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フェバル保管庫  作者: レスト
剣と魔法の町『サークリス』 前編(旧)
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23「星屑祭三日目 二つの身体を使い分けて」

 私は奴のいる位置に魔法の狙いを定めた。


 少し距離が遠い。大規模な魔法では、途中で気付かれて避けられてしまうだろう。


 ここは、ほどほどでも確実にダメージを狙う。


 風の魔弾。


『ファルバレット』


 いくつもの小さな空気の弾丸が生成された。それらは私のすぐ近くに浮かんで奴の居場所を正確にターゲットしながら、私の命令を待っていた。


 行け。


 複数の弾は、同時に目覚ましい速さで動き出し、建物の隙間をすり抜けながら奴に迫っていく。


 こいつは威力こそ中くらいだが、スピードはトップクラスの魔法だ。本物のピストルほどの速度はないから簡単に人体を貫通したりはしないけど、当たれば肉は抉る。場所によっては深刻なダメージを与えることが出来るはずだ。


 間もなく、狙い通り魔法が命中したらしく、奴がぶち切れながら大声を上げた。


「くそがあーーっ! どこだ!? どこにいやがるっ!?」


 声を聞く感じだと、残念ながらさほど傷は負わせられなかったようだ。さすがに攻撃に対する反応が早いか。


「出てきやがれーーー!」


 奴は私を血眼になって探し始めた。


 もちろん誰が素直に出て行くもんか。私の位置は悟らせない。このままアドバンテージを保って、遠距離攻撃で削っていってやる。


 私は男に変身して、奴に悟られないように移動しながら奴の位置を確認、そして女になって魔法で攻撃し、また男になって~というサイクルを繰り返していった。


 だが、最初の不意打ちこそ効果的ではあったらしいものの、警戒した奴に対して中々決定打は生まれなかった。


 私は次第に焦りを感じ始めていた。


 ダメだ。小規模の魔法をこつこつ当てていったんじゃ、奴の魔法抵抗力もあって倒しきれない。


 魔力ももう残り少なくなってきた。このままいけば、いずれ魔法が使えなくなってしまう。そうなれば、この戦法は破綻する。


 ――どうにかして、奴に近づいて気剣を叩き込めれば。


 イネア先生に教えてもらったあの技を当てられれば、きっと倒せるはずだ。


 その技とは、イネア先生のさらに師匠であるジルフ・アーライズという人が元々使っていたという技だ。彼のオリジナルはもっと凄いものらしいけど、それは特別な能力を持った彼にしか出来ないものだった。なので、先生が彼の元の技を参考に、通常の気剣技として完成させた。


 色々と細かな難しい点はあるのだが、原理は簡単だ。気剣に思い切り気を集中させて斬るだけ。それだけのシンプルな技だ。だが、単純であるがゆえに欠点もなく力強い。


 気剣術の奥義にして、男女含めても俺が持っている最強の威力の技だった。




 機を窺いながら攻撃を続けていると、業を煮やしたらしい奴がとんでもないことを叫び出した。


「ちくしょう! ちまちま攻撃しやがって! 出てこいっ! 出て来ねえと、てめえが見つかるまでこの辺全部ぶっ壊してやるぞ! 皆殺しだぁーー!」


 俺はそれを聞いたとき、一瞬ではらわたが煮えくり返りそうになった。


 また関係ない人を巻き込むつもりか! お前はどこまでクズなんだ!


 俺はすぐにでも出て行きたい衝動に駆られた。出て行って奴の横暴を止め、怒りの言葉を叩きつけてやりたかった。それでもその衝動を、必死に抑えていた。


 今ここで出て行けば、奴の思うつぼだ。


 どうせ、奴は俺が出て行っても行かなくても、これまで散々破壊行為を続けてきたんだ。そういう奴なんだ。まだ少し離れて隙を窺っていた方が、奴を倒せる可能性は高い。


 理性が俺をなんとか諭そうとしていた、そのとき。


 爆発が、一つ起こった。近くの民家が、あっけなく吹っ飛んだ。


 あいつ……! 本当にやりやがった!


