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着鎧甲冑ドラッヘンファイヤー重殻  作者: オリーブドラブ
第三話 愚者共の茶番劇
33/93

歪んだ心、許されざる精神

 二〇三十年、六月。

 病室で目を覚ました時――俺はもう、十八歳になっていた。


 しかし、そんな俺を祝おうとする人は誰ひとり居なかった。……この状況を考えれば、当然かも知れない。

 それでも――いっそ空気を読まずに派手に祝ってくれてた方が、俺としては気が楽になれたかもな。


「……」

「太ぁちゃん、亮ちゃんのことはパパとママに任せて。鮎美先生に呼ばれてるんでしょう?」

「お前にできること……やるべきことは、他にあるはずだ。今は、それだけを考えなさい」


 黒いウェーブの掛かった長髪を持つ、ブラウンのスーツに身を包んだ妙齢の女性――母の一煉寺久美(いちれんじくみ)は、今まで聞いたこともないような低い声で、俺に退室を促していた。この件で一番ショックを受けたのは、他でもない母さんだろうに。

 その隣で同色のスーツを着込んでいる親父も、母さんと意見を揃えている。……理屈では、彼ら両親の言い分はきちんと理解しているつもりだ。俺はそこまで子供じゃない。


 ――しかし、一寸の躊躇もなしに踵を返せる程の、大人でもなかった。


 眼前のベッドに横たわる、包帯に全身を包まれ、顔まで隠されてしまった兄貴。ピクリとも動かないその姿は、周りの機材がなければ生死の判別すら付けられない。

 周囲に漂う消毒液の臭いと、目の前に映る光景が、俺達一家が病室で兄貴を見舞っているという現実を、逃れようのないものとしていた。


 あのあと、俺と兄貴は病院へ搬送され、ゴロマルさんが用意していた治療カプセル――メディックシステムの中へとブチ込まれた。

 特殊な培養液で満たされたカプセルの中で外傷を治療する機構であり、世界最高峰の治癒能力と救命率を誇るスグレモノだ。しかし、自然に治せば消える傷痕も後遺症として残してしまったり、異常に電力消費が激しかったり――という欠点も多く、コストの都合もあって量産化はされていない。

 ゴロマルさんは今回、予備と合わせて二台用意していた。俺達兄弟はその二つに同時にお世話になったわけだが――そのせいで松霧町は約三日間に渡り、町中が停電騒ぎになっていたらしい。急を要する事態だったとは言え、町のみんなには悪いことをしたな……。


 ……まぁ、それで全てが解決した、というわけでもないんだがな。


 俺も兄貴も、辛うじて一命は取り留めた。しかし兄貴の火傷はメディックシステムでも治し切れず、これ以上のシステムによる電力消費は住民の安全に関わるということで、こうして普通の療養による回復にシフトせざるを得なくなってしまったのだ。

 メディックシステムが完成してから四年程経つらしいが、一度の使用で完治できなかった例は今まで皆無だったらしい。


 一方で、俺は貫通していた傷そのものは塞がったものの、内臓や骨格の損傷が激しかったため、鮎美先生が研究していた人工臓器や人工骨格で補強することになったのである。彼女の発明品には振り回されることの方が多かったが、今回ばかりは命を救われてしまったらしい。

 ――だが、今の俺の身体を保っているそのパーツも、現状では試作段階でしかない。しかも、俺自身はメディックシステムの中で丸一ヶ月も昏睡状態になっていた。体力は、決闘前より格段に落ちている。リハビリの度に、俺はそれを痛感させられていた。


