4「レンクスとユナ(レンクス視点)」
こいつは、ユウの姿こそしてるが中身は間違いなくユナだ。まったく。本当に奇妙な再会だぜ。何とも不思議な気分にさせられる。
「久々に積もる話もしたいところだけど、そんなに時間ないな。ユウが戻りたがってる」
「『反逆』で無理矢理呼び出してるからな」
「いつも思うんだけど、あんたの能力って強過ぎ。ほんとチートだよね」
冗談っぽい口調で少し目を細めた彼女に対し、俺もまた同じようなノリで返した。
「うっせえ。代わりに宇宙中旅しなけりゃならないんだぞ」
「それは同情するわ。私なんて少し異世界行っただけでもうお腹一杯だし。次来てくれっても勘弁」
ひらひらと手を振る彼女に、俺はやや呆れ気味に突っ込んだ。
「何がお腹一杯だ。もし次行くことになったら楽しむ気満々だったくせに」
俺の指摘を受けて、彼女はとぼけたように笑った。
「あら、ばれた? いや~、ストレス発散に丁度良かったんだよね。あれ。ちょっとした旅行気分っていうか? 日本での生活はストレス溜まる溜まる」
「で、また魔力銃片手に暴れ回るつもりだったわけだろ?」
「いやいや。私は基本的に平和主義者だから。それに一児の母になったしさすがに少しは落ち着いたから」
どこが平和主義者だ。俺も力を合わせたが、何よりお前の行動力で世界を掻き回し、三つもひっくり返してみせたじゃないか。対ザンビー帝国のレジスタンス活動。エストケージ攻略。そして、『逆転』のワルターとの死闘。どれもこれも、お前がいなければどうにもならなかった。
「だが、気に入らない奴がいたら?」
「もちろん風穴開けるに決まってるじゃん」
不敵な笑みを浮かべながら右手でピストルの形を作ってバン! とやった彼女に、相変わらずだなと思う。
「はは。久々に聞いたな。それ」
懐かしさに顔をほころばせると、彼女はからかうように言った。
「ノスタルジーはおっさん臭いぞ~。見た目はガキなんだからもう少し若々しくしろって」
おっさん臭いのも仕方ないだろ。もう何歳だか自分でも覚えてないくらいだしな。
「見た目小さな女の子のお前が説教するってのも違和感ありありだぜ」
「私はいいんだよ。この先も生きてくあんたと違って、もう死人だからな」
からからと笑う彼女に、暗さは全く感じなかった。自分が死んだことすらこんなに明るく言ってしまえるのも、彼女の心の強さやポジティブな性格によるものだろう。強くて優しくて明るくて。そんな彼女が俺には眩しかった。旅先で出会ったどんな人よりも、心惹かれる存在だった。
笑う彼女の姿を見ていると、きっと本物のユナも天国で楽しくやってんだろうなと思えてきて、悲しむのすら馬鹿馬鹿しくなってくるぜ。
「向こうじゃ色々大変だったが、楽しかったな」
「そうだな。悪くない日々だった」
俺たちの間に心地良い静寂が流れた。言葉はなくとも、思い浮かべている情景はおそらく似たようなものだろう。
やがて、俺は静寂を破って言った。
「それにしても、フェバルでもない魔力が高いだけのただの人間なのによくやってたよな。俺たちが目を見張るぐらいの活躍してさ。『逆転』持ちのワルターを知恵と機転だけでぶっ倒したときは驚いたぜ」
「あんたら、ちょっと力あるからって余裕ぶっこく奴多過ぎ。だから簡単に足元掬われるのよ」
彼女の言葉に、その通りだなと自分でも思う。
「そうだな。ワルターは己の能力にかまけ過ぎたから負けた。あいつ悪さばかりして気に入らなかったから、死んで世界追放されたときはマジで胸がスカッとしたぜ。まさか、フェバルが人間に負けるなんてな」
「別に私はあんたをすっきりさせるために戦ったんじゃないっつーの。それに、持たざる者だからこそ。弱いからこそ。地に足立って力を合わせて懸命になれるってのはあるんじゃない?」
それは、あくまで普通の人間側に立って戦ってきたユナの実感を伴った台詞だった。彼女は、いつも向かった先の世界の人間を味方につけて歩いてきたのだ。俺たちが忘れてしまった絆の力を、彼女はしっかりと大切にしていた。
