間話2「ヴェスターと仮面の女」
星屑祭二日目の朝。アリスとミリアは午前中行動を共にするはずであったが……
待ち合わせの場所に、ミリアの姿はどこにもなかった。
「いない……あれー? ミリア、どこ行っちゃったのかな?」
アリスは、一人首を傾げていた。
時は少し遡り。
人気のない通りのさらに路地裏の奥にて、二人の人間が会話をしていた。
一人はあの仮面の女。もう一人は男だった。彼は逞しい体つきをしており、髪の色はオレンジ、年の頃は三十代前半と言ったところだろうか。話している所作から、どうにも粗野な印象を与える人物だった。
彼こそが、ヴェスターその人であった。
星屑祭三日目に起こす事件について、仮面の女は彼にその詳細を話したところだった。
「――と、いうわけよ。理解出来たかしら」
「おう。要は、明日コロシアムでとにかく大暴れすればいいんだろう?」
仮面の女は呆れた様子で言った。
「ちゃんと話を聞いていたのかしら。あなたがそんなでなければ……」
残念そうに吐き出された彼女のその言葉が、どうにも彼にとっては気に入らなかったらしく、彼は突然激昂した。その様子は、とても良い年をした大人とは思えない、まるでチンピラか何かのようなものであった。
「なんだぁおい!? なんか文句でもあんのかよぉ!?」
「……いいえ。あなたの「行動力」は信頼してるつもりよ」
仮面の奥の目が蔑むような冷たい光を宿していることに、ヴェスターは全く気付かない。
「そうだろう。任せとけよ! 部下引き連れて暴れてよぉ、マスターにきっちり戦果報告してやんぜ!」
「期待してるわ」
その言葉には、全くもって期待が込められていなかった。
「ところで――ネズミがいるようね」
そう言って、仮面の女は路地裏の表に通じている側の方を見やる。
すると、初老の男性が姿を現した。
「おいおい。こそこそ盗み聞きはよくねぇなぁ~」
ヴェスターが、残忍な笑みを浮かべた。
男性は、二人に背を向けて目もくれず走り出した。
「くそっ! 仮面の集団め! 何としても、魔法隊か剣士隊に報告を……!」
「させねぇよ」
ヴェスターが手をかざすと、逃げ出そうとして路地裏を抜けたばかりの男の元に、突如大爆発が起こった。
そして彼を、死体すらほとんど残さぬほど跡形もなく爆散させてしまったのだった。
「『コレルキラス』。マスターにもらったこいつさえありゃあ、オレァ百人力よ」
愉悦の表情を浮かべる彼に対し、仮面の女はいらついていた。
「馬鹿ね。殺し方を考えなさい。あんな大きな音を出せば誰かが来てしまうでしょう。早くここから離れるわよ」
「ちっ。へいへい。せっかく人が良い気分だったのによぉ~」
二人は路地裏を進み、どこかへと消えて行った。
事件が起こった瞬間、遠くにはミリアが居合わせていた。
危なかった……
変だったから、何だろうと思って後を付けていたんです。
途中ですっかり見失ってしまいましたが。
その代わり、これが……
もし私が、あの場を覗いていたならば、死んでいたのは――私でした。
腰が、抜けそうです。今の私、どんな酷い顔をしてるんでしょうか。
――何があったのかは、わかりませんでした。
ですが、犠牲者の方が「仮面の集団め!」そう叫んでいるのだけは、辛うじて聞こえました。
――仮面の集団。目的は一切不明。多くが仮面を被り、見たこともないロスト・マジックを使い、破壊活動や遺跡荒らしを行う不気味な奴らです。私の親戚の一家を惨殺した憎らしい連中でもあります。
それにしても、あの爆発は。あの魔法は……
まさか……
まさか、ですよね。
私は、恐ろしい予感を捨てきれないまま、その場を後にしました。
それから一応、魔法隊の方にこの出来事を報告しましたが、詳細がわからない以上、捜査は厳しいものとなりそうでした。結局、仮面の集団によるよくある事件として片付けられることになりそうです。
その報告のせいで、私はアリスとの待ち合わせの時刻に、かなり遅刻してしまいました。彼女には怒られましたが、この話をするとすっかり心配してくれたのでした。