17「星屑祭二日目 さすらいのトーマス」
夜、アリスとミリアにケティ先輩から聞いたカルラ先輩の過去を話した。二人ともカルラ先輩に同情していた。
アリスは『そういうことだったの……』って言ってたけど、事前に何か聞いていたのかな。
翌日。また少し早起きしてしまった私は、さっと入浴と朝食を済ませると、魔闘技個人戦の予選の説明を受けるべく朝から一人でコロシアムへと向かった。
アリスとミリアは、二人で祭りを楽しんでくるらしい。
コロシアムの入口の前には、よく知っている人がいた。私のクラスの担任、エリック・バルトン先生だった。
「バルトン先生。おはようございます」
「ホシミさんか。おはよう」
「何をしてるんですか」
「見ての通り、警備の指揮だよ。本職の方の仕事だ」
そうだった。バルトン先生は確か魔法隊のエリートだったな。
「二日目と三日目はより込み合うからね。人手がかかるからと、配置換えでここの外部の担当を任されたんだ」
「そうなんですか。お仕事、頑張って下さい」
「ああ。ありがとう。ホシミさんは個人戦に出るんだよね。ここからだけど応援しているよ」
「ありがとうございます」
お辞儀をして彼の元を去った。
それからコロシアムの受付のところへ行き、闘技場の中へと案内してもらった。
早めに着いたので最初はあまり人がいなかったけど、説明が始まる時間になる頃には全部で四十人の参加者が集まっていた。途中アーガスも来たので、二人で話していた。
予選はサバイバル戦で、各グループ五人の中から一人ずつ、計八人が三日目の決勝トーナメントへと進むことが出来る。
抽選の結果、運良くアーガスとは違うグループになった。
この結果にはほっとした。どうせなら決勝トーナメントで一対一で思い切りやりたかったからね。
アーガスと別れ、一人でコロシアムを出たところで、
「よう! 少年!」
すぐ後ろから大きな声がした。
気になって振り返ると、背後にはなんとあのさすらいのトーマスがいた。相変わらずの奇抜な恰好だった。
誰を呼んだのだろう。
見回したが、辺りには該当するような人は見当たらなかった。
まさか私じゃないだろうし。
ところが、意外にも彼は私のことを指差してきたのだった。
「だから、あんたのことだぜ。少年」
「私のこと!?」
「そうだぜ! ボーイ」
少年。ボーイって。
完全に私の正体を見抜かれているじゃないか!
どうやって見抜いたんだ!?
今の私は女なのに。この人の前で変身なんてしたはずはないのに。
そんな疑問は、彼の次の台詞によって払拭された。
「なぜ男だとわかったかって顔してるな。単刀直入に言うぜ。俺はフェバルだ。あんたの能力のことは、『星占い』のエーナが来てよ。そいつから聞いたぜ」
フェバルだって!? この人が!?
それに、エーナ。ウィルにやられたと思ってたけど、無事だったのか!?
驚いていると、彼は親指をぐっと自分の顔に向けて得意顔で言った。
「そして! 俺の名はトーマス・グレイバー! 自称さすらいのトーマスだ! 以後よろしくぅ!」
聞いてもいないのに、司会のときのようなハイテンションで勢いのまま自己紹介を押し切られてしまった。若干引いてしまうくらいのノリだった。
彼から右手が差し出される。
「よ、よろしく……」
私も右手を差し出すと、彼の大きくてごつごつした手に力強く握られた。
久しぶりの握手だった。
「よし! ちっと話があるから、人気のない場所へ行くぜ!」
「へ?」
彼は左手で勢い良く私の手を取ると、右手で何やら謎の印のようなものを結んだ。
急に浮遊感が生じたと思うと、私は彼と共に一瞬で知らない場所へと飛んでいた。
辺りは草木一つない荒野だった。向こうには山々がうっすらと見えている。
「ここは……?」
「サークリスから一万二千キロってところだ。言ってみれば、世界の果てみてえな場所だぜ。まだこの世界の人間はこの領域まで辿り着いちゃいねえから、人目を気にすることなく話が出来るぜ」
そう何でもないことのように言うトーマス。
だが本当だとしたら、凄いことだった。実際、全く知らない場所に来ているのは事実だった。
