プロローグ
ここに一人の小説家がいる。
いや、小説家と言うのもおこがましい。何故なら、彼はまだ小説を一ページたりとも書いていない。スタート地点にすら立っていないのだ。彼を小説家などと言ったら、他の小説家達に筆かキーボードで殴り殺されるだろう。
彼の名前は、小山田次郎。現在は安月給のしがないサラリーマンをしている、どこにでもいるような男だ。
年齢は二十六歳。十八で高校を卒業し、大学に行かずに社会に出た小山田は、かれこれ八年もの間サラリーマンをやっている。そんな彼が、何故小説家を目指す事にしたのか。それは、老後のためだった。
広いアジアの狭い島国日本。高度成長期には、GNP(国民総生産)世界第二位となったこの国だが、今は見る影も無く長く続く不況にあえいでいる。小山田はこの国に絶望していた。小山田は自分の保身ばかり考えている腐った政治家などに期待していない。将来国から支給されるスズメの涙ほどの年金などあてにしていない。自分の身は自分で守る。その為には、何かでかいことをしなくてはならない。そして、彼が最終的に出した答えが印税生活だった。
小山田は漫画が好きだった。逆に活字は嫌いだった。だから最初、彼は漫画を描こうとした。が、二分で挫折した。小山田は絵が致命的に下手だった。小学生の頃から、図画の成績が万年「2」である彼が絵を描くなど初めから無理な話だったのだ。
だったら小説だ。活字を読むのは苦手だが、文章は書けない事も無い。小説なら適当に書いてもなんとかなるだろう。そんな安易な考えから小山田は小説家を目指すことにした。全くもって世界中の小説家に謝れと言いたい。
小山田はパソコンの前に座った。そして、考える。何を書くか、だ。
その後、五分程悩んだ小山田だが、何も浮かばなかった。そもそも小説を書くのは、あくまで金を手に入れる為の手段であり目的では無い。書きたいことや伝えたいことがまるで無い小山田が書ける訳が無かったのだ。
いきなり行き詰った小山田。だが彼は焦らない。って言うか何も考えていない。どちらにしろ彼は集中力が五分以上続かない人間なのだ。とりあえず小山田は、気分転換に近くに山済みになっている週刊少年雑誌を手に取った。
その週刊誌には、日本に住む人間で知らない者はいないと言われる程の大人気漫画が掲載されていた。その人気は漫画だけにとどまらず、アニメ、ゲーム、おもちゃ、映画、同人誌など幅広くメディアミックスされており、海外に輸出された単行本の発行部数は一億冊を超えると言う化け物漫画である。かく言う小山田もこの漫画が大好きだった。
その時、小山田の頭に電撃が走った。小山田は自分は天才かも知れないと思った。何故なら、この思考のラビリンスとも呼べる今の行き詰った状況を打破する方法が突如浮かんだからだ。
週刊誌には、世界規模で大ヒットした漫画が載っている。だったら、それを真似すれば自分も大ヒット小説家になれるはずだ。そう、パクッてしまえばいいのだ。
小山田は早速キーボードを叩き始める。小説のタイトルは「ツーピース」。大傑作の予感がした。