24「星屑祭三日目 襲撃事件の終息」
奴が声をかけた方に目を向けると、そこには右の頬に大きな傷跡のある銀髪の男がいた。
奴の意識は完全にその男の方に向いていた。どうやら俺のことなど眼中になくなってしまったらしい。ひとまず助かったようだ。
「てめえがここに来る道理はねえはずだ! そうだろう!?」
クラム・セレンバーグって奴は言ってたな。名前だけなら聞いたことがある。確か、剣士隊の英雄とかいう人じゃないのか。
クラムと呼ばれた男は、背中の剣をすらりと抜いて構えると、冷静な調子で言った。
「貴様はやり過ぎた。貴様のような凶悪犯を、決して生かしてはおけん。この私、クラム・セレンバーグの手で、貴様に引導を渡してやろう」
すると奴は突然、猛烈に悔しそうに顔を歪めた。
「けっ。そういうつもりかよ……! ちくしょう! あのクソ女、最初からこうするつもりだったのかよっ!」
最初からこうするつもりだった? 何のことだろう。
奴は感情を高ぶらせて叫んだ。
「オレはまだ死なねえ! てめえの方がくたばりやがれ!」
そして奴は、手を上げて構えた。
男だから魔力の高まりはわからないが、おそらく奴は爆発魔法をやる気だ。
危険だ。
俺は、内心ハラハラしながらクラムの方を見た。
ところが彼は平然としていて、全く動こうとする素振りも見せない。
どうしてそんなに落ち着いている。なぜ、何もしようとしないんだ。
彼は漂う気こそ力強いが、俺とそんなに気の強さが違うようにも思えなかった。しかもそれ以外は、何の変哲もないただの剣士にしか見えない。
なのに、魔法を使う様子も見せなければ、気で身体を強化しているわけでもない。
このままでは、確実に爆発の餌食になってしまう。それとも、何か手があるのだろ――
!?
「な……ん……」
――――――え!?
気付いたときには既に、クラムの剣が――
奴に、深々と突き刺さっていた。
心臓を一突き。一撃だった。
「ガフッ……!」
奴が、吐血する。
俺はあまりの出来事に、身が震えた。
なんだ……!? 一体、彼は何をやったんだ!?
俺は、しっかりと二人のことを見ていた。見ていたんだ。
なのに、何も見えなかった。何も、わからなかった。
あり得ないってレベルじゃない。俺より数段速いイネア先生の動きだって、最近は目や気で追えるようになったんだ。先生だって、人間やめてるんじゃないかってくらいの化け物なんだぞ。
その目と気の感知能力を持ってしても、彼の動きが全くわからないなんて。そんな馬鹿なことがあるのか!?
目を凝らして彼を観察したが、彼の様子も気も、何も変わってはいなかった。身体も一切強化された形跡はない。つまり、単純に身体を強化して超スピードで動いたという線は消えるはずだ。
ということは、可能性があるとすれば魔法ということになるけど……だけど、そんな真似が出来る魔法なんて、見たことも聞いたこともないぞ。
クラムが剣を引き抜くと、先程まで威勢の良かった男は、その場で崩れ落ちるようにして倒れた。
奴の身体からドクドクと血が流れ出し、地面に沁み込んでいく。
奴は、もう一切動くことはない。もう、何も喋ることはない。
死んだのだ。
俺を終始圧倒した男が、こんなにもあっけなく。
クラムは剣を勢いよく振って付いた血を飛ばすと、背中にかけた。それから、倒れている俺にゆっくりと近づいてきた。
「無事か。立てそうか」
「なんとか。でも立つのはちょっと無理かもしれません」
それを聞いた彼は、後ろを向いて大きな声で言った。
「おい! 君の友人は無事だ! もう出てきてもいいぞ!」
すると、アリスが建物の蔭からひょこっと姿を現した。
そうか。やっぱりアリスが、彼を応援として呼んできてくれたのか。
彼女は俺の姿を見つけると、目に涙を溜めて駆け寄って来る。
そして、何も言わずに抱きついてきた。
「お、おい……」
女としては何度も経験があっても、男の自分がそれをされたことはなかったので、思わず動揺してしまう。
「よかった……遠くで何度も大きな爆発が起こるから、もしやられてたらどうしようって……ほんとに、よかった……」
彼女はそれだけ言うと、俺の胸元に顔を埋めてわんわん泣き始めた。
俺は何も言わずされるがままにすることにした。今度は時間もある。彼女が落ち着くまで、ゆっくりと。
やがて泣き止んだ彼女に、俺は謝った。
「ごめん、アリス。やっぱり無茶だったよ。あいつ、滅茶苦茶してさ」
「だから言ったでしょ。ユウは、ほんとバカなんだからっ!」
「うん。あのまま一人だったら、間違いなくやられてた。結局倒したのはクラムさんだし」
二人で彼の方を見やると、空気を読んで少し離れていてくれたらしい彼が静かに頷いた。
アリスに向き直ると、俺は続ける。
「俺は無力で、甘かった。ほとんど何も出来やしなかった。でも――」
俺は横目で、一人だけ逃げ遅れていた小さな男の子がまだ元気に泣いているのを確かめてようやく一安心する。
「ほんの少しだけど、守れたものもあったよ」