episode7
俺様の小説を書くのを手伝うだと? 天音の奴、簡単に言ってくれちゃって。これだから素人は困るぜ。
パソコンの前に陣取り、検索サイトを使って何やら調べ始めた天音。その後ろで、小山田は馬鹿にしたような笑みを浮かべている。
そもそも、ゆとり教育で育ってきた天音なんぞに、物語を考えると言う崇高な行いが出来る訳が無いのだ。この俺でさえてこずると言うのに、天音なんか百年、いや十万光年早い。身の程を知った方がいいな、うんうん。
「なるほど、分かったわ!」
「ぶべらっ?!」
突然立ち上がり、突き出された天音の後頭部が小山田のアゴにクリーンヒットした。その衝撃で小山田はもんどりうって後ろに倒れる。
「いってーなおい! 気をつけろよ!」
あごをさすりながら小山田が叫ぶ。だが天音は気にした様子も無く、腕を組みながら不敵な笑みを浮かべ小山田を見下ろしている。そんな自信満々の天音が発する妙な迫力に、思わず小山田はたじろいだ。
「い、一体何が分かったって言うんだ?」
小山田が天音に尋ねる。
天音は、フフンと笑った。
「いい? 耳の穴かっぽじって、よ~く聞きなさいよ?」
前屈みになりながら、天音はズイッと小山田に顔を近づける。
その神妙な表情に、小山田も釣られて緊張する。
「私は今、色んなサイトを巡ってどうやって小説を書けばいいのか調べていたの。そしたら、とある重要な事が分かったわ」
「じゅ、重要な事?」
小山田は聞き返す。天音はコクリと頷いた。
「そう。小説を書く上で、誰しもが一番最初に考えなくちゃならない事。それは……」
まるで小山田に言い聞かせるように、天音はゆっくりと語る。
小山田は、思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
「それは、『何を書きたいか』を決める事よ」
天音の言葉に、一瞬の間、部屋の中に恐ろしい程の沈黙が訪れた。
「……は? そ、それだけ?」
「それだけですが何か」
「は」
「は?」
小山田は勢い良く立ち上がると、はっはっはと声高らかに笑った。
「自信満々に一体何を言うのかとドキドキして聞いていたら、まさかそんな当たり前な事を言うとはな。そんな事は、俺様は百万年前から考えていたぜ! ったく、所詮お前もゆとり教育世代のお子様って事か。ほんと拍子抜けだな」
ピキッと天音の額に青筋が浮かび上がる。
「何かあったらすぐにゆとりゆとりって。最近の大人ってば、それさえ言えば良いと思ってるのかしら。本当、あったま悪いわね。馬鹿なの? 大馬鹿なの? 超絶ウルトラ馬鹿なの?」
「な、なんだと?!」
「ふんだ。だったらおじさんの書きたい物とやらを言ってごらんなさいよ。ま、どうせ大した事無いんでしょうけど」
小山田は、フンと鼻を鳴らした。
「そんなの決まっているだろ。儲かる小説だよ」
「儲かる小説って何さ?」
「それは、その、あれだ。某漫画や、某映画みたいな大ヒットした奴のパク……じゃなくて、オマージュ作品みたいなやつだよ」
予想通りの答えに、天音はハァと深い溜息を吐いた。
「あのねぇ、そー言うのは書きたい小説って言わないの。ったく、さっきからおじさんの話を聞いていると頭が痛くなってくるわ。本当、おじさんは根本的に小説を書く上で必要な大切な何かが抜けているわ」
「ハッ。大切な何かが抜けているだと? 金以上に大切な何かって何だよ? 生きていく上で一番大切な物は金だろうが。金儲けを一番に考えて何が悪いんってんだ!」
小山田の言葉に、天音は頭が痛いと言わんばかりに額を抑えた。
「そもそも『小説』って言葉の意味をおじさんは知っている? 『小編の言説』と言って、古くは国家や政治に対する志を書いた大説や、国史に分類される伝統的な物語や説話に対して、個人が持つ哲学的概念や人生観などの主張を、一般大衆が具体的に分かりやすく表現して示したものなのよ。決して金儲けの為に生まれたワケじゃないのよ?」
難しい言葉を羅列し、マシンガンのようにまくしたてる天音。言葉の意味が理解できない小山田の頭に「?」が浮かぶ。天音は、タラリと額から汗を流した。
