26「ユウ、これまでの経緯を話す」
その言葉を皮切りに、私は全てを事細かに話していった。アリス、ミリア、アーガスの三人は、時々驚きを交えながらも、決して頭ごなしに嘘だと笑い飛ばすことはなく熱心に話を聞いてくれた。
ちゃんと話を聞いてくれたのは、私を友達として信用してくれているのもあると思うけど、最初に変身というとんでもないものを見せたことで、突拍子もない話でも本当かもしれないと思わせる下地があったというのが大きかったかもしれない。
元々住んでいた世界がどんなところか。どういう経緯でこの世界に来たのか。フェバルという存在、その能力や星を渡る運命のこと。ウィルやエーナのこと。最初に女になったときにウィルに乱暴され、さらに付け狙われることになって彼にトラウマを持っていること。彼に服を破られたままの状態で地球を離れることになり、ラシール大平原の真ん中に一人投げ出され、当てもなく何日も彷徨ったことを、まず順番に話していった。
「そうだったの……だからあのとき、あんな場所に一人で、しかも酷い恰好で倒れていたのね」
同情的なアリスに、私は頷く。
「うん。あのときは死を覚悟したよ。アリスが来てくれて、本当に助かった」
「結構壮絶な体験してたんだな」
「思っていた以上に、凄まじい話でした。そのウィルという男、許せませんね」
同じく、同情の目を向けてくるアーガスとミリア。
「そうね。ちょっとにわかには信じがたい話だけど。でも、あたしは納得がいったわ。だって、辻褄が合うもの。どうりで、ユウにこの世界の常識がちっともなかったわけよ。元々いなかったんだとしたら、当然よね」
合点がいったらしいアリスに、アーガスが追随する。
「オレはお前が入試で歴史零点だったとどっかで聞いたが、まあ取れるわけないわな」
「シミングの手を、間違えるなんて、あり得ないこと、やらかすわけですね」
「シミングってこれのこと?」
私は、右手の人さし指と中指を差し出すポーズをする。
「そうですよ。素で知らない人なんて、初めて見ましたよ」
やや呆れたようにミリアがそう言った。
「これ、シミングって言うんだ。よくわからないから、ずっと握指って呼んでた。見よう見まねでやってたよ。地球には手を全部使った握手って似たようなものがあってさ。そっちは右手とか左手の区別もないし、プロポーズのような意味もないんだけどね」
「へーえ。ユウって、ほんとに違う世界から来たのねー。でも見た目とか、全然違わないのね」
「それは不思議なんだよね。こっちとしても、もっとこう、宇宙人! って感じのを想像してたんだけど」
「ウチュウってなんですか?」
ミリアがわからないと首を傾げた。
「あ、そうか。星は地上からでも見えるけど、宇宙って行った人がいないとどんなものかわからないから、その概念がないのか。ざっくり言うと、この星の空よりさらに高く行けば辿り着くところだよ。果てしなく広くて、真っ暗で、恐ろしく冷たい場所なんだ」
「空の先って、そうなってるんですか?」
「うん」
そこで、興味津々に食いついてきたのがアーガスだった。彼はこういう新しいこととか知らないことに目がないんだった。
「それ、中々面白そうな話だな! 詳しく聞かせてくれよ」
「いいけど、後でね」
「絶対だぞ」
「はいはい」
そのとき、黙って話を聞いていた先生が、驚くべきことを言った。
「そう言えば、師から聞いたことがある。フェバルというのは、基本的に近い種族が暮らす世界にしか飛ばないようになっていると。各々のフェバルにとって生存可能な世界が、勝手に選ばれているとな。だからだろうな。我々とお前がほとんど同じなのは」
なんだって!? そんなこと大事なこと知ってるなら早く言って下さいよ、先生! この上ない朗報じゃないか!
