20「星屑祭三日目 白熱の決勝戦 ユウ VS アーガス」
試合が始まると、アーガスは不敵に口角を吊り上げて言った。
「どう仕上げてきたのか見せてもらおうか。かかってこいよ」
「ああ。言われなくても見せてやるさ」
相手はあのアーガスだ。持てる全てをぶつけなければ、勝負にすらならないだろう。
今まで魔力の消費を抑えるために使わなかったけど、この試合では常時アレをかけておくべきだろうと思った。
加速しろ。
『ファルスピード』
風の力を身にまとって、私は素早さを大きく上げた。
「早速それか。ならオレも」
アーガスの身体にも風の力が宿ったのが様子からわかった。どうやら彼も同じ『ファルスピード』を使ったみたいだ。
これで速さは互角。
魔法の範囲や速度に対し、身体の動きが鈍かった今までの相手は、魔法を直接避けることはほぼ不可能だった。彼らは、もっぱら魔法をぶつけて打ち消すことで魔法に対処するしかなかった。
だが、今度の状況は全然違う。お互い考えて打たないと、魔法は簡単にかわされてしまうようなスピードだ。
これまでの試合のように足を止めての魔法の打ち合いではなく、お互い激しく動き回りながらの戦いとなるだろう。それはこの試合が、今までのどの試合とも本質的に異なる展開となることを意味していた。
よし、行こう。まずは小手調べだ。
火炎の速球。
『ボルケット・ショット』
威力を多少犠牲にスピードを上げた火球を、アーガスに向かって放つ。
「よっと」
だがいくら速いとは言っても、不意打ちでない以上、それはやはり容易く避けられてしまう。
そこで私は、彼がかわしたばかりのタイミングを見計らって、火球を分裂させた。
『スプリット』
火の球は、いくつかの小球にわかれて飛んでいく。うち一つは、身をかわしたばかりの彼に直撃のコースだった。
しかし、彼は冷静だった。
「発想は悪くないが、一つ一つの威力が弱いぜ」
彼は実力者らしく最小限の水魔法で、彼に向かって飛んでいたその火球をかき消してしまう。
だが、そんなことは想定内だ。私は構わず攻撃を続けた。
「まだまだいくよ」
『ボルケット・ショット』
ショット。ショット。ショット。ショット。ショット。
何発も何発も、次々と同じ魔法を彼に向けて放っていく。そして分裂させていく。
彼はその全てをかわし、あるいはいなした。
「つまんない攻撃だな」
「いや、周りをちゃんと見てみなよ」
「――ほう」
私の言葉に従って周囲を見回した彼は、少し驚いたようだった。
そう。私は何も考えなしに火球を打ちまくっていたわけではない。アーガスに消されなかった分の小球は無駄にせず、彼の周りを包み込むように大量に待機させていたのだ。
「で、どうする気だ」
「――散らばった無数の火の球は、風に包まれて一つの形になる」
巻き上がれ。炎の竜巻。
『ファイアトルネード』
私は風魔法で強烈な竜巻を起こした。それはたくさんの火の球を巻き込んで、強力な炎の竜巻を形成する。そしてそれを、中心にいるアーガスに向かって徐々に狭めていく。もちろん逃げ場など存在しない。
「なるほど。そうきたか!」
嬉しそうに笑った彼は、だがしかし全く慌てた様子ではなかった。
すると彼を中心として、私が作り出した竜巻とは逆回転の強烈な旋風が巻き起こった。それは、いとも簡単に炎の渦を内部からかき消してしまったのだった。
彼の私以上の強大な魔力によって為せる力技だった。
残念。有効打にもならなかったか。
落胆する私の気持ちを察したのか、アーガスは慰めるような調子で言った。
「いや、中々だったぜ。このオレに初めてまともな魔法を使わせたこと、褒めてやるよ」
「本当?」
「ああ。この一か月、きちんと準備して来たようだな。褒美に少しだけ、本気を出してやるよ」
「その言葉を待ってたよ」
どうせならいつもの訓練モードのような彼ではなく、もっと本気を引き出して思い切りやりたいと思っていたんだ。だからその言葉を聞いた時、彼に認められたような気がして嬉しかった。
「ただ、あっさり決着つくと面白くないな」