 頭に血が上った俺は、歯を食いしばり、拳を固く握りしめた。


 それでも、なんとかギリギリのところで堪え、奴に攻撃しても居場所がばれない位置にまで移動しようとする。


 そんな俺に見せつけるように、奴は次々と大爆発を起こして、辺りの民家を片っぱしから破壊していく。


 俺は身を引き裂かれそうな思いで、その様子を目に焼き付けた。


 やめろ……やめろよ! 中には、人がいるんだぞ!


 直接自分たちが狙われていることに気付いた人々が、我先にと家を飛び出して、大慌てで逃げ始めた。


 奴はその光景を楽しそうな声で笑い飛ばしながら、赤子の手を捻るように簡単に人々を爆殺していく。


 周囲は燃え盛り、死の匂いが立ち込めていた。殺された者の死を嘆く余裕すらなく、人々は奴からただひたすらに逃げることしか出来ない。


 わなわなと、怒りで身が震える。


 今すぐにでも、奴に思い切り魔法をぶち込んでやりたい!


 でも、それは出来ない。攻撃を焦るな。家が壊されて視界が開けてしまった。まだ移動しなければ、奴に居場所がばれてしまう。





 やっと攻撃可能な地点まで辿り着いて女に変身した私は、すかさず魔法を打つ態勢に入ろうとする。


 だけど、私はそこでとんでもないものを見つけてしまった。




 ――ちらりと、見覚えのある子供の姿が視界の端に映ったんだ。




 あの子は、まさか。いや、間違いない。


 祭りの初日にファルモを取ってあげた、小さな男の子だった。


 その子が、一人だけ完全に逃げ遅れて泣いていたんだ。


 それを見たとき、胸中に突如として抑えの効かない感情が込み上げてきた。


「はははははは!」


 高笑いする奴の声が聞こえ、奴が魔法を使おうとする際の魔力の高まりを感じたとき、ついにその感情が理性を軽く凌駕してしまった。


 気付けば、私は奴の目の前に飛び出していた。


 考えなんてなかった。居ても立ってもいられなかった。身体が勝手に動いてしまったんだ。


「やめろ! もうやめるんだ!」


 奴は私の姿を認めると、嘲けるような笑いを浮かべた。

 