「ということは、新世界到達直後に毒の大気で死にましたとか、そういうことはないってわけですか!?」
「さあな。私自身がフェバルというわけではないからな。だが、師の口ぶりだとなさそうだったな」
よかった。選ばれる星が完全ランダムなら、いつかは絶対生存不可能な状況になるはずだ。そんなことは簡単に想像できたから恐れていたけど、その可能性が低いというのはありがたい情報だ。いきなり窒息死とか毒で死亡とか、絶対嫌だった。
しかも近い種族というなら、この先も人間に会える可能性は高いわけで。
旅に少し希望が見えたかもしれない。
「ねえ」
呼ばれて振り向くと、アリスがとても悲しそうな顔をしていた。
「やっぱりユウは……いつか、この世界からいなくなってしまうの?」
その言葉に、私の心がずきりと痛んだ。
ここまでの話では、そのことははっきりとは言ってなかった。ただこの世界には流れて来たと言っただけだった。けど、星を渡るということに加えてさっき新世界と言ったから、さすがにわかってしまったようだ。
私は素直に言った。
「そうなると思う。この世界を離れて、また次の世界に向かわなければならないときはきっと来る。それがいつになるかは、わからないけれど」
「あたしは、嫌よ。ユウが、いなくなっちゃうなんて」
また今にも泣き出しそうな表情のアリス。そんな彼女を見るのが辛かった。私だって、同じ気持ちだ。
「私も、嫌だよ。みんなとは、離れたくないよ。出来ればずっとここにいたいと思ってる」
私は、諦めの気持ちから俯いた。
「でも、無理なんだ。それが運命なんだ……仕方ないんだよ」
アリスは私に近付くと、手を取ってきた。はっとして顔を上げると、彼女は悲しさと憤慨を滲ませたような顔をしていた。
「運命だなんて! あたしは、そんなの認めないわ! 何か方法はないの!? 移動を止めるとか、こっちに来られるようにするとか! 一緒に探してみようよ!」
それは私も考えた。どうにかして、この運命に逆らうことは出来ないかって。だけど、叩きつけられた現実は厳しかった。
「フェバルって、私よりもっとずっと凄い人たちばかりなんだ。そんな彼らでも、結局諦めるしかなかった。知る限り、全員がだよ。ということは……たぶん、無理なんだと思う」
「そんな……!」
「なあ、辛気臭い話はやめようぜ」
嘆き悲しむ私とアリスを見ていられなかったのか、アーガスが制すように言った。
「確かにオレも、正直なところショックはあるぜ。だが、どうせ別れはいつか来るもんだろ。遅かれ早かれ。そんなもん、くよくよしたってしょうがないだろ。そんな暇があったら、今を楽しめよ」
「……そうだね。その通りだ」
泣いても喚いても運命が変わらないのならば、いつまでもそれに囚われて後ろ向きでいるより、今をどう過ごすか。そちらに興味を向けるべきなのだろう。
彼が今言ったように。トーマスがそうしているように。
私には、そう割り切るだけの強さはまだないけれども。
「ですね。いつそのときが、来てもいいように、私たちとたくさん、思い出作りましょうよ」
一緒に悲しい顔をしていたミリアが、あえて笑ってそう言った。
そんな彼女を見て、沈んでいたアリスも立ち直った。
「……そうね。ユウ、これからも一緒だからね」
二人が気丈に振舞っているのに、私だけがぐずぐずしているわけにもいかないと思った。
「うん。もちろんだよ」
「さあ、話に戻ろうぜ。続きが気になってんだ」
「ああ」
気を取り直して、アリスと出会ってからのことを話す。魔力を測定した際、男の身体に魔力が全くなかったこと。一方で、この女の身体には周知の通り魔力値が一万もあったこと。
「だから、学校に通うなら女子として通うしかなかった。魔法が使えるのはこっちの身体だけだからね」
「なるほど。女子として生活している理由は、よくわかりました。ですが……」
ミリアがそう言うと、アリスも頷く。
「そうね。そもそも魔法の魔の字も知らなかったあなたが、どうして入学して魔法を学ぼうと思ったのかしら? そこがわからないわ」
もっともな疑問だ。私は答えた。
「異世界で生きる力をつけるためというのが一つの理由だよ。私は平和で血の流れるような争いもない場所で育ったから、本当に何の力もなかったんだ。もし学校に通わず、無一文で町に投げ出されれば、一人では生きられなかったと思う。だから、現実的に考えて入学するしかなかったんだ。それにこの先、もっと過酷な世界に行くことになるかもしれない。弱いままではやっていけないと思った」
「そっか。生きる力っていうのは、そういうことだったのね」
しかし、アリスは納得できないという顔で指を突きつけてきた。
「だけど、やっぱり説明不足よ! それは、あなたが本当に辛そうな顔しながら、必死に魔法を訓練してきた理由としては繋がらないわ。だって、単に生きるためという目的なら、とっくに達成してたじゃない! あなたの魔法の腕なら、もうどこでもやっていけるはずよ」
「倒れ込むまで、魔法に取り組むあなたは、正直、異常です」
そうだ。私は血の滲むような修練を重ねて、たった七か月で、天才と言われるアーガスを驚かせるくらいまでに魔法を使えるようになった。確かに、生きる力をつけるという目標には、余りにもオーバースペックかもしれない。
私がどうしてここまで追われるように力を求めてしまったのか。これまで意識しないようにしてきたけど、二人に指摘されて、ようやく本当の理由に目を向けることが出来た。
「そうだね。もう一つ。こっちは、今まで言ってなかった理由だ」