そう言って、彼は少しの間思案顔をしていた。そして、何かを閃いたような顔をして一人で頷く。
「――よし。ハンデとして、オレは魔法の宣言をしてやるよ」
「いいのかな。そんなことして」
宣言をするということは、どんな魔法がいつ来るのか相手にわかってしまうということである。サービスもいいところだった。このあまりに自信過剰とも思える彼の発言に対して、さすがに首を傾げてしまう。
「いいんだよ。それくらいで丁度良いだろ」
あくまで彼はそう主張した。何だかその鼻っ柱をへし折ってやりたい気分になってきた。
「あんまり舐めるなよ。その余裕の面、剥がしてやるからな」
「へっ。やってみろ」
彼は地面に向けて手をかざすと、宣言した。
「現れよ。砂の魔像。『ケルエンティオ』」
すると彼の真下から、徐々に砂の像が盛り上がっていった。それはみるみるうちに人のような形を成していく。
会場から大きな驚きの声が上がる。
やがて出来あがってみれば、それは優に五メートル以上はあろうかという巨体と、金剛像のような堂々たる雄姿を誇っていた。
彼はその像の肩の辺りに乗っていた。
「魔力を与えたこの魔像は、鉄以上の強度を誇る。危ないから叩き潰さないように攻撃はしてやるが、一撃でもまともにもらえばおしまいだ。いくぞ」
魔像の巨体から、砂地を少々抉りつつ、地面と平行にパンチが繰り出される。大きさゆえにその動作は一見すると人間のそれと比べてゆっくりであるように見えるが、実のところはかなり速かった。
私は身を翻し、辛うじてその攻撃をかわした。
しかしそれだけでは終わらず、返す腕による薙ぎ払いが迫って来る。
私は地面を強く蹴り、バック宙でその腕を飛び越えた。
私のすぐ下を腕が通過するのを見ながら、危なげなく着地する。このあたりの軽やかな身のこなしは、男のときにこなしてきた修行が生きていた。
とりあえずほっとしたが、休んでいる暇はなかった。即座に構えて魔法を放つ。
切断しろ。水刃。
『ティルカ』
私の前の何もない空間から極細いレーザー状の超高圧水流が生じ、直線的に飛んでいった。狙うのはもちろん砂の魔像だ。
イメージとしてはウォーターカッターに近い。強力なやつだとダイヤモンドすら切れるらしいけど、まあそうしてやるくらいの気持ちで打てば、いくら魔力のこもった固い砂と言えどもひとたまりもないはずだ。
切り刻んでやる。
だが、アーガスは余裕の表情を崩さぬままだった。
「そう簡単にいくかよ。跳ね返せ。『アールレクト』」
攻撃が届こうかというところで、魔像の目の前に光の壁が展開された。水の刃はそれに当たると、威力はそのままに、なんと方向を真逆に変えて私の方へと向かってきた。
カウンター魔法だ!
私は咄嗟に身を伏せて水流を回避する。
私の頭上を通過していった『ティルカ』は、闘技場の壁に到達すると、そこに見事な細穴を開けてしまったのだった。
うわ……わかっていたけど、我ながら容赦ない威力だ。危なかった~。
「おい。よそ見してると死ぬぜ」
はっと気が付くと、すぐそこに魔像が迫っていた。
逃げようとするが、時間がない。
仕方なくほぼ伏せた状態のまま地面を蹴ったが、あまり勢いは付かず、転がるので精一杯だった。直後、私のいたところを魔像の足がさらっていった。
転がる私に、手と足とで畳み掛けるような連続攻撃が襲ってくる。対する私は避けるのに精一杯で、中々体勢が整わない。
たまらず言葉を漏らした。
「ちょ、ちょっと待って!」
「勝負に待つもくそもあるかよ」
当然、攻撃は続行される。やがてどうにか立つことは出来たが、闘技場の壁際まで追いつめられてしまった。
今度は、逃げ場がなくなってしまったのは私の方だった。
大ピンチだった。
だが、この状況は最大のチャンスでもあることに私は気付いた。
私は魔像をギリギリまで引きつけると、腕が迫ると同時に、風魔法を使ってふわりと飛び上がった。闘技場端の壁の上に乗り、そこからまだ戻り切っていない魔像の腕の上に飛び乗った。
そして、その場に両手をついた。
やることは、一つだ。
砂よ。元に戻れ!
