私」の声が聞こえて来た。


『ダメだよ! 元に戻れなくなっちゃうよ!』


 そうか。今は能力使ってるから通じることがあり得るんだね。


 ねえ。もう一人の「私」。俺のこと、止めてくれてありがとう。いつもは忘れちゃってるけど、ずっとそばにいてくれてありがとう。


『そんな。お別れみたいなこと、言わないでよ』


 もう、疲れたんだ。


『ユウ……』


 もし俺がダメになっちゃったら、そのときはこの身体は君にあげるよ。


『そんなこと言わないでよ。あなたがいないと私がいる意味がない。私は、あなたを支えるためにいるんだよ?』


 そっか。じゃあ、ごめんだ。言うこと聞かない子で、ごめんね。


『ユウ! ユウ! 返事をして! お願い!』


 ――――行こう。


 こんな奴らに遠慮する必要はないさ! なあ、そうだろう!?


「あははははははははははははは! またそうやって暴力か! お前ら、それしか能がないのか?」

「ひいっ!」

「あああっ!」


 くっくっく。そんなにびびるなら、最初から手なんか出さなければ良かったのにね。


「もういいよ。お前らがそういうつもりなら、俺にも考えがある」


 憎しみの感情が後押しする。やってしまえと後押しする。


 ふと横を見ると、ケンは既にショックからか気を失っていた。良かった。こんなもの、見ない方が幸せだ。


『まさか……! それだけはやめて!』


 レンクス。食らった技を借りるよ。


『反逆』


 重力に逆らって、奴らを天井へ叩きつけろ。


 おじさんとおばさんの身体が、瞬く間に宙へ浮き始める。


「うわあああああ!」

「きゃあああああ!」


 そのまま天井に激突させた。二人の断末魔のような声が部屋に響き渡る。


 その瞬間、能力を切って床へと落とす。落ちたら、また『反逆』を使って引き上げる。


 そうやって、床へと天井へと、交互に叩きつけていった。


 奴らの叫び声を聞きながら、俺は虚しい復讐心が満たされていくのを感じた。


「ははは! これは報いだ! お前らがこの憎しみを育てた! 自分で自分の首を絞めたんだよ!」


 不思議と涙が流れてくる。楽しいはずなのに。


 ここまですることはないんじゃないのか? ここまでやり返したら、おじさんたちと一緒じゃないのか?


 そんな疑念が頭を過ぎる。でも、もう手を止められない。止まらない。


『もうやめて! 私は知ってる。あなたは優しい人だよ。だから、こんなに心が苦しいんだよ』


 ダメだ! 憎しみが止まらないんだ! 全部壊してしまえって頭の中にガンガン響いて来るんだよ!


『反逆』なんて強い能力を何度も使うのは、さすがに無理があったみたいだ。


 まもなく、俺は限界を超えた。


 堰を切ったように、膨大な情報が一気に頭の中に流れ込んでくる。


 頭が、割れる!


「うわあああああああああああああああああああーーーーーーー!」







 ユウ! しっかりして!


 周りを見渡すと、心の世界が見たこともないくらいに荒れ狂っていた。普段は真っ暗なはずの世界に、天の川のような光を伴った流れが生まれている。それも、恐ろしい激流だった。


 力が、暴走してる。やっぱり扱い切れなかったんだ。


 止めないと! ユウが苦しんでる!


 私は必死に流れを止めようとした。だけど、私はあまりにも無力だった。


 膨大な心の世界の中で、そのたかが一要素に過ぎない私の力では、せいぜい小さな流れをせき止めるので精一杯だったのだ。


 ダメだ。押さえ切れない!


 やがてどこもかしこも激流に呑まれて、私はただ立ち尽くすしかなかった。


 もう祈ることしかできなかった。


 お願い! 誰か! 誰か流れを止めて!


 このままじゃ、ユウが本当に壊れてしまう!






 絶望したそのときだった。


 ユウの目を通して、部屋の窓ガラスが派手に割れるのが見えた。


 ――勢い良く飛び込んで来たのは、見慣れた金髪だった。


 彼がやって来たとき、奇跡は起こった。


 あれだけ激しくうねっていた流れが、次第に落ち着きを見せ始めた。


 気付けば、元の真っ暗な空間に戻っていた。


 止まった……?


 すると、ユウが気を失って、代わりに私が表に出て来た。


 彼は私を認めると、穏やかな笑顔を見せた。


「ふう。やれやれ。危なかった。間一髪のところで間に合ったな」


 彼を、こんなに頼もしいと思ったことはなかった。


「レンクス……」

「よう。遅れてすまなかった。助けにきたぜ」

「ユウは……助かったの……?」


 彼は、不安な私を安心させるように、にやりと笑って頷いた。


「ああ。ギリギリだったけどな。とりあえず記憶とのリンクを断って中で眠らせておいたから、確かめてみろ」


 言われて心の世界を覗くと、何も知らないユウが安らかな顔で眠っていた。


 ユウが、助かった。


 レンクスが、助けてくれた。


「ぐすっ……よかった。ほんとに、よかったよぉ……」


 安心から泣き崩れてしまった私に、彼はぽんと頭に手を置いて優しく撫でて来た。


 こういうときだけ、ちっともいやらしさはなかった。


「お前たちのことはなるべく俺が守ってやるよ――ユナとの約束だからな」

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