「くっくっく。馬鹿だぜ! 本当に出てくるとはなあ! あのまま遠くで攻撃するか、さっさと逃げりゃ良かったのによぉ!」


 姿を見せたことで、あの子を含めた人々への攻撃がとりあえず止まった。そのことが私の頭を幾分冷やしてくれた。


「見てられなかったんだ。散々好き勝手しやがって!」

「はっ! とんだ甘ちゃんだな! で、その甘さが――命取りになるわけだ」


 私は奴を睨みつけた。


「私は、お前を許さない」


 それを聞いた奴は、まるで面白い冗談でも聞いたかのように爆笑し始めた。


 何が可笑しい。


「許さないだぁ!? はっははははは! 傑作だな、おい!」


 そして奴は、笑うのを突然止めると、ドスの利いた声で言ってきた。


「――このオレが、てめえのようなガキに許される必要がどこにある?」

「必要かどうかなんて関係ない。ただ、許さないと言ってるだけだ!」

「そういうのはなあ、力のあるヤツが言わねえと滑稽でしかねえんだよ。力のないヤツァ、ただ蹂躙されるしかねえ。それが、この世の真理だろうが」

「滑稽だろうが、真理だろうが、私はお前のことなんて認めない」


 私は男に変身する。奴の爆発魔法が来たとき、避けられるように。


 俺の変身をまじまじと見た奴は、いらついた様子で言った。


「ころころ姿を変えやがって。おかしなヤツだぜ。なにもんだよ、てめえは!」

「何者かなんて、自分でも知るかよ」


 己の運命にまだまだ納得出来ていないくらいだ。


「はっ! そうかよ! じゃあ、そのまま死ねや!」


 俺と奴は、互いに睨み合ったまま対峙する。


 奴の前に出てしまったことで、形勢は一気に厳しくなった。それでも、絶対にこいつには勝たなくてはならない。


 短期決戦しかないだろう。長引けば、それだけ奴に有利だ。こっちはもう魔力も少ないし、気力の消費も激しい。どちらかが切れたとき、俺の命運は尽きる。


 攻撃を読むんだ。奴の一挙一動を見逃すな。


 周りの空気が緊張する。


 爆発が来る。


 横へステップすると、やはり俺のいた場所に大爆発が起こった。


 爆風の直撃を避けながら、瞬時に女になって、魔力消費の少ない風魔法を放つ。


『ラファルス』


「おせーよ!」


 六本の風の刀身は、全て奴の身体すれすれでかわされてしまう。


 当てられはしなかったが、しかしただでは転ばなかった。


 奴はこれまでも何らかの加速魔法を使っていた。それが何だったのかわからなかったけど、今の攻撃で推測がついたのだ。


 アーガスの重力魔法と、魔力の雰囲気が似ているのをしっかりと確認した。


 きっと時空魔法だ。奴はおそらく時空間を直接弄ることによって、実質的に加速の効果を得ているに違いない。


 私は男に変身して、白く輝く気剣を出すと果敢に斬りかかりにいった。


「おっと! させねぇよ!」


 奴を中心に、爆風が巻き起こる。


 くっ! あんなものを食らえば、一たまりもない。


 俺は慌てて飛び退くしかなかった。




 攻撃の爆発魔法に、移動・回避の時空魔法。そして、防御の爆風魔法。


 どうやら奴が使うのはこのたった三つだけだったが、そのどれもが強力で非常に厄介だった。


 おそらく奴は、この三つの魔法を徹底的に磨き上げた爆殺のエキスパートなんだろう。


 爆発で常に狙われ、魔法を撃てば避けられ、接近して気剣で斬ろうとすれば爆風を起こされてしまう。


 付け入る隙がない。俺には、奴を倒す手段が見つからなかった。




 短期決戦の望みとは裏腹に、状況は次第に膠着していく。


「はっはあ! 疲れが見えるぜ。くたばるときが、近づいてきたようだなぁ!」


 どうにか直接爆発には当たらずに済んでいるものの、完全にかわしきれず、爆風に揺られてよろめくことも増えてきた。


 俺の精神力も体力も、もう限界に近かった。


 それでも、諦めずに勝機を見出そうとしていた。


 奴が爆発魔法を使った直後だけは、一瞬の隙が出来る。そこさえ突ければ。奴が爆風を展開する前に接近出来れば。


 だが、どうやってあの爆発魔法に対処すればいい? 奴は俺が攻撃を避けながら奴に突っ込むことが出来ないように、巧みにそれを操っている。


 俺はこれまで爆発に対し、奴に対して後ろに下がるか、横に逃げることしか出来なかった。もし前へ進めば魔法が直撃するような、そんな絶妙な位置で爆発を起こしてくるからだ。


 俺は奴の攻撃をかわしながら必死に考え続けた。


 どうする。どうすればいい。どうすればあのとてつもない威力の爆発魔法を――



 

 ――とてつもない、威力?





 そのとき、俺に電撃が走った。


 そうか。


 発生が早く、連発可能で、威力も凄まじいあの魔法にも、欠点があることに気付いた。


 爆発魔法は、威力があり過ぎるんだ。


 近過ぎれば、奴自身をも巻き込んでしまうほどに。


 その証拠に、奴はこれまで自分のごく近くでは爆風魔法だけを使い、爆発魔法の方は一切使わなかったじゃないか。それは、単に使わなかったんじゃない。使えなかったんだ。


 ならば。一発でも爆発を潜り抜け、奴に近づくことさえ出来れば。そうすれば、何度も爆発魔法を連発されることはない。


 魔法の切り替えには少し時間がかかる。直線距離で近づけば、奴には爆風魔法を使う時間の余裕もない。


 ――これしかない。


 俺は命を賭ける決断をした。


 女になると『ファルスピード』をかけ、奴がギリギリ爆発魔法を使えそうな射程に位置取る。


 奴が爆発魔法を準備し、もう撃つというところで。


 私は逃げることなく、まっすぐ奴に向かって突撃した。


 すぐ前方で大爆発が起こる。


 当然、直撃コースだ。男なら間違いなく、ここで命を落とすだろう。


 でも、たった一発。それだけなら、私の残った魔力を全てつぎ込めばなんとかなるかもしれない。いや、なんとかしてみせる!


