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フェバル保管庫  作者: レスト
剣と魔法の町『サークリス』 前編(旧)
31/144

21「星屑祭三日目 コロシアム襲撃 アーガスの意地とユウの覚悟」

 周囲は騒然とし、もはや試合どころではなくなっていた。


 観客席に紛れ込んでいた何者かたちが、一斉に剣を取り出し、あるいは魔法を使い始め、次々と人々に襲いかかっていく。


 逃げ惑う者。泣き叫ぶ者。恐怖で我を失う者。誰かを殺された怒りに狂う者。


 血飛沫が至る所で飛び散り、断末魔があちこちから聞こえてくる。


「あ……あ……」


 目を覆いたくなるほどの惨状に、私はショックから放心してしまっていた。


 一人だけ、どうやら格の違う男がいた。がたいが良く、全身からギラギラしたオーラを放っていたそいつは、次々とおそらく魔法による大爆発を起こし、逃げ惑う人々を蟻を潰すように容易く殺していった。


 その様子に躊躇など全く感じられなかった。むしろ至極楽しそうにやっていた。まるで、悪魔のようだった。


 ひどい……ひどすぎる……!


 あまりに理不尽で惨たらしい殺戮に、恐怖や驚愕を通り越して、段々と怒りを感じ始めていた。



「――い、おい、ユウ!」

 

 アーガスの声に、心を呼び戻される。


「しっかりしろ! オレたちだって、狙われてるんだぞ!」

「あ、うん……」


 我に返った私の様子に少しほっとした顔を見せた彼は、辺りを見回すと歯をぎりぎりと食いしばって怒りを滲ませた。


「誰だか知らないが、酷いことをする……!」

「本当だよ……! なぜこんなことを……!」

「全くだ。それにやり方が狡いぜ。奴ら、有力な選手が襲撃の際邪魔しにくいように、オレたちが試合で消耗するこのときを待ってやがったんだ!」

「くそっ! なんだよそれ!」


 私は怒りに打ち震えた。


 そんな私を見据えながら、アーガスは言った。


「ユウ。オレは被害を抑えるために、奴らを出来るだけぶっ倒してくる」

「私も手伝うよ。こんなの見てられない!」


 だが、彼は私の同行を認めてくれなかった。


「いや。お前はダメージが大きい。お前は早く外へ逃げろ。奴らとは、オレ一人でやる」

「何言ってんだよ。一人じゃ危険だ。私も行くよ!」


 必死に頼むが、彼は首を横に振る。


「ダメだ。ふらふらのお前じゃ、かえって足手まといになるだけだ」

「けど!」


 アーガスだって魔力を相当使ってるし、ダメージだって全くないわけじゃない。一人に任せてもしものことがあればと思うと、どうしても心配だった。


 それに、私だってまだまだちゃんと戦える。試合を続けられた程度には。私が立派な戦力になることくらい、彼だってわかってるはずなんだ。


 なのに。どうして。


 彼は、頑として意見を曲げなかった。


「大丈夫だ。オレの強さはよく知ってるだろ?」

「それは、もちろんだけど……」

「だろ? それに、すぐに魔法隊の応援も来るさ。いいからここは任せとけ」


 そう言って、彼は私に背中を向けた。


 どうしても納得できなくて、私は彼の肩に手をかけようとする。


 けれど、彼の頼りがいのありそうな大きな背中を見たとき、私はふと彼の気持ちがわかったような気がした。


 伸ばそうとしていた手が、止まる。


 男は背中で語ると言うけれど、何も語らぬその背中が、何よりも雄弁に彼の本心を語ってくれた。


 それはきっと、自分が男で、目の前の人が女だったならそうするだろうという単純な答え。だけど、私が女に染まっていたがゆえに、中々気付けなかった答えだった。


 アーガスは、私に気を遣ってカッコつけてるんだ。私の怒りもわかっていて、けれど女の私に危険な真似はさせたくないと。だから一人で私の気持ちの分まで背負ってやると、そう言ってるんだ。


 ――その意地を無下にしてしまうことは、彼の男としての矜持に泥を塗ってしまうことになる。


 ここは彼の強さを信じよう。そう思った。


「わかったよ。でも、気をつけてよ」

「――おう」


 彼は振り返ることなく返事をした。そして全力の『ファルスピード』を展開すると、敵の多い場所へと一直線に向かっていったのだった。





 ――よし。私もさっさと逃げよう。

 

 そう考えて動き出そうとしたところで――はっとした。


 突然の事件に混乱して、何よりも大事なことが頭からすっかり抜け落ちていたことに気付いたんだ。




「そうだ! アリスは!? アリスは、どこにいるんだ!?」




 慌てて彼女がいたはずの場所を見たが、そこは――


 ――既に瓦礫と血に塗れた場所と化していた。


 まさか。アリスはここで――


 そんな想像をしてぞっとするが、すぐにその考えを頭から振り払う。


 いや。まだそうと決まったわけじゃない。


 彼女なら、きっと無事なはずだ。


 とにかく、早く探さないと!