私は目の前の筋肉質の男を驚きをもって見つめた。
何なんだこの人は。イネア先生の転移魔法だってそんな遠くまでは飛べない。
どうやら、彼はここで私に何か話をする気らしかった。
でも、話の前にどうしても尋ねておきたいことがあった。
「お話の前に、一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
トーマスが首を傾げた。
「あんなにたくさん人がいる中で、私のことなんてどうやって見つけたんですか? 目立ったことなんて一切しなかったはずですが」
これは大事なことだった。もし私が気を付けているつもりが見落としていることがあって、それによって私がフェバルであることが見抜かれたとしたら。早々に修正しなければまずいと思ったからだ。知らないところで誰に目を付けられるかわかったものではない。
もちろんイネア先生のように、気を読んで違和感を持たれたのならどうしようもないことだけど。
トーマスは渋ることなく答えてくれた。
「ああ。まず、エーナの能力だな。彼女は何でも占うことが出来て、完璧とはいかないまでも大まかなことはわかるらしいぜ。それで彼女が、あんたがこの辺にいるって言ってたからよ。昨日、司会をしながら様子を見てたのさ。祭りならたくさん人が来るから、もしかしたらと思ってな。そしたら、ビンゴよ!」
そうか。まずは占いによって場所を絞ったと。エーナの能力ってそういうものだったのか。
でも、それだけだとまだ私の特定までは出来ないんじゃ?
そんな私の疑問を知ってか知らずか、彼はすぐに種明かしをしてくれた。
「して、見分け方は簡単だ! 俺の能力は、俺が何しても周りがそれを受け入れちまうってやつでよ! この俺、自分で言うのもなんだが中々イカしたセンスをしてるだろ?」
「は、はあ……」
ガチムチみたいな恰好してるだけじゃないか。こっちから見たらどう考えてもただの変質者だよ。
異世界人のセンスはわからないっていうか。この人が変なだけなのか?
「ただ能力のせいで、普通はこの俺のことをだーれも気にしちゃくれねえんだな。だからよ。この俺にビンビンに感じるどうかを注意深く観察するだけでわかっちまうのさ! 感じた奴は俺のお仲間ってわけだ! 俺の能力は、同じフェバルにだけは効かねーからな」
なるほど。そういうことだったのか。
別に私に落ち度があったわけではないことにひとまず安堵した。
それにしても、何をやっても周りの認識を都合よく変える能力か。凄まじい能力だ。使い方によっては恐ろしいことも簡単に出来てしまうだろう。
一方、私はというと……
私は自分のか弱い身体を見下ろして、溜息を吐く。
その気になれば世界を滅ぼせるらしいウィルの『干渉』とか、何でも知ることが出来るらしいエーナの『星占い』とか、この人の能力とか。なんでこう、他のフェバルの能力はぶっ壊れたのばっかりなんだ。
私の能力なんて、こんなのなのにさ。
確かに気力も魔力もどっちも使えるってのは便利だけど、器用貧乏っていうか。普通は一つ強い力があればそれで十分だろうし、圧倒的な力の前じゃいくら色々出来たところで所詮無力だし。
はあ……こんなとんでもない奴らと、同じカテゴリに入ってしまったんだよな。ちゃんとやっていけるんだろうか。特にウィルの奴には目を付けられてるし……
周りと自分の間に隔たる圧倒的な能力の差に、心が挫けそうになる。
それでも、人は与えられたものでなんとか生きていくしかない。
私はその事実を改めて心に刻み込むと、顔を上げた。そしてトーマスの顔を見て言った。
「よくわかりました。それで、何の用なんですか?」
「いやな。俺がたまたまこの星に着くっていうから、あんたがいるはずだって二つほど伝言を頼まれててよ」
「伝言、ですか」
誰からだろう。
「まず一つ目だ。レンクスってフェバルがいるんだが、知ってるか? そいつがあんたの知り合いだって言うからな」
レンクス。
私は確かにその名前を知っていた。
まさか。
「レンクス・スタンフィールドですか!?」
「ああ。確かそんな名字だったぜ」
衝撃だった。
マジかよ!? あいつ、フェバルだったのか!