 守護の風。私を包め!


『ファルアーラ』


 風のベールが全身を包み込む。


 直後、凄まじい熱波が身を襲った。


 視界が、炎に包まれる。


 身体中が焼けるように熱い。実際、焼けているんだ。


 だが、通常なら五体を跡形もなく消し飛ばすほどの強烈な爆風そのものは、身を包む風が弾き、どうにか守り切っていた。


 そして爆発が収まり、視界が開けた。


 身を焦がしながらもなんとか耐え切った私は、奴の目前に抜け出していた。


 まさか爆発に正面から飛び込み、生き残ると思ってはいなかっただろう奴は、驚きに顔を歪ませた。


「なにいっ!?」

「これで――」


 男に変身しつつ、奴の懐に入り込む。気剣が当たる至近距離まで、ようやく到達した。


「――俺の距離だ!」


 俺は左手から気剣を出すと、それに最大限の気力を込めた。白い刀身はさらに強く光り、眩いばかりの青白い輝きに包まれた。


『センクレイズ』!


 高度に気を密集した強力無比な一撃は、奴の右肩にがっちりと食い込んだ。


 奴の鎖骨ごと切断し、左腰まで斜めにバッサリと斬り裂いていく。


 そのまま、俺は奴の身体を抜き去って走り抜けた。





「う、うぐ……!」


 俺は傷口を抑える奴に振り向いて言った。


「その傷じゃもう戦えないはずだ。出血多量で危なくなる前に、大人しく降参しろよ」


 奴は黙り込んだ。一体、何を考えているのだろうか。


 訝しんでいたそのとき、奴は突然行動を起こしたのだった。


「………………オラァ!」


 なっ! 爆発!


 不意打ちだった。


 咄嗟にかわそうとしたが、気力すらほとんど失っていた俺は完全には避け切れなかった。爆風にもろに煽られて、近くの家の壁に頭から叩きつけられて倒れてしまう。


 う……


 すぐに起き上がろうとしたが、ダメだ。身体が言うことを聞かない。


 脳震盪にでもなっているのか。立ち上がることが、出来ない……!


 奴はふらふらになりながらも、倒れることなく二の足で立っていた。


 奴は、倒れている俺に歩み寄りながら言った。それは軽蔑するような口調でも、いらついたヤクザのような口調でもなく、真に敵と認めた者に対するような、真剣な言葉だった。


「てめえは……やっぱり甘ちゃんだな。うっ……確かに、効いたぜ。認めてやる。力は、あるようだ。だが、これじゃ死なねえよ。このくらいの傷なら、焼いて塞げる」


 なんて、ことだ……


 奴は続ける。


「いいか、小僧。戦いってのはなあ、止めを刺さないと終わらねえんだよ。てめえはオレを殺すまいと、無意識に手加減しやがった。そのせいで、見ろ! 勝てたはずなのに、オレが立ち、てめえはその体たらくだ! 言ったよなあ? その甘さが、命取りだってよぉ!」


 奴の言う通りだった。


 俺が、甘かったせいだ……!


 奴をきっちり倒しきらなかったから。


 ――きっと俺は、こんな奴でもどこかで殺したくなかったんだ。


 だから、仕留められるはずの攻撃が少し甘く入ってしまった。


 そして、こんな事態を招いてしまったんだ……!


「じゃあな! やっと、殺せるぜ!」


 俺は後悔を噛み締めながら、死を覚悟して目を瞑った。


 ごめん、アリス。


 生きて帰るって約束、守れなかった。






 ところが――


 俺に止めを刺す一撃は、いつまで経っても来なかった。


 目を開けてみると――


 ――そこには、驚愕に包まれた奴の顔があった。


「てめえは……! なぜ、てめえがここにいる……! クラム・セレンバーグッ!」

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