「違いない。力を持つ俺たちには耳の痛い言葉だ」
俺たちフェバルは、極端な個人主義に染まってしまう者が多い。仲間に滅多に会えないこと、定住する地がないことによって、次第に心の拠り所を自分だけに求めてしまうようになるからだ。
だが、それではいけないと俺は思っている。自分一人だけの世界に閉じこもっていては、長く孤独な旅に心が保つはずもないのだ。俺たちは、同じ運命を背負う仲間としてより強い絆を持つべきだ。その信念に従って、俺は自らの能力で星脈に「逆らい」、フェバル同士を繋ぐ役割を担っている。俺の生きがいとすることでもあった。
そんな俺だから、やはりフェバルとなることがわかったユウのことが非常に気にかかるわけで。
異世界をまたにかけて活躍したユナの子供が、世界を渡る者になるとはな。ほんとに、なんつう運命の巡り合わせだよ。
「ところで、ユウのことだが」
「中で聞いたよ。私がこうして存在出来るから不思議に思っていたけど、そうか……フェバルだったのか」
「ああ。そうみたいだ」
彼女はフェバルではないが、その過酷な運命を知る者だった。だからこそ彼女の表情は険しいものになった。当然だろう。いつか自分の子供が、俺のように終わらない旅に出なければならないというのだから。
「私が異世界トリップしてしまったのが原因か? そのせいで、この子に資質が……」
ユナは、自らのユウの身体の胸に手を当てて、いつになく思い詰めた顔をしていた。外見だけは子供だが、それは俺が知らなかった、子を案ずる母親の顔だった。
違うと否定しても、彼女のことだから信じずに余計に自分を責めるだろう。俺は正直に思うところを言った。
「もしかしたらそうかもしれないが、そもそもフェバルの絶対数が少ないからな。因果関係はわからない」
「そうか」
それでもやはり思い詰めた様子の彼女を見かねた俺は、少し強引に話題を変えた。
「しかし驚いたぜ。親の愛というかな。そんなになってまで子供のことを見守ってるんだろ。普段はもうほとんど自我なんて残っちゃいないだろうに」
俺には、なんとなくユナがユウの中に残っていたことへの理由の予想がついていた。こいつは普段サバサバして男勝りなくせに、昔から子供が大好きな奴だった。特に自分の愛する子供となればなおさらだろう。
彼女は浮かない顔から一転してふっと微笑んだ。肯定と見ても良いだろう。
「ユウは、芯の強いところはあるけどまだまだ弱い子だからな。ほっとけないんだよ。せめてもう少し大きくなるまでは。それに、心配もある」
今度は怒りを滲ませた彼女に、俺は尋ねた。
「なんだ。心配って」
「あんたにしたら大したことないことかもしれないけどね。姉貴の家で、ユウがいじめられてんの」
「虐待か」
彼女は頷くと、シャツをめくって大きな青痣を見せた。他にもいくつも怪我の跡が残っており、見ているだけで痛々しかった。
「あいつら、私がちょっと会社の横領指摘したからって逆恨みしやがって。文句なら全部私の墓に言えっての。しかもユウのこと養育するからっつって、私たちの遺産まで掠め取ってんだよ。というか、それが一番の目的だ。あーむかつく。今からでも眉間に風穴開けに行ってやろうか」
握りこぶしを作って意気込む彼女を、俺は制した。
「お前の身体じゃないんだからやめとけ。それにそんな真似が出来るほど、お前がお前でいられる時間は長くない」
ユナは、自分の小さく弱々しいユウの身体を見下ろすと舌打ちした。
「ちっ……私がちゃんと生きていれば、ユウにこんな辛い思いはさせないのに」
己の無力さを噛み締めるように顔を歪めるユナ。あまり目にしたことのない彼女の姿だった。自分が子供を守れないことが余程悔しいのだろう。いたたまれなくなった俺は申し出た。
「俺がなんとかしてやろうか?」
だが、彼女は残念そうに首を横に振った。
「気持ちはありがたいけど、そもそも日本国籍もないあんたじゃ役に立たない。警察にばれたら不法入国で即逮捕の身という時点で、この国で出来ることは少ないよ」