レンクス・スタンフィールド。彼は、両親を亡くした私が親戚に引き取られてしばらく経った頃、一時期よく一緒に遊んでくれた金髪の兄ちゃんだった。
不思議な人だった。どこに住んでいるのかもわからないし。外人っぽいのに日本語がぺらぺらで。なぜか赤の他人であるはずの私のことをやたらと気にかけてくれた。
年は知らなかったけど、ちょうど今の私くらいの年齢って感じだったと思う。
あのときまだまだ小さかった私からするとかなり年上に見えたけど、親しみを込めてあいつとかお前って呼ぶくらいには、相当に仲が良かった。
だけどあるとき、彼は旅に出ると書き残して、勝手にいなくなってしまった。別れも言わずに。
『いつかお前も旅に出ることがあったら、そのときはまた会おうぜ』
手紙の最後には、そう書いてあった。
でも、それっきり会わずじまいだった。
私は当時かなり怒ったことを覚えてる。勝手にいなくなるなんて、ひどいよって。怒りが収まってからは寂しさが残って。結構辛かった記憶がある。
その辛さも時とともに落ち着いてからは、時々気になる存在だった。どこかで元気でやってるだろうかって。
でも、そうか。フェバルだったのか。なら、あのときのことは納得出来るよ。
だって、そう言うしかないもんな……
「で、伝言の内容だ。『どうやら旅に出たみたいだな。俺は元気にしてたぜ。遅れるかもしれないが、必ず会いに行くから待ってろ』だそうだ」
そっか。レンクス、会いに来てくれるんだ。
旧知の友人が訪ねて来てくれることを知って、私は心強くもあり、嬉しくもあった。
思わず頬が緩んでしまった私につけこむように、トーマスが言った。
「あとよ、『前から思ってたが、女の子のお前が好みだ』ってよ。確かにその姿、中々可愛いらしいじゃねえか」
彼はからかうようににやりと笑った。
「は!? あ、あ、あいつ、そんなこと言ってんのか!?」
急に顔が火照ってくるような気がした。
言われてみれば。覚えがある。
いくら私が小さくて女の子みたいな見た目だったからと言っても、なんか可愛がり方が異常だったっていうか。
『お前が女の子だったら良かったのにな』
って、にやにやしながらよく言ってたのが鬱陶しかったんだよな。
やっとわかったよ。
あいつ、さてはあのときから、中にこの私を見てたんだな! 私がこうなること知ってて言ってたのか、あのやろう!
今度会ったら絶対に文句を付けてやろうと思った。それに、他にも言ってやりたいことはたくさんあった。あいつが去ってからのこととか、色々と。
全部話してやるから、早く来いよ。
そのとき、トーマスがうっかりしたという感じの顔をした。
「ああ、そうだった! 肝心なことを言い忘れるところだったぜ。『お前がいる世界には、ウィルっていう危ない奴が置き土産を残してるらしいから気をつけろ』とも言ってたな」
またウィルか……
私は、意識したくなくとも度々現れる奴のことに、舌打ちしたくなるような気分を抑えながらトーマスに尋ねた。
「置き土産に気をつけろって、どういうことかわかりますか?」
彼は頷いた。
「ああ。わかるぜ。ウィルの野郎は、フェバルの中でも相当いかれた坊やだからな。退屈凌ぎに世界を潰して回るのが好きなどうしようもない野郎さ」
「世界を潰す!?」
その気になればやりかねないと思っていたけど、本当にそんなことをしているのか!?
驚く私の顔を見ながら彼は続けた。
「あいつな、時々世界が丸々滅亡するような危険因子を残して去って行くんだよ。そいつが何かのきっかけで働いて、世界が滅びるのを観察しては暇を潰してんのさ。ったく、そんな下らないことしたって仕方ねえのによ」
聞いていて胸糞が悪くなるような話だった。趣味が悪いというレベルの話ではない。
だってトーマスの話と、レンクスが言ってたことを合わせると――
下手すると私がいるこの世界が、アリスたちの暮らすこの世界が、滅びるかもしれない。
そういう、ことじゃないか……!
このとき私は、ウィルに対して初めて、恐怖ではなく激しい憤りを感じ始めていた。
ああ。ウィルのことは、確かに怖いさ。それでも興味が私に向いているなら、私だけが怯えていれば済む問題だった。
だが、あいつの恐ろしい力の矛先がこの世界に向かうというのなら、話は変わってくる。
最悪だよ。
あいつの怖さを知っているからこそ。きっとあいつは、確実に世界を滅ぼすような何かを用意しているに違いないという確信があった。
許せない。暇つぶしで、世界を潰すだと?
