12「星屑祭一日目 ユウ、ぶらぶらする」
初日の朝から町全体は活気に包まれていた。祭に参加するのはこの町の住民だけではなく、首都などから観光のためにやって来る人達も多い。
通りには所狭しと屋台が立ち並んで、客を取り合っている。大小、色共に様々な星飾りが至るところに散りばめられており、見る者を楽しませてくれる。
ちなみに魔闘技のタッグ戦は午後からだ。アリスとミリアは準備のためにと、朝から既にコロシアムに向かっていた。
私はというと、それが始まるまでは暇なので、ぶらぶらと歩きながら祭の雰囲気を楽しむことにしていた。
面白いものはないかと辺りを見回しながら、小さな通りを歩いていたときのことだった。
あれ。子供が泣いてる。
目の前で、幼い男の子が大声で泣いていた。
母親や父親の姿はなく、周りの人も見て見ぬふりという感じだった。
その子の泣き声を聞いていると、胸中が少しざわめいた。
どうしてだろう。子供が泣いているところなんて何度も見たことがあるはずなのに。私は不思議といつもよりも気になってしまった。
なんというか、世話を焼いてあげたくなるような、放っておけない気分になってきたんだ。
私は男の子に近付くと、怖がらせないようにしゃがんで目線を合わせ、なるべく優しく声をかけた。
「どうしたの? ぼく」
「うえーん! ぼくの、ファルモがーー!」
見上げると、ファルモ――まあ風船のようなものであるが、それが木に引っかかっていた。
手を放しちゃったんだろう。それで泣いていたと。祭ではよくあることだけど、かわいそうだな。
「お姉ちゃんが、取ってあげよっか」
「ぐす……ほんと……?」
「うん。ちょっと待っててね」
立ち上がって、ファルモの方を見やる。
さて引き受けたはいいけど、どうしようか。木はそこそこ高いし、よじ登っていくのもだるいなあ。
空を飛ぶのも、目立ってしまうからダメかな。
だったら――そうだな。ファルモを魔法で降ろしてやれば良いか。強い魔法じゃ割れてしまうから――
包め。そよ風。
『ファルリーフ』
ささやかな風がファルモを傷付けないようにそっと包み、木から外してゆっくりと降ろしていった。
『ファルリーフ』は、魔力のコントロールが苦手だった私が、魔法の出力をギリギリまで弱くする訓練の過程で生まれた魔法だ。まあ生まれたとは言っても、発想はありふれたものなのでおそらくオリジナルではない。葉っぱしか巻き上げられないような風だからこの名前にしたわけだけど、案外こんな魔法でも役に立つことがあったみたいだ。
「はい」
地面まで降りて来たファルモを手渡すと、男の子は目を輝かせて、凄く嬉しそうに感謝してくれた。
「わあ、すごい! 魔法使いのお姉ちゃん、ありがとう!」
「どういたしまして。次は、手を離さないように気を付けるんだよー」
「うん! ばいばい!」
男の子は大事そうにファルモをぎゅっと持つと、走っていった。でも、ちょっと走っては振り返り、何度も繰り返し手を振ってくる。
私は、何だか微笑ましい気持ちになってそのやり取りに付き合った。
やがて、男の子は行ってしまった。
ああ。かわいかったなあ。いいなあ、子供って。
ふと、幸せな家庭の情景が心の中に浮かんだ。
子供がいて、夫がいて。二人が楽しそうに遊んでいる。
私はそれを温かい目で見つめる奥さん、で……?
って、私は何を考えてるんだ!?