「あー。そういうセキュリティの発達した世界か。面倒だな」
「確かに面倒なところはあるな。その分安全とも言えるけど。それに、あんたが頑張ってもおそらく一時的な解決にしかならない。どうせ地球にずっとはいられないんだろ?」
「まあそうだが」
懐から計測器を取り出して確認する。これはある世界で親しくなった研究者に頼んで作ってもらったもので、世界移動時の星脈の状態を読み取り、大雑把にその世界での滞在期間がわかるようになっている代物だ。
滞在期間が長ければ、様々な手段を講じてなんとか国籍等を取得し、俺がユウの保護者代わりをするなどしてどうにかすることは出来るだろう。だが、数値は非情な結果を示した。
「あと数か月というところだな」
「やっぱりね。そんなとこだろうと思った」
「……悪いな。力になれなくて」
「仕方ないさ」
ユナは、憂いを秘めた目をこちらに向けたまま続けた。
「この子を養育施設に預けてくれるような、理解のある親戚が一人もいないからな。役所や学校の連中は滅多なことじゃ動かない。虐待されてそうでも、明確な証拠がなければ当の加害者の意見が優先されるあり得ない事なかれ主義さ。私が今から急いで相談所に駆け込もうにも、この女の姿じゃいくら似てても本人とは扱われない」
彼女は大きく溜息を吐くと、それと一緒に吐き出すように呟いた。
「情けないな。世界は救えても、自分の子供一人救えないなんてね」
「ユナ……」
俺は彼女に強く同情した。なんとかして、ユウの取り巻く環境を少しでもマシに出来ないものかと思う。
すると彼女は、突然叫び出したのだった。ユウの声が公園中に響き渡る。
「くそ~、本物の私め! 可愛いユウを残して勝手にくたばりやがって!」
「お、おい」
思わず制止しようとしたら、今度はユナは自分の胸に手を当てて、中で眠っているユウに話しかけるように言った。
「ユウ。私はあんたのこと誰よりも愛してるからな。意識が少しでも残ってる限り、いやなくなったってずっと見守ってるから。だから絶対負けんなよ!」
その愛に心を打たれ、俺はしばらく何も言うことが出来なかった。
ユナが落ち着いたところで、俺は尋ねてみた。
「お前が死んだ詳しい状況についてはわかるか?」
「残念だけど。あくまで私の存在はユウの記憶に依存してるから。ユウが知り得ないことは私も知らない」
「そうか……そりゃそうだよな」
せっかく彼女の死の真相に近づけるかもしれないと思ったのだが。
ん?
俺は、おかしな点に気付いた。
「待て。なら、なぜお前は俺のことにそんなに詳しいんだ。ユウは俺のことなんかちっとも知らないはずだぞ」
すると、彼女は待ってましたと言わんばかりに即答した。おそらくこの質問を想定していたのだろう。
「それね。私があんたのことに詳しいのは、たまたま私がユウに異世界での話をおとぎ話として詳細に何度も聞かせてたからさ」
なるほどな。それは幸運な偶然だった。おかげで、俺はこうしてユナとまともに話が出来ているのだから。
「もっとも、当のユウは小さかったからあんたのこと全部忘れちゃってるみたいだけど」
「残念。少しくらい覚えてもらってたら、いきなり不審者扱いされることもなかったかもしれないのにな」
すると、彼女は何かを思い出したように噴き出した。
そうか。こいつは中から見てたわけだから知ってんだよな。
「ぷっくく。あれは傑作だったな! 一言、不審者って! それだけ心に残らない奴だったんじゃないの?」
「傷つくなあ」
詳細に話したなら、俺の活躍だって相当なもののはずなんだが。まあユナに比べると地味方面だったから仕方ないかもな。
すぐに気を取り直した俺は、ユウにユナが亡くなったと聞いてからずっと抱いていた疑問をぶつけてみることにした。
「さっきの話に戻るんだが」
「ああ」
「正直な、俺はあのお前がただの事故で死んだとはどうしても思えないんだよ」
いくらこの世界では一般人と大差ないと言っても、用心深く身のこなしも軽いユナが簡単に事故で死んだりするものだろうか。例えば車の事故なら、ぶつかる前にスタントマンばりの動きで脱出するくらいのことはしてのけそうなものだ。