そんなこと、させるかよ。
あんな奴に、この世界を好きになんてさせてたまるかよ!
気付けば、私は声を張り上げてトーマスに尋ねていた。
「その置き土産、何なのか検討つきませんか!?」
「さあな。そこまでは聞かなかったぜ」
「なら、協力して頂けませんか? その危険因子ってやつを排除したいんです!」
だが、トーマスは首を横に振った。
「やなこった。俺はあくまで傍観者よ。眺めてるのが好きな性分なのさ」
その言葉が信じられなかった。
何が傍観者だ! 何が眺めてるのが好きだよ!
みんなが死ぬかもしれないってわかってて、それをどうにか出来るかもしれない力があって。なのに、どうして何もしようとしないんだ!?
その神経を疑ってしまう。
「どうしてですか!? 力があるんでしょう!?」
強く問い詰める私に対して、彼はやれやれと言った調子でこう言った。
「ボーイ。若いな。確かに俺は、力はあるぜ。だがなあ、俺に人を助ける義務なんかないんだぜ。それに、ちっぽけな世界一つなんてどうでもいいんだよ。もうそういうのは疲れちまった」
「っ……疲れたなんて、言わないで下さいよ! お願いです! 私の、大好きな世界なんです!」
私は必死に食い下がった。
私のちっぽけな力じゃ、どうにもならないかもしれない。けど、私みたいな半端者じゃない、この世の条理を覆すという本物のフェバルの力なら。あいつの魔の手にだって対処出来るかもしれない。そう思ったからだ。
しかし、トーマスは頑として首を縦には振らなかった。
「――大きな力は、使いどころを間違えると世界に歪みを生む。軽々しくは使えねえ。その点、あんたの力はまだまだ小さいようだ。全力でかかっても問題はないはずだぜ」
「……何が、言いたいんですか」
「つまりだ! そんなに言うほど大好きな世界だったら、あんたが自分で守ってみせな! 別に、一人でとは言わねえさ。この世界の人間と力を合わせてよ」
「この世界の、人間と……」
「そうだ。いいか。あんたはこの世界で「暮らしてる」んだ。それを忘れるな。あんたならそれが出来るぜ。だが、俺にはもう無理だ。俺はいつも「いるだけ」だからよ」
彼の意志は固いようだった。
でも今の言葉で、何となく彼の生き方がわかったような気がした。
価値観が違うのだ。
彼は本当に傍観者なのだ。彼は決して積極的に世界には関わらない。
私は彼に協力を求めてはいけないのだろう。そう思った。
「わかりました。何かあったときには、私が何とかしてみます」
「おうよ! その意気だぜ!」
トーマスは豪快に笑った。
「と、話がそれちまったが、伝言に戻るぜ」
「はい」
「もう一つは、エーナからだ。『あなたを救うためだったとはいえ、襲いかかってごめんなさい。今度会ったときは同じ仲間として歓迎したい』だってよ」
そっか。まあエーナは、最初思ってたほどは酷い人ではなさそうだってのは何となくわかってきていた。だから、仲間として迎えたいと言われてもそんなに抵抗感はなかった。
確かに始めに殺そうとしてきたときは怖かったけど。それも後のウィルのせいで霞んでしまった感がある。
ただ。前から気になってるのは「私を救うため」という言葉だった。
ウィルが殺人を止めたってことは、私は殺されていた方が良かったってことになるんだろうけど、どうもその理屈がわからない。
「そうですか。その、救うためだったっていうのが、どうも納得いかないんですけどね」
すると、トーマスは意外だというような顔をした。
「んん? 救うためってのが押しつけがましいのは同意だけどよ。あんた、もしかしてガチの新人か?」
「はい。これが最初の異世界ですけど」
「oh……なんてこったい。じゃあ、まだ知らないのか……」
トーマスが、非常に同情的な顔をした。
「何がですか?」
「あんたなあ……死ねない身体になっちまってんだよ」
「は?」
あまりの事実に、時間が止まったような気がした。