27「決意を新たに」
「トーマスって、どこかで聞いたことあるような……」
「私もです。誰でしたかね」
「魔闘技の初日に、司会をやってた人だよ」
「あれ? 司会はモール先生じゃなかったかしら」
「そうでしたよね」
「モール先生は、二日目からのはずだけど」
「えっ?」
「そんなはず、ないですよ。私、見ました」
二人はとぼけているわけでもないようだった。どうやら本当に覚えていないらしい。
そうか。彼曰く認識を変える能力で無理に割り込んだから、彼がいなくなった後は記憶が修正されるなり何かしたのかもしれない。
「そうか。まあそのことはいいや。それで、彼は恐ろしいことを言い残していったんだ――ウィルが、行く先々の世界を滅ぼして回っていると」
「なんだと!?」
先生が顔を険しくした。他の三人は、話のスケールの急な違いについていけなかったのか、ぽかんとしている。
「確かに奴ならやりかねんが……だが、奴がこの世界に来たとき、滅ぼしたのはエデルだけだぞ」
「はい。ですが――」
私が説明しようとしたとき、アリスからストップがかかった。
「ちょっと待って! エデルって、あの失われた魔法大国よね!? 魔法実験の失敗で滅びたんじゃないの?」
「一体、何を、言ってるんですか」
信じられないという顔をするアリスとミリア。
「そのままの意味だよ。エデルを消したのはウィルだ。それもたった一人で、一夜でやったらしい」
「おいおい……どんな与太話だよ」
あまりのことに、アーガスは呆れてしまったらしい。
けれど、あいつの恐ろしさを肌で知っている私には、このことが真実であるという確信があった。
「あいつの『干渉』という能力は、底が知れないんだ――先生。かつてエデルを滅ぼしたのは、奴の『メギル』ですか?」
先生からあいつと戦った当時の詳しい話を聞いてはいなかったが、私は偶然バザーで見つけた本の記述を頼りに尋ねてみた。
先生から返ってきたのは、肯定の言葉だった。
「そうだ。奴が隕石の軌道に『干渉』して引き寄せ、落としたのだ。師は、私を遠くへ逃がすので精一杯だった。結局エデルは滅び、師は行方不明だ。そして、わずかに生き残った人々が――まあ、そうでも考えないと納得出来なかったのだろうな。奴を神の化身と呼び、隕石による攻撃を天体魔法『メギル』と呼んで畏敬したのだ。神の化身だなどと、とんでもない。奴は悪魔だよ」
先生は、ウィルに対する明らかな嫌悪感を滲ませながらそう締めくくった。
アーガスは、腕を組んで難しい顔をしていた。
「聞いたことがある。エデルは隕石の衝突によって滅びたと、そう言ってた奴が確かにいた。だがその説だと、ラシール大平原の魔力汚染が説明できない。だから、学説では否定されていたはずだ」
冷静に指摘する彼に、先生もまた堂々と返す。
「魔力汚染については原因がわからないが、これは私が体験した事実だ。誓って嘘は言ってないぞ」
彼は先生の顔に目を合わせたまま、少し黙り込んだ。それからちらりと私の顔を見て、また先生に目線を戻し、口を開いた。
「そうかよ……わかった。にわかには信じられないが、頭には置いとく。正直な、さっきから妙な話だらけで混乱してんだよ」
「あたしも。なんて言ったらいいか……ユウの話、想像以上に重たくて。ちょっと聞く覚悟が足りなかったかも」
「まるで、おとぎ話でも、聞いているみたいです」
口を揃えて戸惑いを訴える三人に、先生も理解を示した。
「だろうな。私も師に出会って奴を直接見ていなければ、こんな話聞く耳もたん」
「だな。だが、冗談や嘘にしては話を盛り過ぎだ。少なくとも、お前らは真実のつもりで話してるわけだろ?」
「そうだよ。嘘だったら、どんなにいいか」
「ったく、とんでもないな」
アーガスが肩を落とす。
「ユウ。続きを頼む」
「はい」
先生に促されて、私は頷いた。
こちらを注視する四人に囲まれながら、私は話の核心を切り出した。
「あいつは、自分で世界をどうにか出来るような圧倒的な力を持ちながら、直接手を下すのではなく、何らかの世界が滅びるような危険因子を置き残して去っていくらしいんだ。それが何かのきっかけで働いて、実際に世界が滅んでいくのを眺めては暇を潰している。そういう、最悪の奴なんだ」
そこで、一つ呼吸を置いた。
みんなが息を飲んで次の言葉を待つ。
私は最も重要なことを告げた。
「この世界も、狙われている」
四人の顔に、驚愕の色が映った。
みんなそれぞれに思いを巡らせているのか、深刻な顔をしたまま黙り込んでしまう。
やがて、先生が苦々しく口を開いた。
「エデルを滅した後、急に奴の気が消えたから変だとは思っていたのだ。まさか、そんなことをしていたとはな……」
「ウィルがここにいたときの活動範囲はわかりますか?」
「ああ。奴の独特な気はすぐにわかったからな。奴はエデルの辺りにずっといた。それ以外の場所には行ってないはずだ」
「だとしたら、やはり危険因子はエデルに関わる何かである可能性が高いと思います」
昨日トーマスにこの話を聞いてから、ずっと考えていた。ウィルが世界滅亡因子を残すとしたら、どこだろうかと。やはり怪しいのはあいつが自ら手を下したエデル。その周辺に罠を仕掛けたというのは、十分に考えられることだ。
しかも、あいつがエデルを破壊したことで、ロスト・マジックを始めとする失われた遺産という概念が生まれた。そいつにカモフラージュすれば、いくらでも危険なものは隠すことが出来る。誰かがそうと知らずに、あるいはそうだと知りながらあいつの「遺産」を手にしたならば――