私は少し目を瞑り、気持ちに整理を付けると、目を開けて話した。
「私は、結局ウィルが怖かったんだ。あいつからどうにか逃れようとして、少しでも力を求めていた部分が大きかったんだと思う。だけど、あいつのことを考えたくなかったから、そんな逃げのような理由を認めたくなかったから、その気持ちは無理矢理押し込めていた。きっとそうやって考えまいとしていたのが、かえってアリスやミリアの目に留まってしまっていたんだと思う」
この気持ちを初めて認められたのは、トーマスからあいつの話を聞いたことが大きい。あいつの得体の知れなさが多少なりとも減ったこと、私を狙う背景が少しでも見えたことで、ようやくあいつのことを直視出来るようになったんだ。正直、まだ竦み上がるほど怖いけれど。
「ようやく、全てに納得がいったわ。ユウ、辛かったね……」
「本当に、辛かったですね……」
私の境遇をいたわる二人の言葉に、胸が熱くなった。
私は強がらずに頷いた。
「うん。辛かった。やっと、話せたよ」
どこか張り詰めていた感情が、するすると緩んでいく。
全てを遠慮なく話せる相手がいる。それだけで、こんなに気が楽になるものなのかと思った。
ややばつが悪そうに、アーガスが言った。
「お前、女子寮に入ってウハウハしたかったわけじゃなかったんだな……悪かったよ。変態とか言って」
「いや、そう思うのも仕方ないよ。事実としては、否定できないし」
「まあその件については、仕方ないかもね。こんな話を聞いた後で、責める気にはなれないわ」
「鉄拳制裁しようかと思っていましたが、止めにしてあげます」
握りこぶしを小さく作って解き、ふふっと笑うミリアに私は苦笑いした。
「はは……ありがとう。でも私は、これからどうしたらいいかな。さすがに、もう女子寮にいられないかなって」
すると、アリスが胸を張って言った。
「今まで通り居てもいいわよ。あたしが、他の女子にとってなるべく問題ないようにサポートしてあげるから!」
意外だった。言ってみれば、被害者側であるアリスからさらっとこんなこと言われるとは思わなかったんだ。
「でもさ。アリスだって、元は男だとわかった私とは、一緒の部屋になんて居たくないんじゃないの?」
「構わないわ。別にあなた自身が変わったわけじゃないし。第一、今さらじゃない」
アリスは得意のからかうような笑みを浮かべ、両手を広げた。
「もう何もかもぜーんぶ、あなたにさらけ出しちゃった後なんだから」
私は頭を直角に曲げて全力で謝った。
「ごめんなさい!」
「よろしい。それにね。随分一緒に暮らしてるから、あたしにはわかるのよ。男と女で口調は大体同じだし、雰囲気もそっくりだけど、やっぱり違うって。男のあなたはれっきとした男だし、女のあなたはちゃんと身も心も女の子なのよね。色んな反応とか、ちょっとしたしぐさや思考とかを見ててそう思うわ」
アリスは、何かを確認するかのように私の身体を舐め回すように見ると、頷いて言った。
「だから、問題なし。これからも変わらず付き合ってあげるわよ。それが不安だったんでしょ?」
「私が言いたいこと、大体言ってくれましたね。私も同じ気持ちですよ」
二人は、こんな私にも変わらず付き合ってくれることを約束してくれた。それも、嘘など微塵も感じさせない様子で。心から、私を受け入れてくれた。
ずっと抱えていた恐怖と不安が解けて。安堵や嬉しさがごちゃ混ぜになった感情が込み上げてきて、言葉を詰まらせてしまう。
「ありがとう……本当に……私は、わたしね、ずっと、こんな、身体だから……」
こんな中途半端な身体で、二人と出会ってしまったことを呪っていた。始めから男として出会っていたなら、ここまで仲良くはなれなかっただろうけど、こんなに悩むこともなかった。
アリスと、ミリアと、触れ合う度に私の心は痛んだ。私が完全な女だったらと、何度思ったことだろう。
「本当のこと、話したら、受け入れられないんじゃないかって……アリスと、ミリアが、離れてしまうんじゃないかって……ずっと、ずっと、不安で……」
二人は、途切れ途切れになった私の言葉に、うんうんと優しく頷いてくれた。
目から、ぽろぽろと涙が零れ落ちてきた。
「でも……アリスも、ミリアも……わたしの、ことっ……」
それ以上言葉を続けられなくて、私は号泣した。心に溜まっていた膿を洗い流すように、激しく泣いた。
「泣いちゃった」
「よっぽど安心したんですね」
「へっ……」
「よかったな。ユウ」
やがて泣き止んで、落ち着いたところで私は言った。
「ごめん。泣いちゃって」
「ふふ。結構可愛かったわよ」
頬が紅潮するのを感じた。
「からかわないでくれよ。アリス」
「からかわれるようなことしょっちゅうするユウが悪いのよ。反応もわかりやすいし、弄りがいがあるわよね」
「ですね。弄り初心者向けです」
「うっ」
楽しそうに笑うアリスとミリアに少し身じろぐも、気を取り直して。
「あのさ。まだまだ話さないといけないことがあるんだ」
「まだあるの?」
アリスが驚いた。
「私個人の話は大体おしまいだよ。もっと重要な話なんだ」
最低でもアリスとミリアに話せば十分なのに、わざわざアーガスまで連れて来たのは、今からする話を聞かせるためというのも大きかった。彼がもし戦力になってくれるなら、心強いと思ったんだ。
「ここから先は、先生も知らない話になります」
「ほう」
気持ちを入れ替えて。本題に入る。
「昨日、トーマス・グレイバーという男に会いました。フェバルの一人です」