慌てて脳内の妄想を掻き消した。
はあ……はあ……
――なんでこんなこと考えちゃったんだろう。
少なくとも男のときだったらこんな妄想は浮かんでこなかった。絶対に。
ふう……もう行こうか。ここにいても仕方がないし。
またしばらく歩いていると、魔法書のバザーをやっているのを見つけた。興味が湧いたので見てみることにした。
けれども売っていた本の多くは、学校の魔法図書館に置いてあると記憶していた本が多かった。あそこの蔵書量は凄いんだなと関心したが、残念ながら、目新しかったり興味が引かれるものは中々見つからない。
それでもうろうろしていると、古書コーナーを見つけたのでそちらの方に行った。すると、さすがに知らない本がごろごろと出てきた。
ん。『天体魔法の伝説』か。
私は古くてぼろぼろになった、そんなタイトルの本を見つけた。
何となく内容が気になったので、手にとってパラパラとめくってみた。途中、気になる一節があった。
【この世に、神の化身が現れた。かの者は、天より小さき星を落とし、魔に栄えた王国をたちどころに無へと帰したのである。それは、魔に頼り、傲慢に過ぎた人間たちへの、神からの罰であり、また救済であった。我らは、かの者の奇跡の御技をメギルと呼んだ】
これってまさか……あいつのことじゃ……
思い出すと気分が悪くなったので、そっと本を元の場所へと戻した。
気分を変えようと別の本を探そうとしたとき、奥の方に見慣れた人物がいることに気がついた。
トール・ギエフ先生だった。
「ギエフ先生。おはようございます」
「おお。ユウ君か。こんなところで会うとはね」
妙齢のこの先生は、相変わらずの人当たりが良さそうな、穏やかな雰囲気を纏っていた。
「体調が悪かったあのときは、ありがとうございました。助かりました」
途中退席したときの講義ノートをくれた件について、改めてお礼を言った。
「礼はいいよ。講師として当然の務めだからね」
そう言う彼は、それが頗る当然であるといった調子で嫌みもまったくなかった。こういうところが紳士であり、人気講師である由縁なのだろうと思った。
「それより、君の学園に入ってからの成長は、目覚ましいものがあるね。私の魔法史でも君のレポートは素晴らしいよ。最初の試験が白紙だった子とは思えないね」
ふっと、からかうように笑うギエフ先生。
あはは……あれは、仕方がなかったからね。知るわけなかったし。
あ、そうだ。魔闘技に出ることを話してなかったし、言っておこうかな。
「あの。私、魔闘技の個人戦に出ることにしたんですよ」
「ほう。それはそれは。一年生では珍しいね。感心なことだ」
「それで、先生は観戦したりするご予定はあったりしますか?」
ギエフ先生は、やや困ったように首を横へ振った。
「魔闘技は私も好きなのだが……残念ながら、研究が忙しくてね。二日目からは部屋に籠らないといけないのだよ。そういうわけで観には行けないけど、応援しているよ」
「そうですか。わかりました。精一杯頑張ります」
「うむ。期待しているよ――ふむ。ところでどうかね。カルラ君が既にしつこいようだけど、私からも誘おう。君もいずれ我が研究室に入ってみる気はないかね。君の才能が間違いなく生かせるはずだよ」
まさか、ギエフ先生本人から誘われるとは思わなかった。それだけ私を高く買ってくれているということか。
一流の研究者である彼からそう言われることは、確かに誉れだろう。でも、私の答えは決まっていた。カルラ先輩からも色々と話を聞いた上での結論だ。
私はイネア先生のところで修行を続ける。イネア先生と一緒にやっていく。
「すみません。申し出はありがたいんですけど、私は十分に間に合ってますので」
「十分、とは」
彼にしてみれば当然の疑問だった。私は答える。
「既に教えを受けている先生がいるんです」
「それは、誰かね?」
「気剣術科のイネア先生という方です。専門は気剣術ですが魔法の方も得意らしくて、そこで学ばさせてもらってます」
これは半分嘘で、本当は男の姿で気剣術を学んでいるんだけど、そんなことまでは言わなくてもいいだろう。
すると彼は、なぜか一瞬だけ表情を強張らせた。不思議に思ったが、すぐに元の穏やかな表情に戻った。
「そうか。そういうことなら、仕方がないね。私は待っているから、気が変わったらいつでも来なさい」
「はい。せっかく誘って下さったのに、すみません」
「いいさ。では、失礼するよ」
そう言うと、彼は足早に去って行った。
それから昼食を取ると良い時間になったので、ぼちぼちコロシアムへ向かうことにした。いよいよアリスとミリアの晴れ舞台が見られる。私は期待に胸を膨らませていたのだった。