『魔法解除』
私が魔力を流すと、砂の魔像はその形を維持出来なくなって、崩れるようにして消えていった。
観客から盛大な拍手が上がった。そのことに少し気分を良くする。
崩れゆく魔像からさっさと飛び降りたアーガスは、感心したように言った。
「解除するとは。本当にやるじゃないか」
「余裕の台詞、どうも。で、またあれをやるつもり?」
正直、またあれをやられると大変だ。だが今ので攻略法はわかったし、きっとなんとかなるだろうとも思うけど。
アーガスは、首を横に振った。
「いや、あれはまあ遊びみたいなもんだしな。観客に見栄えが良いだろ」
からからと笑う彼。
そう言えば、彼は結局魔像を使っている間に他の魔法はほとんど使わなかった。確実に使える上に、使えば私をもっと効率良く追いつめられたにもかかわらず。
そこで、ようやく今まで遊ばれていたことに気付き、少しむっとしてしまう。こっちは結構真面目にやってたんだぞ。
「本気って言わなかったっけ」
「少しだけって言っただろ」
「ちぇっ。嫌みな奴だな」
「あー、わかったよ。今度こそ本気だ。もっと凄いやつを見せてやるさ」
「へー、それは楽しみだね!」
軽口を叩きながら存分に戦うこの時間。
私は心の底から楽しかった。アーガスも本当に楽しそうな顔をしていた。
そんな楽しそうな空気が伝わったのか、会場のみんなもまた純粋に試合を楽しんでいる様子だった。会場は、熱くも清々しい雰囲気で満たされていた。
アーガスの顔つきが少し真剣なものに変わる。
「火、雷、水、風、土、氷、光、闇。代表的な八つの魔法の属性だ」
「それがどうしたんだ」
「――ユウ。今からお前に、上位魔法の素敵な八重奏をお見舞いしてやろう」
私はごくりと息を呑んだ。
彼はさっき言った順番通りに上位魔法を次々と唱え、待機状態にさせていく。まだ何も発現していない、各属性の特徴的な色を持ったシンプルな大球(そこから魔法が飛び出す)が、一つずつ現れていく。
その隙のない流れるような詠唱速度と、各属性魔法の完璧と言っても良いほどの精度に、私を含め会場の誰もが驚嘆していた。
『ボルアーク』
『デルバルト』
『ティルオーム』
『ファルヴァーン』
『ケルマスカ』
『ヒルオーム』
『アールリオン』
『キルベイル』
間もなく、上位魔法八属性の球が揃い踏みする。それらは、主であるアーガスの周りを取り囲むようにして、くるくると浮かんでいた。
その光景に、不覚にも祭りの夜に灯る七色の魔法灯が思い起こされた。綺麗だなと思ってしまった。
しかし、現実にはこれらの魔法は見世物ではなく、いや、観客にとっては美しい見世物に違いないし、もしかしたら彼もそのつもりでやってるんだろうけど、恐ろしいことに矛先は全て私に向いているのだった。
まさに、圧倒的。
いやいや……こんなの全部食らったら、間違いなく死んでしまうって!
私は背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
そんな私の気持ちを汲み取ったのか、アーガスは憎らしいほどクールなスマイルを浮かべてこう言ったんだ。
「心配するな。途中で倒れたらちゃんと止めてやるからよ」
「やるしかないのか……」
「ああ。いくぜ!」
八つの絶望が、闘技場を埋め尽くすようにして迫る。
特にやばそうなのは、火傷してしまう『ボルアーク』、凍傷の危険がある『ヒルオーム』、打ち消し方がわからない『アールリオン』と『キルベイル』だと咄嗟に判断する。この四つだけでも、なんとか避けなければならない。
私はまず、『ティルオーム』と『ボルアーク』を、それぞれ『ボルアーク』と『ヒルオーム』に放って打ち消した。それだけで遠くから打ち消すのは時間的に精一杯だった。
それから、『アールリオン』と『キルベイル』の来る方向は、なんとかこのスピードを生かして回避する。
これであと四つ。危なそうなのはなんとかしたが、もうどうにかする余裕がない。
どうせ全ては避けられない気がしたので、ならばと、私は一番大したことがなさそうな『ティルオーム』に、『ラファルス』を放ちながらあえて突っ込んだ。
『ラファルス』によって多少威力こそ落ちたものの、あまりの水流の激しさに、意識を持って行かれそうになる。
そこに、加えて『デルバルト』が襲来。
アリスとミリアも用いた、水と雷の相乗効果による、激しいショックが私を襲った。
「うあああああああああああああーーーー!」
だが、二人の全力の合わせ技とは違い、二つともごく普通の上位魔法として放たれていたことが幸いした。威力があれほどではなかったんだ。
私は痛みに叫び、よろよろになりながらも、なんとか倒れることなく水流を突き抜けることに成功した。
しかし、攻撃はまだ終わらない。
残った猛風の刃『ファルヴァーン』と、巨大な岩『ケルマスカ』が、すぐそこまで迫っていた。
風魔法好きとして、ここで『ファルヴァーン』に打ち負けるわけにはいかない。私は慣れた最速の手順で、風と水の合成魔法を唱える。
行け!
