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着鎧甲冑ドラッヘンファイヤー重殻  作者: オリーブドラブ
第四話 夢の中の天使
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女傑の怒号と正義の是非

 俺の眼前に映された景色は、地獄だった。

 町中のあらゆる場所が消し炭と化し、あちこちに瓦礫や着鎧甲冑の破片が転がっている。

 しかも散乱しているパーツの多くはR型――つまりレスキューカッツェのものだ。


「く……!」


 無意識に、唇を噛み締める。武装を持たない補給部隊から、先に潰そうという算段なのだ。加えて、個々で強い力を持っている相手を避けながら、確実に勝てる相手だけを狙っている。

 敵はたった一人だというのに、連合機動隊の誰もが平静を欠いていた。指揮系統の混乱を収めるために全員が一旦病院前に集まっているらしいが、ほとんどの隊員は露骨なまでに狼狽している。


『どこだ、どこなんだよ犯人はぁ!?』

『落ち着け、パニックを起こすなッ!』

『ちくしょう! 出てこいよ卑怯者! どうせ殺ろうと思えば簡単に殺れるくせに!』


 一部の隊員の焦りは徐々に伝染し、やがて連合機動隊を飲み込んだ焦燥感は、レスキューカッツェにも及んでいた。


『ひりりん様、皆様……あ、ああ、どうしたら……!』


 プレッシャーに呑まれつつある西条さんが、レスキューカッツェの畏れを代弁するかのように、涙声を漏らす。その仮面越しの眼差しは、助けを求めるように救芽井――「救済の先駆者」に向けられていた。

 すると……その時。


『狼狽えてんじゃねぇダボがァァ!』

『ひぁああ!?』


 天を衝く叫びが轟き、西条さんの頭に拳骨が落ちる。


『命張る仕事で飯食ってる連中がビビってんじゃねぇ! てめらそれでもキンタマ付いて――あら失礼』


 次いで、その声に追従するかのような怒号が響く。が、言い終える寸前で正気に戻ったのか、最後の方は大人しい声色だった。


 激しい発声の振動による、声の主の胸の揺れ。それさえ見極めれば、識別は容易だろう。

 顔が隠れていたってわかる。ぶるるんっと派手に揺れるフラヴィさんと、ぷるんっと小ぶりに揺れるジュリアさん。

 この二人の雄々しい叫びに、連合機動隊もレスキューカッツェも静まり返っていた。


『いいか玉無し共。奴は戦闘のプロだ。着鎧甲冑の鎧に守られてなきゃ、決して怪我じゃ済まねぇ。それにアタイらが泣いて喚いて命乞いしたところで、助けてくれるお人好しでもねぇ』

『つまりビビって動かない奴から死ぬってことだ。やられて泣くぐらいなら、怒れ。戦意がありゃ生き残るって保証はねぇが、戦意をなくした奴は確実に死ぬと私は断言する』


 二人の女傑による演説は、全ての着鎧甲冑の資格者達を一様に惹きつけていた。道理の通用しない相手を前にしている彼らが畏れに立ち向かうには、彼女らのようなリーダーシップを持つ「大将」が必要だったのだろう。


『わかったな? わからなきゃ――』

『――私ら二人が』

『玉をもいで』

『乳を絞る』


 そして、その演説の締めとなるダブルパンチの脅しを受けて。


『ひッ……!』

『ひひぃ……!』


 連合機動隊は股間を、レスキューカッツェは胸を隠して、震え上がってしまった。

 あ、あの、逆に戦意喪失してるんじゃあ……。


『……全く。フラヴィさんとジュリアさんたら……』

『まぁ、あれくらい肝が据わってる方が見ている側としては頼もしいがね。ところでキュウメイ殿。イチレンジ殿の現場到着は何時頃になりそうか?』

『は、はい。鮎美先生からの連絡だと六時過ぎになるかと』

『そうか……それまでに、奴を補足出来ればいいのだが』


 一方、フラヴィさん達からやや離れた場所にいる救芽井は、ジェリバン将軍と今後の方針を巡って話し合っていた。


『……あの』

『ん?』

『その……ダウゥ王女のことなのですが』

『……姫様のことなら、心配あるまい。ヤムラ殿やイチレンジ殿の御家族と共に隣町まで移られておる以上、すぐに奴も襲いには行けぬであろう。カズマサ殿も付いておるし、ヤムラ殿とは随分打ち解けている様子。私達は私達の使命を果たせば――』

『この戦いが終わっても、決闘を続けるおつもりなのですか? どのような結末が、待っていたとしても』


 問いかける救芽井の声は、切なげだ。豊かな胸に当てられている手も、微かに震えている。

 「銅殻勇鎧」を纏う将軍は、その問いに僅かな間を置き――応える。


『……貴殿も、先の見えない未来を案じなら、あの少年を慕う人生を選んだのだろう。それと同じだ』

『そ、それは……!』

『どのような結末が待っていたとしても、人は己が信じる道しか歩めぬ。正義の是非は、後の未来に生きる人々にしかわからぬこと。勝てば官軍、負ければ賊軍。実に単純であり、真理に近しい道理だ』

『王女様と民を死に追いやる未来が、あなたにとっての官軍だとでも言うの!?』

『少なくとも姫様にとっては、日本に屈して事実上の属国となることこそ死に値している。それが変わらない限り、姫様に仕える私の正義も変わりはしない』

『……』


 救芽井の反論をねじ伏せ、将軍は遠方を見遣る。遠いふるさとに、思いを馳せているのだろうか。


『……わかりました。今はこの戦いに集中します』

『それがよかろう。まずはラドロイバーを倒さねば、決闘どころではないからな。イチレンジ殿の体調も気掛かりだが――』

『――きっと、大丈夫ですよ。龍太君は負けません。絶対に、誰にも、負けませんから』

『……そうか。頼もしいな』


 そんな彼に対し、救芽井は苦し紛れのようにその一言を呟く。やはり彼女にとっても、納得の行かないところは多かったのだろう。

 将軍に食ってかかる彼女の姿はいつになく、感情的になっているように見えた。


『全隊員集合! これより作戦を発表する!』


 すると、久水兄妹と古我知さんがいる場所から高らかな号令が響いてくる。茂さんの声色も、この状況ゆえか従来より引き締まった雰囲気を湛えていた。


『……行くか』

『はい』


 そして、それまでの言い合いが嘘のように、将軍と救芽井は同じタイミングで集合場所へ駆け出して行く。まるで意気投合した戦友である。

 そんな二人に続くように全隊員が集まった後――茂さんの口から、新たな作戦が伝えられる。


 エルナ・ラドロイバーとの第二ラウンドが、始まろうとしていた。


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