episode6
「おのれえええ! よくも俺様の至高の傑作「ツーピース」を削除してくれたなぁ! この恨み、はらさでおくべきか~!」
「はん。どうせ漫画を見ながら書き写しただけでしょうが。あんなパクリまがいの小説、百害あって一利無し! 存在そのものが悪よ。むしろ、訴えられずにすんだと、私に感謝するべきね」
「ふざけんな! あれを書き上げるのに、どれだけ時間がかかったと思っているんだ! 俺様の費やした時間と努力を返せ!」
「無駄な努力、ご苦労様♪」
そう言って小山田に背を向けた天音は、パソコンでニコニコ動画を見始めた。
まるっきり悪びれる様子の無い天音の態度に、小山田はキーッと悔しそうにハンカチの端を噛んで伸ばす。
くそっ! くそっ! くそおおおっ! 天音の奴め、自分の犯した罪の重さに気付いていやがらねぇ! あのアバズレビッチがあああっ!
地団太を踏みながら、小山田はハァハァと肩で息を切らす。
落ち着け。落ち着くんだ小山田。お前には、次回作「ハレーポッターと漬物石」があるじゃないか。そうだ、これさえ形に出来れば俺には薔薇色の印税生活が……くっくっく。
「何が『ハレーポッターと漬物石』よ。タイトルからして思いっきりパクリじゃないのよ」 真後ろからの天音の声に、小山田は驚きの表情で振り向く。
「き、貴様、なぜ俺様の考えている事を! ハッ! ま、まさか俺の思考を読んだ? お前はエスパーか?!」
「もしかして記憶欠乏障害なの? それとも頭悪いの? 豚なの? 思いっきり声に出して言っていたっつーの!」
「ぶべらっ!」
天音の右ストレートが炸裂し、小山田は勢い良くぶっ飛ぶ。
「な、殴ったな! 親にも殴られたことが無いのに!」
「はいはい、そんなベタな台詞までパクらなくていいから。とにかく、小説書くならパクリ禁止。コレ絶対。人として。って言うか、豚でも禁止」
「人の事を豚豚言うな! 俺は豚じゃない、人間だ! ちょっとふくよかなだけなんだ! 俺はポッチャリ系なんだ~!」
「さよですか」
小山田の魂の叫びは天音には通じなかった。既に興味の無い天音は、小山田に背を向けニコ生を見ながらアハハと笑っていた。
そんな天音の後姿を見ていると、小山田はなんだか悲しくなってきた。
こんな一回り近く年の離れた姪っ子に馬鹿にされ、俺は一体何をやっているんだ。ぐっすん、およよ……。
右頬をさすりながら、小山田は涙ぐむ。
そんな小山田に、琴音がスッとハンカチを差し出した。
「あ、あの、これ使って下さい……」
顔を真っ赤にさせて照れ臭そうに俯く琴音。そんな可愛らしい琴音に、小山田のハートはドッキュンコした。
「こ、琴音ちゃん……。なんて君は優しいんだ。君こそ、僕の心の天使だああああっ!」
と、琴音に抱きつこうとした小山田に、天音の真空飛び膝蹴りが炸裂する。
「ほげらっ!」
「ったく。ドサクサに紛れて何しようとしているのよ。油断も隙もあったもんじゃないわ。この色情狂の変態ロリコン野郎が」
琴音を抱き寄せながら、天音はまるで汚物を見るような冷たい眼差しで、地べたに這い蹲る小山田を見下ろした。
「ひ、ひどい! 酷過ぎる! 一体俺が何をしたって言うんだあああっ!」
「さて、こんな変なおじさんは放っておいて帰ろっか、琴音」
訴える小山田を完全無視し、天音はスクッと立ち上がる。だが、琴音は座り込んだまま、ふるふると首を小さく横に振った。そんな琴音に、天音は訝しげな表情を見せた。
「まさか琴音、まだここに居たいって言うんじゃないでしょうね?」
琴音はコクンと頷いた。
そんな琴音に、小山田のハートはドッキュンコ……。
「しなくていい!」
「ひでぶっ!」
天音の蹴りが顔面に炸裂し、小山田は鼻血を噴出しながら吹っ飛ぶ。
「せ、せっかく久しぶりにおじさんに会ったんだし、もう少しゆっくりしたいな……。それに、おじさんの書いた小説も読んでみたいし……。だ、駄目かなぁ?」
まるで子犬のような眼差しで、琴音は天音にお願いをする。上目遣いのその潤んだ瞳に、天音は「うっ」とたじろいだ。このお願いポーズをされると、天音は断れないのだ。天音は腕を組むと、うーんと考え込んだ。
そんな自分を慕ってくれる琴音に、小山田は鼻血を噴出しながら、ウルウルと感動の涙を流す。
天音はフゥと溜息をついた。
「しょうがないわね。じゃあ私もここに残るわ」
「いや、お前は帰ってもいいから。むしろ帰れ。って言うか、帰って下さいお願いします」
「は! おじさんみたいなケダモノがいる家に、琴音を一人残して帰れるワケ無いでしょうが! 私は琴音の保護者なの! 可愛い妹を守る使命があるの!」
「この俺が、可愛い姪っ子(一名だけだが)に何かするワケねーだろ! そんな事をしたら、姉ちゃんに何をされるか……」
その昔、池袋のリーサルウェポンと呼ばれた姉の若い頃の姿を思い浮かべ、小山田はブルっと身震いした。
「それに俺様は今、小説を書くのに忙しいのだ。琴音ちゃんはともかく、お前と遊んでいる暇は無いんだっつーの」
小山田は、天音に向かってシッシッと手を振る。
そんな小山田に、天音は驚きの表情を見せた。
「呆れた、まだ小説家になるのを諦めていなかったの?」
「当たり前だ。これは俺様の将来の為の投資なのだ。俺はこのお先真っ暗の日本で、絶対に勝ち組になってやるのだ! その為には小説だ! 小説を書いて印税生活なのだ!」
明後日の方角に向かって、小山田はビシッと指を突きつける。その横で、琴音がニコニコしながらパチパチと手を叩いていた。
天音は、やれやれと言った感じで首を横に振った。
「で、どんな小説を書くつもりなのよ」
小山田はニヤリとほくそ笑む。
「そりゃあ売れている題材を適当に見つけてだな、うまいこと加工して……」
「最初と変わってないじゃないのよ!」
「あべしっ!」
天音のラリアットを食らい、吹っ飛ぶ小山田。
「しょうがない」
床で倒れている小山田を見下ろしながら、天音が呟く。
「だったら私が、おじさんの小説書きを手伝ってあげるわ」