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フェバル保管庫  作者: レスト
金髪の兄ちゃんともう一人の「私」(旧)
41/144

1「もういやだ」

 また、楽しくないご飯の時間がやってきた。


 食卓の向かい側には、いつものようにおじさんとおばさんがいる。俺は、いつものように従兄のケンの隣に座った。


 今日は、ハンバーグか。


 みんな大好きだよね。俺も大好きだけど、別に嬉しくも何ともないよ。


 だって俺は、いつもおかずがほとんどもらえないんだ。全部ケンが持っていく。ちょっと羨ましいけど、文句なんか言ったら、おじさんに殴られるから。


 ほんのちょっぴりのハンバーグで、ご飯を食べた。量が少ないから、すぐに食べ終わっちゃうよ。


「ごちそうさま」


 そして俺はいつものように、おじさんと、おばさんと、ケンが食べ終わるのを待つ。


 やがて、みんなごちそうさまをして、食卓を立ってどっか行っちゃったら、いつものようにお皿を洗うお仕事をするんだ。


 お皿を洗うだけじゃないよ。服を洗うのも、掃除機をかけるのも、違うことも、全部俺のお仕事なんだ。


 テレビで野球を観てるおじさんから、声がかかった。


「おい、ビール!」

「はい!」


 俺はお皿を洗う手を止めて、冷蔵庫を開けた。そこからひやっとしたビールを見つけたけど、高くて中々手が届かない。なんとか背伸びして取ると、右手と左手で持っておじさんのところに持っていく。


「おい! 早く持ってこいっつってんだろ!」


 いらいらしてる。応援してるチームが負けてるからだ。そんなにいらいらするんだったら、野球なんて観なきゃいいのに。


 やっとビールを渡したら、グーで思い切り頭をゴチンとされた。すごく痛くて、頭を押さえた。


「お前は、お遣い一つもぱぱっと出来ねえのかよ!」

「……ごめんなさい」

「謝るだけだったら誰でも出来るんだよ! 役立たずめ!」

「…………」

「お前なあ、ここに住まわせてもらってるって自覚はあるのか? 言ってみろ。身寄りもなくなったお前を、善意で引き取ってやったのは誰だ!?」

「……おじさんです」

「だよな? だったら、もうちょっと感謝の気持ちを持っててきぱき動けや!」

「はい……」


 頭も心も痛くて、すぐに動く気になれなかった。ほんのちょっとぼーっとしてたら、おばさんに怒鳴られた。


「なに休んでるの。まだ洗い物終わってないよ! さっさと戻りな!」

「すみません。すぐやります」

「ったく、あの女みたいな生意気な目してさ」


 お皿を洗うために戻ろうとしていた、俺の足が止まった。


 お母さんのこと、言ってるの?


「あの女のそういうところが、ずっと気に入らなかった。事故で死んだって聞いたときは、せいせいしたね。きっと罰が当たったんだよ」


 俺は、おばさんのその言葉が、どうしても許せなかった。


「今の言葉、取り消してよ!」

「あら? 口答えする気?」

「お母さんは、罰が当たるような人じゃない! お母さんは、お母さんは……!」


 いつも強くて、優しくて。あったかくて。


「お父さーん、ユウがまたあの部屋行きたいって」


 俺は、怖くてぶるぶるした。あの部屋だけは、いやだ!


「またか」


 テレビを観ていたおじさんが、ゆっくりと立ち上がった。

 

「悪い子にはお仕置きだね」


 そう言ったおばさんは、まるでこないだ観た○○レンジャーの悪い人みたいな顔をしていた。


 おじさんは、怖い顔をしながら近づいてくる。


「ごめんなさい……ごめんなさい!」

「だから、謝るだけなら誰でもできんだっつってんだろ! 何回言っても聞かねえ奴だな!」


 おじさんに背中を掴まれた。必死に逆らったけど、おじさんの方がずっと強くて、無理やり持ち上げられて。


「いやだ! やだよ! おねがい! ゆるして!」

「うるせえ!」


 おじさんに、お腹を強く殴られた。息が出来なくなるくらい苦しくて、胃の中のものを戻しそうになった。


 しゃべる元気もなくなった俺は、そのまま連れて行かれると、電気も付いていない、暗くて小さな物置部屋に放り込まれた。そして、外から鍵を掛けられた。


 こうなると、もう朝まで出してもらえない。ずっとずっと、この狭く暗くてむし暑い部屋の中で、怖い思いをしなくちゃいけなかった。


 静かになると、ずきずきとお腹の痛みだけが残った。きっと痣になってる。


 とっても惨めだなって思ったら、凄く悲しくなってきて。涙が出てきた。


 でも、声に出して泣いたらまた殴られる。だから、服を口に押し当てて、静かに泣くしかなかった。


 お母さんと、お父さんがいたときは楽しかった。


 どうして、俺を置いて遠くへ行っちゃったの? どうして?


 ――もういやだ。


 こんなの、いやだ。


 どうして。どうしてだよ。


 いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。


 俺じゃない。俺は、いやだ。こんなの、いやだ。


 

 こんなの、俺じゃない。










 気が付くと、俺は真っ暗な空間に立っていた。


 あれ。


 ここ、どこだろう?


 そのとき、俺の声とほぼ全く同じような声が、横から聞こえて来た。


「まだ、ここに来るときではなかったんだけど。どうやら、強い気持ちが一時的に繋げてしまったみたいね」


 振り向くと、そこには――


「えっ!? 俺? いや、違う」


 見た目も感じもよく似ていたけど、俺の目の前にいたのは女の子だった。


「誰なの?」


 女の子は、くすりと笑った。


「誰だと思う?」

「わかんないよ」


 正直に答えると、彼女は左手の人さし指で俺のことを指さしながら言った。


「私はあなた」


 それから、指を返して自分のことをさして言った。


「そして、あなたは私」

「どういうこと?」

「ここは、私たちの心の世界なの。私は星海 ユウの、言ってみれば女の部分かな」

「女の部分?」

「覚えてないの? この前聞こえて来たテレビで言ってたよ。人の心には、誰でも男の部分と女の部分があるものだってね」

「へえ。そんなこと言ってたんだ」

「うん。それで、本来なら、私はユウの精神に影響を与えるだけの裏方なんだけどね」


 だけど、と「私」は俺に優しく微笑みかけた。


「あなたが望むから、私は現れたよ」

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