人の悪いあいつが、考えそうなシナリオだ。
そして推測通り、もしエデルが関わってくるならば――
「そうだな。とすると、脅威なのは――」
「ちっ。仮面の集団か」
アーガスがいらついたように言うのに合わせて、私は頷いた。
「奴らは、エデルの遺産を掘り起こすのに躍起になっている。何を考えているのかわからんような危ない連中だ。もし奴らがその危険因子とやらを見つけてしまったならば――」
「場合によっちゃあ、世界はおしまいってことか」
「そう。だから、実際に気を付けるべきは仮面の集団だと思う。奴らの酷さは、今日の事件で思い知ったよ」
考えるだけで胸糞が悪い。
「待てよ。あいつら、仮面の集団だったのか!?」
アーガスが驚く。私が答える前に、アリスが言った。
「そうよ。主犯の男がうっかり口を滑らせたわ。本当の目的の目くらましだって」
「くそっ! 奴ら、偽装のためだけにあそこまでやったのかよ……! 一体何人死んだと思ってやがる……!」
アーガスが拳を握りしめて、激しい怒りを露わにした。
私も同じ気持ちだった。奴らには怒りを感じるよ。
「それで、お前はどうしたいのだ? 何か言いたいことがあるのだろう?」
四人の注目が、再びこちらに向いた。
そうだ。先生の言う通り、私はこの状況をなんとかしたくてこの話をしたんだ。
私は誠実に素直な気持ちを言った。言葉を選びながら、ゆっくりと。
「私は、よそ者だ。でも、この世界が好きだ。みんながいる、この世界が好きなんだ。だから私は、ウィルの、あんな奴の掌の上でこの世界が転がされていることが、どうしても許せない。この世界が滅びるかもしれないのを、黙って見ていたくないんだ」
そこで一旦言葉を区切る。全員の顔を見回してから、私は続ける。
「……だけど、あいつの力は強大だ。それに比べたら、私の力はあまりにもちっぽけで、頼りない。私だけでは、あいつの魔の手には、勝てない。仮面の集団に対抗することだって、出来ない。でも」
トーマスの言ってたこと。この世界の人たちと、力を合わせて戦うことが出来れば。
「みんなの力を合わせれば。それでも、まだ小さいかもしれない。けど、私一人よりはずっと出来ることは多いはずだ」
私は、頭を下げた。
「頼むよ。みんな、力を貸してくれないか。私は、この世界を守りたい。みんなを、守りたいんだ」
みんなを守るために、みんなの力を借りる。晒さなくて良い危険に晒すことになるかもしれない。矛盾しているけど、放っておけばいずれ全てが終わってしまうんだ。
これが、私なりに必死に考えた上での結論だった。
協力してくれるかどうかはわからない。もし断られたなら、一人でも足掻くつもりだ。みんなのためなら、一度くらい死んだって惜しくはなかった。
「頭を上げろよ」
アーガスに言われて顔を上げると、そこには、温かく私を見つめる四人がいた。
「頼むも何も、元々この世界のことは、ここに住むオレたちの責任だろ?」
「そうよ! ユウだけが背負うことなんて、何もないわ」
「私たちが、何とかしないとです」
「私も力を尽くすぞ。奴との因縁もあるしな」
「みんな、ありがとう……」
私は、本当に良い仲間を持った。
それから私たちは、襲撃事件の詳細や、これからどうするかについて話し合っていった。
「それで、やたらスケールの大きなこと言ったけど……まあ、当面は普通に暮らしながら、仮面の集団の動向に気を付けるくらいしか出来ることはないかなって感じなんだよね」
「まあそうよね。その危険因子とかいうものの正体がわかれば叩きにいけるんだけど」
「難しいですね。情報が、何もないですから」
「オレとしては、わかりやすくていいぜ」
アーガスが、にやりと口角を上げた。
「ぶっちゃけ世界とか言われてもピンと来ないが、それならどっちみちオレのやりたかったことだ。奴らは、今度の件で完全にオレを怒らせた。オレが家に働きかけて、仮面の集団の動きを出来る限り押さえてやるよ」
「それは、本当に助かるよ」
名家がバックにつくというのは、非常に心強い。ありがたいことだった。
もう一人、やる気を出したのが先生だった。
「ならば、私は奴らを直接潰しに回ることにしよう。ユウ。これからは実戦形式での修行もやっていくぞ。斬るには、ちょうど良い相手だろう?」
「はい」
私は自分の甘さを克服しなければならないと、今回のことで痛いほど思い知った。敵に対しては、毅然と立ち向かえるようにならなければならない。必要なら、しっかりと斬れるようにならなければならない。それが出来なければ、勝てるものも勝てず、守れるものも守れないことがあるのだ。
これから仮面の集団と戦っていく中で心を強くしていこう。そう思った。
「ごめんね。あたしは、すぐに出来そうなこと、思いつかないわ」
「私も、ちょっと……」
「いいよ。気持ちだけで嬉しいから。もし何かあったときは、よろしく頼むね」
「もちろん。よーし! いつでも力になれるように、もっと魔法に磨きをかけておくわ!」
「最近、ユウに付き合わされたせいで、特訓が、楽しくなってきたんですけど。どうしてくれるんですか」
「えー。そんなこと、知らないよ」
「あはは。ミリアが感化されちゃった」
「もう。ふふっ」
「ははは」
今までは、ずっと逃げ続けて来た。目を背けてきた。
トラウマからも、運命からも、真実からも。
でも、やっと少しだけ向き合えたと思う。
決意を新たに。
ここから一歩ずつ、前に向かって歩いて行きたい。