episode2
そして一週間後の土曜。
自宅で待機していた小山田の携帯に着信が入った。
発信者は……天音だ。
「……もしもし?」
重たい口調で電話に出る小山田。だが、電話先の天音は、あっけらかんとしていた。
「私よ、天音よ。いつまで待っても連絡が来ないから、わざわざ電話してあげたわ。今日が何の日か覚えてる? まさか忘れたとか言わないでしょうね?」
「もちろん覚えているぜ。そっちこそ、小説は書けたんだろうな」
「当たり前よ、こっちはいつでも準備OKよ。おじさんこそ、実は書けませんでした~とか言わないでよね」
「お、お姉ちゃん。そんな喧嘩腰で話さなくても……」
電話の向こうから、天音をなだめる琴音の声が聞こえてきた。
だが、小山田は気にした様子も無く不敵な笑みを浮かべている。どうやら彼は、今回書いた小説に相当な自信があるようだ。
「くっくっく。愚問だな。貴様こそ、俺様の書いた究極驚愕超絶悶絶最終決戦小説を読んで震えおののくが良い!」
「はいはい、御託はいいから。で、投稿するサイトはどこ?」
「しれたこと。投稿数10万件を超える日本最大の小説投稿サイト『小説家になろう』に決まっている!」
既にお気づきの方もいるかもしれないが、過去にサイトを大炎上させた小山田は、管理者によってログインIDを失効させられていた。そんな彼が、何故『小説家になろう』に投稿出来るのか。実は小山田は、アカウントとハンドルネームを代える事で、新しいIDとパスワードを既に入手していたのだ。姑息な手段だけは得意な小山田であった。
「掲載期間は1週間。この間に寄せられた、面白いと言われたコメントをプラスポイント。つまらない、面白くないと言った酷評はマイナスポイントとする。そして、累計したポイントの多い方が勝ち。それでいいな?」
「異議無いわ」
本文を書く欄に自分の書いた小説をコピペし、二人は投稿ボタンにマウスカーソルを合わせた。後はこのボタンを押すだけで、『小説家になろう』に自分の書いた小説が投稿される。
とその時、天音はマウスカーソルを握る自分の手が震えている事に気がついた。どうやら自分は今更ながら緊張してきたらしい。
……このサイトに投稿すれば、私の書いた小説を不特定多数の人間が見る事になる。面白いと評価されるなら良いけど、もしつまらないと酷評されたら……。小説には、人の考えや想いが色濃く現れる。それを否定されると言う事は、言うなれば自分を否定されるのと同じ。そんな書き込みを見た時、果たして私は冷静でいられるのかしら……。
「……おい、天音! 聞いているのか、天音!」
「え?」
電話口の向こうから聞こえてきた小山田の声で、天音はハッと我に返った。
「き、聞こえているわよ」
「さっきも言った通り、いっせーので! で投稿するからな。そっちの準備はいいか?」
「だ、大丈夫。いつでもオッケーよ」
天音は深呼吸をする。
大丈夫。あんなに勉強して一生懸命書いたじゃない。きっと読者にも私の想いは伝わるはずよ。自分を信じるのよ、天音!
「じゃあ行くぞ、いっせーの」
「で!」
掛け声と同時に、二人は投稿ボタンを押した。そして次の瞬間には、小山田と天音の書いた小説は『小説家になろう』に投稿されていた。後は結果を待つだけだ。