平凡な私と
若干人食いの話があるので残酷な描写ありにしていますが、描写自体はないのでよっぽど嫌悪感がなければ平気かと。
「お聞きしたいことがあります。」
私がそう切り出すとパーティの仲間が顔をしかめる。話しかけられたこの世界でも高位の存在である竜人は首を傾げた。一番弱そうであれ、曲がりなりにも大樹海を突破し自分に謁見出来た人間である。少しくらいは寛容という心を持つ竜人は先を促した。機嫌を損ねればそれこそ隕石さえ降らせる事の出来る規格外の生き物に少しの無礼も許されないのだ。目の前の存在の大きさに早鐘を打つ心臓をなだめつつ、本題を口にした。
「どうすれば、元に戻れますか」
この世界で最強の生き物、と聞かれれば誰もが口を揃えて竜、と答えるだろう。強靭な肉体と強固な鱗、鋭い牙爪に何にも勝る魔力。様々な種族が暮らすこの世界でも一線を画する生き物である。しかし、竜といってもその中にはいくつも枝分かれした種族が存在し、得意な系列等も異なる。そんな彼らは一様にしてとある術を使う。
『人化の術』
文字通り肉体を人の物に移行させる術であり、一説には何よりも脆弱な人族を真似る事により、感情という物を手に入れる事が出来るとかなんとか。ともかく大抵の竜は一度は人の姿を取り人と関わる事があるらしいのだ。しかし、その大抵の中に含まれない存在も当然存在している。その中でも最多を含めるのが、亜種と呼ばれる知能が高くなく、魔力もそこまで持ち得ない竜だった。人化の術が使える種があらゆる種族から畏敬の念を送られるのに比べ、こちらの亜種は実質的にはただの魔物と同一扱いされる。人や他の種族を襲う種が少なくないからだ。
特に、サンドワームと呼ばれる砂地に生息する種は、人が大好物な種族であり、最も忌み嫌われる種族だったりする。普通、竜は種族にもよるが、自然の気や水を身体に取り込む。肉食の種も中には存在するが、それでも人の肉を食する事はない。なぜなら、人の肉は竜を狂わせると言われているからだ。どんな理性をも吹き飛ばす禁断の食物。それが人間だと言われている。だからこそ、人を食すサンドワームは特に外れた存在とも言えるだろう。食欲という欲求のみが存在し、感情や知能などは持ち合わせていない。人の肉を食べたからそうなったのかは鶏が先か卵が先かと同じ論理なので誰も試した事はない。
そう、ここで問題になってくるのは、私がそのサンドワームと呼ばれる種族である事だろう。私には、人であった頃の記憶が生まれながらにしてあった。親兄弟達は狂ったように人を襲い食べていたが、私はなまじ人の記憶があるため、同じキャラバンの馬等を食べしのいでいた。人はさすがにムリだ。知能がそこまでなければ抵抗もなかったのかもしれないが、人であった頃と同じように思考が出来る当たり、知能も問題なく備わっているのだろう、抵抗感ばりばりだった。人の暮らしを懐かしく思いながら、砂漠に生きる人以外の生き物を食べて暮らしていた私の前に、一体の竜が現れたのだ。その竜がある呪文を唱えると、するするとその巨体が縮ん でいき、ついにはなんと人の姿を取ったのだ。しかも超絶美形。
後になって知ったのだが、大抵の竜は人の姿になると美しい姿をしているのだという。何でも魔力の多さに比例するのだとか。それを見たときの私の心境を分かってくれる人はいるだろうか、手も足もなく砂の中を這いずりながら獲物を追いかける日々。およそ文化的とは言えない生活に21世紀の生活水準を人間が耐えきれるはずもなく。なんとかこの生活を脱却すべく日々を過ごしていた私にとって、人になる魔法があると分かっただけでもテンションマックスである。
このときはサンドワームが竜の中でも亜種で人化の術なぞ使えるはずもないと思われていることなんて露知らず、またいとも簡単に竜がやってのけたそれを真似たその結果どうなるの かも想像の範囲外だったのだ。おそるおそる既に去ってしまった竜が口にした言葉、というより魔力の流れを真似る。人のように声を発する事が出来ない代わりに、魔力を一定のリズムで変化させる事によってこの世界の生き物は魔法を使うのだ。
どくんと大きく心臓がはねると、身体にまとわりつく魔力がぎゅうぎゅうと身体を締め付ける。そうしてだんだんと下がって行く目線に形成される手足。そしてついには先ほどの竜と同じく人の姿になっていた。ちなみに裸である。マジでか。さっきの竜は服着てたじゃん想像力が足りなかったのか―?と一瞬思案したが、それよりも大変な事が起こった。私の目の前で砂が盛り上がったのである。
さーっと血の気が引いて行く。自分が裸なんてどうでもいい。それよりも問題な事があるのだ。ココは人が大好物のサンドワームの群れの近くである事を。現れた自分の何十体いるのか記憶にない兄弟に後ずさりしつつ、私もサンドワームですよーと言葉を投 げつけてみる。勿論襲ってきた。そりゃどう見ても人間ですものねー!と逃げる私はふと、そうか、元に戻れば良いじゃんと思いついたのだが。
どうやって戻るのさ?