俺の素朴な疑問に対して何を思ったのだろうか、ユナは少しの間目を瞑った。そして目を開けたとき、彼女の表情はまるで何かを悟っているかのように穏やかだった。
「人は死ぬときは死ぬものよ。この魔法も何もない世界じゃ、私だって簡単なきっかけで死んでしまえる。いつか来るそのときがちょっと早かっただけ」
その後軽く笑って「けど、事故で死んだってのは確かにいただけないな」と付け加えた。
そんな彼女の様子を見て、俺は痛感せざるを得なかった。
彼女は、既に自分の死を完全に受け入れてしまった後なのだと。生が絡みついて離れない自分とは対極な位置に、彼女はもう行ってしまった後なのだと。
目の前で笑う彼女の残り火から、そのことが腑に落ちてしまった。
俺にこれ以上の追及を諦めさせるには十分だった。
ユナは、もうこの世にはいないのだ。
長い旅の中で、死別なんて星の数ほど経験してきた。慣れてないと言えば嘘になる。それどころか、人の死というものに対してどんどん感情が動かなくなってきている自分がいる。いずれは何とも思わなくなってしまうのかもしれない。俺は少しずつ化け物に近付きつつある。
そんな鈍くなった俺の心を大きく揺さぶるほど、彼女の死は衝撃だった。それだけ、俺にとってユナは特別な人だったのだ。
――もう残っている時間が少ない。まもなく『反逆』の効果が及ばなくなってしまう。
そう。俺の能力はあくまで『反逆』だ。完全に理を覆すわけではない。一度起こした『反逆』は警戒される。理には耐性がつく。一度耐性が出来れば、次からは効きが悪くなる。そうなれば、女の子のユウまではいけるかもしれないが、それ以上は無理だ。間違いなくユナまでを呼び出すことは出来ないだろう。
つまり、これで正真正銘ユナと会えるのは最後なのだ。そのことは、きっと彼女も薄々わかっている。
これで最後だから、終わりのときを迎えるまでに。
この世界に来たとき、伝えようと思っていたことだけでもせめて伝えておきたい。そう思った。
形だけでもいいのだ。返事はわかっている。それで良い。結果は重要じゃない。伝えることが重要なんだ。
伝えなければ、俺は絶対に後悔する。この先、永遠に。
ユウがフェバルになる未来を知ったとき、俺は悲しかった。よりによってユナの子供が、俺と同じ呪われた運命を背負ってしまうことになるとは。
けれど、おかげでユウの中にユナの存在を感じたとき、不謹慎にも俺は嬉しかったのだ。
最後のチャンスをくれた。
長い旅の人生で、ただ一度だけ。本気で感じたこの気持ちを。
俺は、彼女に伝える決意をした。
「あのさ」
「なに?」
「この世界では何やってたんだ」
「こっち? とある諜報機関のエージェントやってた。でも、レジスタンスやってたときに比べたらちょろいっつーか退屈なくらい。ぶっちゃけ子育ての方が大変だった。ユウはほんとによく泣くから。まったく誰に似たんだか」
「そうか」
子供のことを語るときのユナは、本当に幸せそうだ。こっちでは素敵な家庭を築いて幸せに暮らしていたのだろう。そのことが、まるで自分の事のように嬉しかった。
俺は、ごくりと息を呑んだ。
「一つ、言ってもいいか」
「なに?」
「俺な、お前のことずっと好きだったんだぜ」
彼女は、驚かなかった。
「知ってた」
「そうか」
肩すかしを食らったような気分になる。
「私は鈍くないよ。このヘタレ。何にも言わないんだからな」
「ちくしょう。こっち来たときに告白して驚かせようと思ってたのによ。台無しだ」
「バカ。しかも遅いっての。先着一名」
それから彼女は、少し照れたように言った。
「それに、あんたはタイプじゃないし普通に振るから」
期待してた答えが来たことに安心して、俺は大袈裟に敗者を演じる。いや、敗者などいない。ここには勝者しかいなかった。俺は気持ちを伝えられたことに満足していた。
「よーし! 振られた! これでもう心残りはないぜ! いつ死んでもいい!」
