ひとヒラ
一応、二人は高校生だけれど……本当に高校生?
こんな会話、現実にするかなぁ?
ふと、読んでいた文庫本から視線を上げ、
「…核が落ちてきたら嫌だなぁ」
なんとなく呟いてみた。
十分休憩の賑わしい教室で。
「は?」
私の前、他人の席に我物顔で座る千夜が怪訝な表情をした。
「なに? カク?」
ウエーブのかかった小豆色の髪を揺らめかし、確認してくる。
「それって、原爆のコト?」
「…………嫌だよねー」
別に同意を求める訳でもなく、単に気になったから口にしてみただけなんだけど……
「なに、急に?」
千夜の眉間に深い皺が……
「本の読み過ぎなんじゃない?」
「んん?! どうして?」
さっきの私の発言と本の読み過ぎと、どういう繋がりがあるんだ?
首を傾げていると、千夜が頬杖をつきポツリと。
「核なんて、落ちる訳ないでしょ」
「千夜ちゃん?」
ちょっと待って。どこから来るんだ、その自信は。
「どうして言い切れるのかなぁ?」
「なんとなく」
「なんとなく…って、何?」
まあ、予想はしていたけど……やっぱり、なんとなくか。
「なんとなくはなんとなくよ」
「何それ…」
曖昧な答え方につっかかる私。
千夜は特に表情も変えず、無関心な眼差しをどこかへ向けていた。
「結羽は、なんとなくを説明できるの?」
「……」
ズバリと切り返されて、言葉に窮する。
これも、予想していなかった訳ではない……
「……ごめんなさい。説明できません」
私は眉を顰め、頭を下げた。口許に手を当てた千夜は、くつくつ笑う。
「…でもさ、気にならない? 核…」
「別にィ」
「ニュース見てる?」
「さあ」
「その答え方はおかしいでしょ。見てる?」
「見てない」
即答ですか……ちょっと落ち込むよ、私。
そんな私をよそに、千夜は自分の爪を眺めたり弄ったりしている。
千夜の爪は丁寧に手入れされてるから綺麗。羨ましい……って、私は面倒臭がってるから駄目なんだけどね。
「もう…現在の世界的な日本の立場は怪しいんだよ?」
「うん…」
「いつ潰されてもおかしくないの……あ、それは違うか。日本はイイ金蔓だから、潰すのは惜しまれるか……」
「……」
腕を組み、首を上へ、横へ捻り、考えた。
「いや、待てよ……実際はどうなんだろう……やっぱり、潰されてもおかしくないのか」
うん、と、独り納得し、視線を上げる。
「……なに、その哀れむような目は……」
千夜の冷たい視線とまともにぶつかった。
「別に。若いのになぁ、と」
思った事を偽りもせず、素直に零す。
「……千夜には、危機感とかないの?」
先の言葉にはコメントせず、話を戻した。
「ないと言えば、ない。あると言えば、ある」
「何だよソレ……」
またも、曖昧な答え。
「核だよ? 知ってる? 全部消えて無くなるんだって!」
「知ってる」
「じゃあ、もっと気にしてもいいじゃん! 本当に知ってるの? 全部だよ? 好きな本も映画も音楽も、何もかもだよ?!」
「そうだね」
次第に熱が籠る私に、千夜は適当な相槌しか打たない。
「何にも無くなるとか、ありえないし……」
「そうね」
「今まで、文句言いながらも、平和に暮らしてきたのに、いきなり全部無くなるとか……耐えられない」
乗らない千夜に肩を落とし、言い様のない不安に胸が締めつけられた。
「……全部だよ?」
「――――まるで、経験して来たかのように話すのね」
依然、口許に手を当てたまま、千夜はその愛らしい唇を歪める。
「原爆が落とされたのは、あたしたちが生まれる前のコトなのに……」
濃い紫色の毒が吐かれているようだ。
それは、私を侵食し、苦しめる。
「でも……もし、落とされたら?」
千夜の喋り方には、少なからず怒りを覚えた。
それでも、私は声を荒げるのが嫌いだから、怒りを抑える。
「その時は、その時。受け入れるしかないんじゃない?」
「無理、だよ……」
弱弱しく首を振り、千夜の視線から逃げるように俯いた。
「結羽。今、あたしたちがこんな討論していても、日本の立場は良くならないでしょう? 戦争が起こっても、あたしたちの力ではどうにもならないわ」
静かに諭す声だけが、千夜の存在を大きくする。
「戦争を止められないように、核が落とされるコトも止められないわ。あたしたちは、消えるしかないのよ」
……消える?
消えたら、どうなるの?
……怖い。
「政治家なんて、当てにならない。そうでしょ? 日本の立場が悪いのも、政治家がしっかりしないからでしょ? ……こんな事を言うと、こちらにも理由があるんだって言われそうだけど……」
鼻から息を抜かす気配。
「結羽。あたしはね、日本の未来がどうなろうが、興味はないの。あたしはあたしが大事だから」
頭に、千夜の手の感触が降る。緩慢な動作で、私の頭を撫でてくれた。
その手が、すごく温かい。
「もちもん、結羽も大事」
顔を上げると、柔和に微笑む千夜がいた。
「わかってくれる? 今が最高なの。どんなに嘆いても、人間は死ぬんだから……世界なんて、関係ない」
ね?、と、小首を傾げる千夜。なんて、頼もしい存在だろう。
「……うん」
私は小さく笑い返し、微かに潤んだ視界を晴らした。
「……なんか、千夜、達観してるね」
思わず苦笑いをすると、千夜も呆れたように表情を崩す。
「我ながら、ね」
二人でクスクス笑い合った。
いま悩んでいたことが、バカみたいに思える。
「ね、結羽。死ぬ時は、空に向かって叫ぼうね」
「え? 何て?」
一頻り笑った後、千夜が突然提案した。
「死んでも親友だー!!って」
「げ。恥っずかしー! そんなコト叫ぶの?」
「イケてるでしょ?」
恥ずかしげもなく、にっと笑う千夜。
「くっさー…」
「親友は、そういう関係なの」
「えー?」
妙な結論の仕方に、私は笑うしかない。
「約束。最高の臭いセリフでしょ? カッコよく行こ!」
誇らしげに胸を張る千夜をじいっと見つめて、ひとつ頷く。
「……よし! 約束。絶対だよ? 逃げるなよ?」
「任せろ」
グッと親指を立てる千夜を、私も真似る。
ちょうどチャイムが鳴り、休憩時間の終わりを告げた。
静まり返った教室で二人だけ……ん?
「――――って! 次、移動教室だったんじゃん!!」
「あ!」
私の声に、千夜も目を丸くする。
「「やばっ!!」」
私たちは慌てて教室を飛び出した。
廊下に足音が谺する。
……でも…でもね、千夜。
やっぱり、怖いよ。
消えるって、どういうことなんだろう……
読んでくれた人!
ありがとうございます!!
この短編は、弟(12)との会話から思いつきました(笑)…どんな会話しとんねん!って、感じですね(汗)
では、またどこかで…。