人からもとに戻る事なんてさっぱり頭になかった。え、これって絶体絶命のピンチと言わないか。焦る私に襲い来る恐らく兄弟。こんな事なら地を這ってでも生きる道を選んでたよと後悔するも既に遅し。もはや私の命もこれまでかと諦めかけたその時、ピタリとサンドワームの身体が止まる。と、かすかに耳に遠鳴りのような音が聞こえた。そのままサンドワームは砂に潜り込み移動して行った。助かったと思うと同時に哀れさを感じる。
これは、狩りの合図だ。少なくない数の人がいる場合に関して行われるもので、その時は個別の行動を止めてまでみんな集まってくる。その方がたくさん食べられるからだ。自分の代わりに犠牲になった人達に冥福を 祈りつつ、私はその場からの脱却をはかった。幸い近くには同じく犠牲になったであろうキャラバンの荷物が散らばっている。服や金目の物、食料等を頂きながら何となく町があるであろう方へと旅立って行ったのだった。
それから十年弱、人に混ざって生活している。どうもこの身体を保つべく魔力が常時使われているらしく、それなりにあった魔力は空に近くほとんど魔力はなかった。竜は人の姿になってもその強大な魔力と強靭な身体は残るようだが、私はもはやただの人であった。戸籍等もないものだから流しの冒険者として生きるしかなかった私にはきつい。ランクもS,A~Gある中のC(普通レベル)が堰の山だった。竜人(竜は人の姿をしている状態)に聞けばすぐに元に戻る事が出来るかと思っていたが、それも王宮にいたりS級の冒険者だったりと雲の上の存在過ぎて会えないまま月日は過ぎて行った。
別に人の間にとけ込めているなら問題ないとお思いだろうが、残念ながら問題が出てきたのだ。
この、果てない程の飢餓感。
人の間にいることが堪らない程の食欲を生み出して行くのだ。サンドワームの時には感じなかった程の、人を食したいという衝動。このままでは、私は人をいつか食らってしまうのだろう。焦りを覚えた私は、大樹海の先にいる賢竜へと会いに行くパーティに無理を言って同行を願い出た。Aランクの冒険者がやっとで抜ける大樹海をCランクの私が挑むのはただただ無謀の一言に尽きたが、それでも私はなんとか大樹海を抜け、賢竜と呼ばれる人に会う事が出来たのだった。齢60を過ぎていそうな姿であるが、目がつぶれそうなくらいに美しいのはこれいかに。肉体と同じく平々凡々の私の顔とは大違いである。
「元に戻る、と言う事は、君も竜と言う事かい?」
後になって聞いたのだが、人化の術は竜にのみ使用が可能であり、他の知能ある魔物には使えないものだった。なので人化の術を使った私はまぎれもない竜であると言う事だ。これにはパーティのメンバーも驚きを隠せないようだった。当然だ。私は弱い。故に本来は竜とは思えないのだ。
「ええ、亜種、と呼ばれる種ではありますが。人に憧れ人化の術を真似てみたものの、戻る術が分からないまま今に至るのです。」
それを聞き、思案顔をする賢竜。本来人化の術は親から子へ受け継がれる物であるため、知っているなら戻る方法も知っていて当然なのだ。その疑問が出る前に私は答える。
「私は人化の術を、他の竜が転変するときにみて覚えたのです。竜から人への時しか見ていないので、人から竜への戻り方が分からないのです。」
「親がいなかったのかい?しかし、竜にしては君は魔力が少なすぎる。どう見ても普通の人族にしか見えないが……」
「それは……」
私は言いよどむ。無知だった頃ならともかく、今の私はサンドワームが人からも竜からも嫌われた存在だという事を知っていたから。
「私は、元々サンドワームだったのです」
ああ、言ってしまった。嫌悪の浮かぶ顔を見たくなくて下を向く。他のメンバーの顔も同様だ。
「サンドワーム?あの砂漠のか?」
驚きを含む声に疑問を持ちつつ、気付ば意外と巨体の老人がいつの間にか目の前に立っていた。
「サンドワームに人化の術が使えるとは……これは常識が覆る発見だな。しかし魔力がかけらしか感じられないな。それでよく術を使えたね。いや、使っているからこそなのか……?ふむ、サンドワームに知能があるというのも驚きの発見だな。これは報告が必要なのか」
