65「サークリス防衛戦決着」
ウィルが現れた時刻より少し時間は遡る。ラシール大平原ではサークリス防衛班と魔導巨人兵の壮絶な戦いが続いていた。
イネアは常に先頭に立って戦っていた。さすがの彼女もライノス及びリケルガーを数百頭斬り、黒龍と戦い、さらに魔導巨人兵と度重なる連戦によってかなりの体力を消耗していた。それでも自分が踏ん張らねば総崩れになってしまうとの思いから、疲労の溜まる身体に鞭打って周りを鼓舞しつつ、必死に気剣を振るい続けた。
だが彼女の奮闘あれども、個人の力では八十体もの巨大兵器はいかんともし難いものがあった。
巨体から繰り出されるなぎ払いが、そして魔導砲による砲火が仲間たちを総崩れにしていく。それまでの戦いで半数になった仲間たちがさらに百人、二百人と倒れていく。イネアが炎龍と協力し一体一体着実に倒していくも、十数体倒したところでさすがに気力も底を尽きかけていた。
そんな折、イネアの元に五体の巨人兵が同時に襲い掛かる。
五体から次々と繰り出されるなぎ払いをかわし、その内の一体の拳に飛び乗った彼女は金属の腕を駆け上がっていく。ある程度登ったところでジャンプすると、その先には巨人兵の首が見えた。
「せいやあっ!」
彼女は気剣の一撃でその首をすっぱりと切断する。
そのまま宙を落下する最中、他の一体からの叩き付けが迫ってきた。彼女はしっかりと気でガードするも、地面に叩き落とされて着地したとき疲労から一瞬身体がふらついた。その隙を狙ってさらなる一体の魔導砲が襲い掛かる。
「しまった!」
絶体絶命の窮地に、彼女が死を覚悟したとき――
彼は現れた。黒髪短髪の大男は彼女の前に立ち塞がると、迸る猛き気力で凝縮魔素の砲撃をいとも簡単にかき消してしまった。そして振り返る。
「本当に久しぶりだな。イネア」
イネアが最も敬愛している人物。三百年以上前のウィルとの戦い以来行方不明となり、もう二度と会えないと思っていたその人が今彼女の目の前に立っていた。彼女はまるで夢でも見ているような気分だった。
「師匠……師匠、ですよね?」
まだ信じられないといった様子の彼女に彼――ジルフ・アーライズはふっと笑って頷くと、ぽんと彼女の頭に手を置いた。
「ああ」
確かな手の温かみを感じたとき、イネアには様々な想いが込み上げた。懐かしさと、嬉しさと、寂しかったあのときの気持ち。そして――
「ずっと……ずっと会いたかったんですよ。今までどこに行ってたんですかっ……!」
気付けば、彼女はジルフに力強く抱き付いていた。その目には涙が溜まっていた。
「おいおい。泣くなよ。嬢ちゃん」
彼は彼女の肩を抱き、子供をあやすように優しく頭を撫でた。
彼女は顔を上げると、すぐに袖で目を拭って笑った。
「師匠。私はもう子供じゃないですよ」
「ふっ。そうか」
二人の間に和やかな空気が流れる。時を超えても二人の絆は変わらずに存在していた。
「積もる話もしたいところだが――今はそれどころじゃないな」
「ええ。さっさとこいつらを仕留めるとしましょうか」
イネアにはもう先程までの危機感はなかった。絶対の信頼を寄せる師が味方してくれた時点で、既にこの戦いの勝利を確信していた。
ジルフは自身の能力『気の奥義』を用いてイネアに関わる気力の理を覆す。彼女に秘められた力が、一時的に世界それ自身が定める限界基準を遥かに超えて引き出された。
「久しぶりだがやれるか」
「もちろんです」
二人で背中合わせになる。イネアにとって彼の背中はかつて共に過ごしたあのときと同じように頼もしかった。
二人は同時にそれを放つ。
その技は元々ジルフのものがオリジナルだった。イネアが誰でも使えるようにと接近技にアレンジしたが、本来は近距離でも遠距離でも使用できる万能技である。
『『センクレイズ』』!
師弟の気剣からそれぞれ巨大な剣閃が放たれる。気の理を覆したことにより、もはや二人の手を離れても気は大気中に霧散することはない。それは一つのまとまりを持って、通過するもの全てを斬り裂く必殺の一撃と化す。
四十メートルは下らない巨人兵の機体は縦に真っ二つに両断された。斬撃の威力はそれでも留まることを知らず、地を割り地平線の彼方へと消えていく。
「ほう。中々じゃないか。かなり腕を上げたな」
「あれからどれだけ経ったと思ってるんですか」
「それもそうだな。よし。この調子でぶった切るぞ!」
「はい!」
ジルフが念じると、防衛班の生き残りたちにも『気の奥義』がかかった。剣士たちは気力許容性のくびきから開放され、本来の能力の限界を超えた力を手にする。魔法使いたちも、自身の気による魔素吸収妨害が無効化されたことによって魔力が飛躍的に高まった。
イネアが声を張り上げて全員を鼓舞する。
「かなり力が漲ったはずだ。このまま一気に畳み掛けるぞ!」
「「おおーーーっ!」」
形勢は一気に逆転した。もう犠牲者は一人も出なかった。特にジルフとイネアの師弟コンビの活躍は目覚ましく、二人で残存する巨人兵の半数以上を仕留めるという大活躍をしたのであった。
全員が勝利の喜びに酔いしれる中、イネアとジルフ、そして炎龍は少し離れたところで会話していた。
『久しいな。ジルフよ』
「おお。あのときの龍か。どうだあれから」
『さすがにお主ほどの者はおらんよ』
「まあそうそういないだろうな」
一流の戦士としての自負を持つ彼は謙遜せずに頷いた。
「師匠。どうしてここへ?」
「俺がこの世界にまた来られたのはある協力者のおかげだ。そいつもフェバルでな」
「そうだったんですか」
イネアはその協力者なる人物に感謝した。その者のおかげでまたこうして師と出会い、心の内に秘めたまま伝えそびれていた想いを伝える機会がまた巡ってきたのだから。
ジルフは表情を険しくした。
「彼によると、ウィルがエデルに来てるらしい」
「なっ!? ユウたちは無事なのか!?」
衝撃の事実を知り、途端にイネアは居ても立ってもいられなくなった。
「大丈夫だ。あっちにはその協力者が向かっている」
「ですが、奴はあまりにも危険ですよ」
ウィルと直に戦ったことがある二人には、彼の恐ろしさがよくわかっていた。普通のフェバルが一人いたくらいではどうにかなる相手ではないのだ。
「ああ。その通りだ。俺たちもすぐに後を追うぞ」
「はい」
話を聞いていた炎龍が運び役を買って出た。
『我が乗せて行ってやろう』
「ああ。頼む」
二人は炎龍に乗ってエデルへと向かう。
イネアが彼方に浮かぶ都市を見つめて、ぽつりと言った。
「――リベンジ戦になりますね」
「そうなるな」
この星の運命を賭けた最後の夜は、刻一刻と近づいていた。