 結果、途中からメディックシステムを降ろされた兄貴は、こうして意識不明の重体のまま病院で眠り続け――完治した俺の方も、完全な生身ではなくなっていたのだ。


 全ては俺の過失。俺の行動が今回の事態を招き、兄貴をこんな風にしてしまった。許されることでは、ないだろう。

 家族を傷付けた上で今の生き方を続けていくなど、できるはずもない。やはり俺は、怪物にもヒーローにもなれなかったのだ。


 ――そう、思うものなのだろうな。俺に、真っ当な人間の心があったなら。


「……ごめん」


 俺は動かない兄貴の前で、そう呟いた。だがそれは、兄貴だけではなく――家族にも向けられた言葉だった。


 大切な兄弟を死地に追いやった、俺のエゴ。それは、俺自身が最も許してはならない精神であるべきだった。

 それなのに。俺を守ってくれた兄貴が、こんな目に遭ったというのに。


 ――後悔していない自分が、居るのだ。悪魔のような自分の心の内側の、一番深いところに。


「……龍亮は、自分が着鎧甲冑を使えないことは三年前から聞き及んでいたのだそうだ。稟吾郎丸さんが、全て話してくれた」

「亮ちゃんはね、本当は太ぁちゃんの代わりに戦いたかったのよ。危ないことなんて、させたくなかったのよ。それが出来なかったあの子は、虚勢を張って太ぁちゃんの背中を押すことしか出来なかった……」

「我が一煉寺家の拳士が持つ、超常的身体能力は、装着者の体力に応じてパワーを発揮する着鎧甲冑のシステムを狂わせてしまうらしい。強すぎる我らの力が、『常人に対する計算』で成り立つ科学の鎧を惑わせてしまった、ということなのだろう。だからこそ、常人として育った後に入門したお前だけが、着鎧甲冑を纏った上で我が拳法を行使することが出来たのだそうだ。我が家の名前を聞いた上でお前の体力を見た稟吾郎丸さんは、三年前からその可能性に着目していたらしい」

「亮ちゃんはね、ずっと後悔してたのよ。弱いから助けられないんじゃなくて、強すぎるから太ぁちゃんを助けられないってことが、凄く歯痒かったんだと思う。だから今回の亮ちゃんの頑張りは、きっと本望だったんじゃないかしら。亮ちゃんはね、絶対に太ぁちゃんを恨んだりしてないから……あなたが心配することは、ないのよ」


 そんな俺の胸中を知ってか知らずか、両親は俺が瀕死に追いやった兄貴の、背景を語る。

 ……それだけの想いを持って俺を助けてくれた兄貴に対して、俺は何を考えているのだろう。なぜ、後悔することが出来ないのだろう。


 いや、本当はわかりきっている。ただ、兄貴が払った犠牲を受け止めることで、犯した罪を償っている気になりたかったから、目を逸らしていただけだ。

 心のうちに眠る俺の悪しき本性は、今も叫び続けている。ここで悔いてはいけないのだと。


 ――俺が犯した罪の結果、助かった命があるのだから、と。


「だから、先生やお友達のところに、早く行ってあげて?」

「……あぁ」


 よりによって家族の前で、そんなことを考えてしまう。そんな自分が悍ましくて、赦せなかったのだろう。

 いたたまれない気持ちに支配された俺は、逃げ出すように病室を後にしていた。後は母さんや親父に任せよう、なんて前向きな心境ではない――ただの、現実逃避だ。


 病室を出てドアを閉めて、しばらくは無心で歩き続けた。鮎美先生や救芽井達が待っている方向じゃないことにも気づかないまま。


 しばらくそうしているうちに、窓からいつもと変わらない町並みを見て――あの頃は、いつも兄貴と一緒に、何も考えることも悩むこともなく遊んでいたことを、ふと思い出す。


 すると、どうしたことか。

 疲弊しているわけでもないのに、俺の足腰からは力が抜け……壁により掛かるように座り込んでしまった。


「……兄ちゃん……ごめん」


 自然と喉から、小さい頃の呼び名と謝罪の言葉が出てくる。

 ばかな。謝れば許されるとでも思うのか。昔の頃に戻れたら、とでも思うのか。ふざけている。ふざけるな。


「ごめん、ごめん。俺、やっぱ、止まれない……。辞められないんだ、ごめんな……」


 なぜ、膝を抱えている。ふざけるな。


 なぜ、顔を伏せる。ふざけるな。


 ……なぜ、泣く。ふざけるな! 泣けばいいってもんじゃない! 泣けば許されるってもんじゃない!


「ごめんな、ごめんな……」


 そんな胸の憤りなど、気にも留めていないかのように――俺の意志を無視するこの口は、延々と泣き言を漏らし続けていた。


 ふざけるな……ふざけるなよっ……。



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