「はぁ……。ようするに、自分の考えた物語、世界観、伝えたい想いを文章で表現したもの、それが小説って事」
「なるほど、それなら分かるぞ」
あっけらかんと答える小山田に、天音は疲れた顔を見せる。
「だったらおじさんは、自分の書いた小説はどう思う? はっきり言って、おじさんの小説からは何かを伝えたいって想いが丸っきり感じられない。テーマも無ければメッセージ性も無い。分かる事と言えば、楽して金儲けしようとしている事くらいよ」
「うぐ……」
「そんな小説を誰が読みたいって思う? 確かに小説がヒットすれば莫大なお金が入るかもしれない。けど、それはあくまで世の中に認められ、たくさんの人に小説を読んでもらえた後に生まれる副産物なのよ。そんな副産物を目的にした小説なんかで、果たして人の心を打つ事が出来るのかしら? 認めてもらえるのかしら?」
「ううう……」
何も言い返せない小山田に、天音は勝利を確信した笑みを浮かべた。
「これでハッキリしたわね。小説を金儲けの手段としか考えていないおじさんに、人を惹き付けるような小説は書けない。よーするに、印税生活で儲けるなんて夢のまた夢って事よ! さっさと小説家になるなんて無謀な夢は諦めて、普通のサラリーマンをしてなさいな!」
――ズガガガーン!
ビシッと天音に指を突きつけられ、小山田の頭上に本日二度目の敗北を告げる落雷が落ちた。小山田はバタリとその場に倒れる。
「さてと……、行こっか琴音」
「え……。で、でも……さっきお姉ちゃん、おじさんの小説書くのを手伝うって……」
「あんなのウソに決まっているでしょ。適当に言いくるめて、おじさんが小説書くのを諦めれば、琴音も大人しく帰るだろうと思っただけよ。さ、帰ろ」
倒れている小山田を放置し、天音は琴音の手を取ると部屋から出ようとした。
「ま、待て……」
小刻みに震えながら、ゴキブリのように這い蹲る小山田が消え入りそうな声で呟く。
「あ、天音。お前、そこまで言うからには、俺よりも面白い小説が書けるんだろうな……」
その言葉に、天音は振り向くと、バサリと自信満々に前髪を書きあげた。
「あったり前じゃない! 少なくとも、おじさんの書いた小説なんかより、何十倍、いえ何百倍も面白い小説が書けるわ!」
「こ、この俺より、面白い小説が、書ける……だと?」
小山田の目がギラリと光る。そして次の瞬間、小山田は不死鳥の如く蘇り、ガバッと勢い良く起き上がった。
「しゃらくさいわ、小娘が! だったら勝負しようじゃねぇか! 俺とお前、どっちが面白い小説を書けるか! いざ、尋常に勝負しやがれっ!」
「面白いじゃない! 受けて立つわ!」
バチバチと互いに火花を散らしながら、小山田と天音が睨み合う。その二人の間で、琴音だけが一人オロオロしていた。
「じゃあ勝負方法だけど、こう言うのはどう? お互いに一週間で二十ページくらいの短編小説を書くの。それをどこかの小説投稿サイトに載せて、寄せられた感想が多かった方が勝ちってのは? で、負けた方は勝った方の言う事を何でも聞くの」
天音の提案に、小山田はニヤリと笑った。
「くっくっく。この身の程知らずめ、そんな勝負方法で本当に大丈夫なのか? この俺様はなあ、前にとある投稿サイトに小説を載せて大反響を巻き起こした経験があるんだ! 言うなればホルダー所持者って奴だ!」
確かに小山田は、前に『小説家になろう』と言う小説投稿サイトに投稿した小説が、あまりのパクリっぷりにサイトが大炎上した事があった。もし、小山田が言っている大反響がその事を指すのであれば、彼は相当なポジティブ思考だと言えよう。
「はんっ! どーせ「このパクリ野郎!」とか罵詈雑言を書き込まれただけのくせに。言っときますけどね、批判やブーイングはノーカウント、いやむしろマイナスカウントだからね! それから、おじさんの得意なパクリも禁止! オマージュだとか言って誤魔化すのも禁止! 分かった!?」
「はっ、当たり前だろうが! お前こそ、酷評を書き込まれてムキになって反撃してサイトを大炎上させたりすんなよ!」
かくして、小山田と天音の長きに渡る小説バトルが、今、始まったのだった!