「死ねないくせに」
「死んだ奴に言われると心が痛いな」
二人で、思いっきり笑った。
やがて、ユナがしみじみと言った。
「あんたはなんて言うか。恋愛対象ってよりは気の置けない親友だ。これまでも、そしてこれからもな」
「じゃあ、これからもありがたく親友でいさせてもらうとするか」
わだかまりは何もない。気持ちを伝えた後は元通りだ。俺の心は晴れ晴れとしていた。
「それで、親友に頼みがある。こんなこと、あんたにしか頼めないから」
「なんだ」
彼女は真剣な目つきで俺の顔を見据える。しかしその表情は目つきほど張り詰めたものではなく、むしろ柔らかさすら感じさせた。おそらく、俺が頼みを聞くだろうという信頼があるからに違いなかった。
「ユウの友達になってやってくれない?」
なるほど。そう来たか。
予想出来ないことではなかった。彼女にとっての心残りは、まず残された子供のユウのことだからな。
ユナは、また自分の胸に手を添えてユウのことを指しながら続けた。
「これから、この子には辛いことがたくさん待ってる。出来れば私がそばにいてやりたかったけど、こんな身だし、それにいずれ消えてしまうと思う。いくら気持ちの上ではずっと見守るつもりでもね。けど、あんたはこの子と同じフェバルだ。いつもとまではいかなくても、永い時を一緒にいてやれる」
彼女は、深々と頭を下げた。らしくない行動だった。頼みごとをするに当たっての、彼女なりのけじめだろうか。
「頼む。出来るだけで良い。ユウの横で力になってやってくれないか」
もちろん、俺の返事は決まっていた。
「いいぜ。親友の頼み、引き受けた」
「ありがとう」
ユナが嬉しそうな顔をした。
しかし、ただ引き受けるのでは面白くない。俺は俺なりのやり方でユウと付き合おうと思った。
ユナがいなくなったら、宙に浮いたこの愛を注ぐ相手はどうすればいいのか。
もちろん答えは決まっていた。目の前で喜ぶ少女の身体の本当の持ち主だ。せっかく長い付き合いになる相手だ。たっぷり可愛がってやろう。それに、まあ元々は男だが、女のときはまさにユナの娘と言っても良い。実に将来が楽しみじゃないか。
結局、俺はユナの影を追っているのだと内心苦笑いしつつも、あえてこれ見よがしに言った。
「よし。女の子のユウは俺がたっぷり可愛がるとするか。少なくとも、容姿はお前に似た俺好みの良い女になりそうだ」
すると、ユナの表情が面白いように曇った。
「好きな相手の娘に手を出すってどんな変態だ。ユウは絶対にやらない。お前なんかに気を許さないように深層心理で働きかけてやるからな」
「そりゃまいったな。ユナが敵に回るとなると厄介だ」
そのとき、『反逆』がユナの精神を保っていられなくなりそうな時間がとうとう来てしまった。
本当にあっという間だった。
「時間みたいだな」
「……そうだな」
最後に、聞いてみた。
「旦那さんは、良い人だったか?」
ユナは、とびきりの笑顔で答えた。
「もちろん。最っ高の旦那だ! のろけ話なら何時間でも出来るぞ!」
「はは。そうか。聞きたかったな」
「聞かせたかったよ」
二人の間に重い沈黙が流れる。
何かを言わなければならない。
何かを言わなければ、そのまま終わってしまう。
「楽しかったな」
ぽつりと、ユナが言った。
「ああ。楽しかった」
本当に、楽しかった。
「じゃあな。レンクス」
「さよなら。ユナ」
別れは淡々と、笑顔で済ませた。
さよなら。ユナ。
私は何をしてたんだろう。
そうだ。レンクスに何かされて気を失ってしまったんだ。
探すと、彼はすぐそこにいた。公園のベンチに座ってた。
私は、彼を問い詰めようと思った。思っていた。
だけど、彼の顔を見たとき、そんな気持ちは跡形もなく吹き飛んでしまった。
私はそっと彼に近寄ると、小さな身体をいっぱいに使って抱きしめた。
どうしてそうしたいと思ったのかはわからない。ただ、なんとなくこうしてあげたいと思った。
「ねえ。レンクス。どうして泣いてるの?」