 私は必死で観客席に目を凝らした。


 私がこんなに焦っているのには、理由があった。


 今のアリスは、全く魔法が使えない。だからもし敵に襲われでもしたら――彼女はきっと対処できない。



「ユウーーー! どこにいるのーー!?」



 そのとき、後ろの方からかすかに彼女の声が聞こえたような気がした。


 振り向くと、遠くには私を呼ぶアリスの姿が映った。


 よかった……無事だった。


 ひとまず胸を撫で下ろす。


 どうやら私のことを心配して、闘技場の中に降りてきていたみたいだ。


 だが、ほっとしたのもつかの間。


 私は愕然とする。


 アリスの背後から、何者かが襲いかかろうとしているのが見えた。


 しかも、アリスの方はまだ、気付いてすらいない!


「アリスーーーーーーーーー!」


 私は叫んだ。


「あ、ユウーー! よかった! 無事だったのね!」


 私に気付いてのんきな声を上げた彼女に対し、私は精一杯の声を張り上げた。


「後ろだーーーー! 逃げろーーーーーーーーー!」


 言われたアリスが振り向く。そして、やっと自分が狙われていることに気がついた。


 だが、敵は既に彼女のすぐ近くまで迫っていた。


 アリスが、必死の形相でこっちに向かって走ってくる。


 敵は彼女を追いかけながら、攻撃魔法を使おうとしていた。


 それはどうやら闇魔法のようだった。だが、見たこともない発動様式だった。


 くそっ! あの魔法の正体がわからない! 打ち消し方がわからない!


 しかも、迸る魔力の様子から、それがかなり強力なものであることが予想された。



 やめろ……やめてくれ……



 アリスは今、魔法への抵抗力がなくなってるんだ。


 なのに、あんなもの食らったら――


 最悪の予感がした私は、ふらつく身体に鞭打って、全力の『ファルスピード』をかける。


 そして、アリスに向かって全速力で走り出した。


 私が、助けないと! アリスが、危ない!


 だが、現実は残酷だった。


 あまりにも時間が足りない。彼女までの距離が、果てしなく遠い。


 既に敵の魔法は発動直前だった。まもなく、それは彼女に容赦なく襲いかかるだろう。


 ダメだ! 速さが、足りない!


 アリスが――


 このままじゃアリスが、殺されてしまう!


 絶望に身をもがれそうになったとき。


 瞬間、一筋の光明が浮かんだ。


 ――そうだ。




 変身すれば。




 今すぐ男になって、全力で気力強化をかければ間に合うかもしれない。


 でも。


 ここでそんなことしたら、誰に正体がばれるかわからない――


 いや――


 私はそんな下らない保身の気持ちなど、即座に斬り捨てた。


 構うもんか! そんなこと、アリスの命に比べたら、ずっとずっと些細なことだ!


 今この変身能力を使わずに、いつ使うんだ。


 イネア先生と築いたこの力を、いつ使うんだ!


 ――アリスを、殺させはしない!


 絶対に助けてみせる!


 変身!


 一瞬、全身に電流が流れるような感覚と共に服が換装され、ほんの少し目線が高くなる。


『身体能力強化』!


 俺は即座に身体能力を限界まで強化し、女のときよりもさらにグンと加速する。


 敵の魔法が発動する。それはブラックホールのように周りのものを吸い込みながら、逃げるアリスへと迫っていた。


 間に合え!


 俺は全速力で、一足早くアリスの元へと到達する。


 変化した俺の姿を見て酷く驚いた顔をしている彼女に構わず、即座に抱きかかえた。


 そして急いで横へと蹴り飛ぶ。


 直後、敵の魔法は俺とアリスがいた場所を近くの砂地ごとごっそりと抉っていった。





 着地すると、俺は抱えていたアリスの無事を確認して、心の底から安堵した。


「よかった……間に合ったっ……!」

「ユウ……あなた……」


 アリスは驚きで目を見開いていた。何がどうなってるのかわからないという感じだった。


 そんな彼女に、俺はついに真実を告げる。


「――今まで黙ってて、ごめん。実は俺も、あのユウと同じユウなんだ」


 だが、どうもたった一言では要領を得なかったらしい。彼女は首を傾げた。


「え……それって、どういうこと……なの?」

「説明したいけど、今は時間がない。後でちゃんと話すから。とりあえずここで待ってて欲しい」


 そう言って、彼女を地面に降ろす。


 アリスは少し考え込むそぶりを見せてから、渋々といった様子で頷いた。


「わかった。でも後できっちり説明してね!」

「もちろん」


 それから、アリスはなぜかほんの少しだけ顔を赤くして言った。


「あ……あと、ありがとう。助かったわ」

「うん」


 ――さてと。


 俺は振り返ると、左手から白く光り輝く気剣を放出した。


 向ける先は当然、大切な友達の命を脅かしてくれた野郎だ。


「おい、お前。アリスに手を出して、無事で済むと思うなよ」

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