『ハリケーン』
もちろんモデルは名前そのままだ。本物ほどの威力は全然ないけど、それでも強力な魔法の一つである。
『ハリケーン』が二つの魔法とぶつかる。
それによって『ファルヴァーン』の方はなんとかなったけど、『ケルマスカ』の威力は削ぎ切れなかった。
目前に、大岩が迫る。
私はそいつに激突して、激しく吹っ飛ばされた。咄嗟に受け身はとったが、まるで車の交通事故にでも遭ったかのような衝撃が私の全身を襲う。
目まぐるしく景色は移り変わり、何度も砂地をバウンドして私は倒れ込んだ。
かなりふらふらする。身体中が軋むように痛い。
軽い血反吐が出た。少し中をやられてしまったらしい。
気がつくと、激しい魔法の応酬によって視界は著しく悪くなっていた。私たちの姿を確認出来る者はほとんどいないだろう。
私もアーガスがどこにいるかわからなくなっていた。
だがそんなときは、特訓のときにミリアに教えてもらったこの魔法が役に立つ。
見通せ。
『アールカンバー』
光のベールが包むと、一気に視界が晴れ上がった。
するとアーガスの方も、何らかの方法で私のことを視認しているのか、しっかりと私の方を向いているのがわかった。
彼は、自分で思い切りやっておきながら、少し心配そうに声をかけてきた。
「どうだ。もう無理そうか?」
「いや。まだだ。まだ、やれる……!」
イネア先生との過酷な修行が、私に痛みに耐える力を与えていた。死にかけたことだって何度もある。それに比べればこのくらい……!
かなりダメージは大きいけれど、私はまだやれる。
よろよろになりながらも、私はどうにか立ち上がった。
アーガスは、驚きと称賛のこもったような声で言った。
「あれだけ食らってまだ立てるのか。本当に大したもんだ。実はな。さすがのオレも、今のはまあまあ魔力を使っちまった」
「え?」
驚きだった。
でもよく考えてみれば、上位魔法を八発も打ったら、私だって魔力の大半を持っていかれてしまうだろうということにすぐ思い至る。
見た目こそ派手ではあったが、実際にはいくらかかわすこともでき、全てに対処する必要がないさっきの彼の攻撃は正直言って無駄が多かった。
魔力をたくさん使うことがわかっていながら、なぜそんな変な真似をしたんだろう?
その疑問は、彼がすぐに答えてくれた。
「いや、一度属性魔法たくさん使って周りを驚かせてみたくてな。少しカッコ付け過ぎたかな」
「おいてめえ」
私はお前のパフォーマンスの道具じゃないんだぞ。こら。
「だが、かなり本気ではあったぜ。これは嘘じゃない」
「そうかい」
悪びれもせずに弁解するアーガスを、私は内心呆れながらじと目で睨みつけた。
「それに、ちゃんと魔力は残してるさ――よし。あれを耐えきったお前に敬意を表して、重力魔法を使ってやるよ。今のお前なら使っても大丈夫そうだからな」
その言葉を聞いて、私は嬉しかった。ついに、アーガスが重力魔法を使う。試合前から彼にそうさせることをずっと目標にしてきた。
「今度こそ、本気の本気ってことでいいのかな」
「ああ。期待してくれ」
視界は未だ晴れず。
私たちの戦いは、次のステージに突入する。
「加重せよ。『グランセルビット』」
彼がそう言うと、私に強烈な重力がかかっていく。体重が何倍にも重くなったような気がした。
ぐ、重い……動けない。立てなく、なりそうだ。
このままじゃまずい。
対抗しろ。反重力魔法。
『グランセルリビット』
すると少しはマシになったが、まだまだ魔法の影響を失くすには程遠かった。
「ほう。だが、無駄だぜ。お前に教えたそれは、初歩の初歩に過ぎない。そらよ」
彼が手をかざすと、さらに重力は強くなる。私の弱わっちい反重力魔法なんか、もはや焼け石に水だった。
「そして、こいつだ。『ボルケット・ダーラ』」
上から巨大な火の玉が、重力によって勢いを増しながら落ちてくる。
迎え打ちたいが、水じゃダメだ。重力のせいで、打ったところで下に落ちてしまう。
風、しかも軽いのをたくさんだ。それならなんとかなるかもしれない。
無数の風の刃よ、あれを蹴散らせ!