ぶつぶつとつぶやく老人。なんか怖い。え、どうすべきなのか。と途方にくれる私をよそに賢竜はガッと私の肩に手を置きギラギラと血走った目で私を見つめる。
「君と同じように人化の術を使ったものはいるのかい?そもサンドワームにそれだけの知能は備わっているのか?君だけが特殊なのか?他のサンドワームと意思の疎通は可能なのか?身体に異常は見られるのか?どうやって・・・」
口早にまくし立てられるが質問するなら口を挟む余地を与えて欲しい。
「あのっ!」
「ん?ああすまない。つい興奮してしまった。で、元に戻りたいという事だが、人で在ることに飽きたのかい?」
ようやく冷静さを取り戻した賢竜に安堵を覚えつつ、なんか、見た目にそぐわない若い話し方だなぁと今の状況を飛ばして考えてしまう。
「飽きる、というよりも切実な問題と言いますか・・・最近、飢餓感は抑え切れないほど強くなってきて。お願いします。元に戻る方法を教えて下さい。出なければ、私は、人のまま人を食べてしまう」
ああ、何て下らない意地なんだろう。今私は人である自分を守ろうとしているだけだ。人を食べてしまう事に対して何ら罪悪感を持ち合わせないなんて。人を口にしないのに、私は少しずつ狂っているのだろうか?
「君は人を食べないのかい?」
確認するかのように賢竜は尋ねてくる。と いうか、そこなのかポイントは。いや、意外と高いポイントかもしれない。サンドワームが嫌われる一番の要因は人が好物な事だからだ。
「ええ、生まれてから一度も」
そう答えると賢竜はなるほど、と一つ頷いてからこう応えた。
「君が人化の術を使えたのもその辺りが要因かもしれないね。これは検証の価値があるな。それより、人を食べないとの事だが、君は最後に食事をしたのはいつだい?」
「食事?えと、今日の昼に携帯食は食べましたが」
今は大体夕方近く。確かに携帯食だけではお腹が空いてもおかしくない時間ではあるが、食べても食べてもこの飢餓感は消えないのだ。食費も限られてくるため通常の人が食べるレベルしか食べていないが、もしやただ食べ足りていないだけななのか?それだと大分恥ずかしいんだが。
「人の真似事の話ではないよ。竜としての食事の事だ。」
その言葉に、私はぽかんと口を開ける。竜としての?
「その分だと分かっていないようだね。我々竜は確かに人化の術で人の姿をとってはいるが、本質は変わらない。だから人の姿でも火竜は火を食べるし水竜は水を食べるし風竜は大気を食べる。サンドワームならば血肉といった所か?恐らく君の魔力が戻らないのも食事を摂っていないからだ」
なんてこった。今更な事実だよ。いや肉だって少なからず食べて・・・まさか生?生で食べろと?うわ何かそんな感じだよね。まぁこれで人間の尊厳が守られるなら仕方ないのか。ユッケとか馬刺し?苦手だったけど今はサンドワームだから問題なく食べられるのだろうか。
その時、ドサッと音を立てて何かが目の前に落ちてきた。
「さあ、遠慮はいらない。食べるといい」
にこやかな顔の美しいおじいさまが進めてきたのは見事な毛並みの黒牛だった。ばっちり生きてます。え?
「食べたら最も色々な話を聞かせて欲しいな」
ぐいと牛の喉元を差し出された。まさかの牛の踊り食いだと!戦慄すると同時に、共にいたパーティのメンバーを思い出す。牛の踊り食いも嫌だが、人間である彼等にその姿を見られるのも嫌だ。慌てて振り返るが、そこには誰も居なかった。
「ああ、あの人族かい?用は済んだようだから早々に退出して頂いたよ」
そうして私は弱い顎の力で中々噛み切れない肉(賢竜が動きを止めているがばっちり生きてます)に格闘しながら強制的に食事を取らされています。
「さあ早く食べて。色々と検証したいことも沢山あるんだから」
こうして魔力を取り戻した私は、結局賢竜の質問と検証責めにあい、長年をかけて付き合わされ、ウンザリしつつもいつの間にかほだされて可愛い子竜を授かった。結局もとの姿には戻ったのかって?卵は人のままだと産めないもんだとだけ言っておく。
書いてて思ったけどサンドワームって竜なのか?この世界では竜ですはい。ちなみに賢竜は見事なロマンスグレーの髪をお持ちです。まさかの美形おじいさま×平凡。