『ファルレンサー』
たくさんの風たちが力を合わせて、一斉に火の球にぶつかっていく。
そして狙い通り、なんとかそれを弾き飛ばすことには成功したのだった。
だが、それだけでいっぱいいっぱいだった私に対して、アーガスは余裕綽々といった調子で次の攻撃に移ろうとしていた。
「へえ。なら、こいつはどうだ。引力よ。『グランセルロット』」
私の身体は宙を浮き、吸い寄せられるようにして彼に向かっていく。
「うわああああああ!」
「へっ。体勢が乱れたな。闇の一閃。『キルバッシュ』」
鋭い漆黒の刃が私目掛けて飛んでくる。このままでは直撃だった。
くそ、負けるか!
――重力魔法って名前を聞いた時から、これくらいのことはされると予想していた。
この日のために用意した魔法がある。
初対面でアーガスとぶつかりそうになったとき、私は彼を避けようとして、風で身体を横に倒してしまっただけのことがあった。
あのときの失敗からヒントを得て、考えたこの魔法。
『ファルスピン』
風を噴出することによって、私は空中で身体を捻った。
そして、なんとか彼の攻撃をわき腹に掠らせるだけに留めることに成功する。
「なに!?」
彼は私の予想外の動きに驚いていた。
引力はそのまま働いており、私は彼に急接近していく。
ピンチは転じて、チャンスと化した。
今度はそっちが食らえ。これも、お前のために用意した魔法だ!
絶対凍結領域。
『アブソリュートゼロ』
私は狙った場所を瞬間的に凍結させる、速攻魔法を炸裂させる。
「ちっ!」
アーガスは、魔法を解除して即座にその場を退避したが、わずかに魔法の方が速かった。
彼の身体の一部に、氷が張りつく。
当たった場所は致命的な部分ではなかったが、それでも彼に初めてダメージを与えたという事実には変わらなかった。
よし! やってやった!
私は達成感と、まだまだやってやるという気概に心を満たしながら、アーガスの方を見た。
彼は身体についた氷のうち、剥がしても問題ない部分を剥がしながら、ますます感心したように言った。
「驚いたぜ。こんな隠し玉を持ってたんだな」
「まあね。アーガスの引き出しの多さほどじゃないけど」
彼は、心底楽しそうに笑った。
「いいねえ。ますます面白くなってきたぜ。まだまだオレを楽しませてくれよ」
「もちろん。力の残っている限りやってやるさ」
結構ふらふらで、魔力ももうあまり残ってなかったけど、私はまだまだこの戦いを楽しんでいたい。
そんな風に思っていた。
「よし。次はこいつだ。斥力よ。『グランセルパー……」
ドオオオオオォォォン!
そのときだった。
突然、観客席の方で、とてつもなく大きな爆音が鳴ったのは――
「えっ!?」
「なんだ!?」
アーガスは魔法を中断して、音が鳴った方へと振り向いた。
私も一緒にそちらの方を見た。
まだ闘技場は、見通しの悪い状態だった。
だが、魔法で視界をクリアにしていた私たちには、はっきりとわかった。
わかってしまった。
――観客席の一部が、抉れていたんだ。
そこは、もはや私たちの試合を眺めるための場所ではなかった。
白熱した、楽しい空気に満ちた場所では、なくなっていた。
そこは、死体と血が散乱する、惨劇の現場と化していたんだ――