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夢語り  作者: 石子
9/13

私の友達

 その日教室に入ると、ひとつの机の上に花瓶が置かれ、花が飾られていた。

 少しして教室に入ってきた担任の先生は普段には見せないような暗い顔で教壇に立つ。

「今日は悲しいお知らせがあります。もう知っている人もいるかもしれませんが、みなさんのクラスメイトの一人が昨日事故に巻き込まれて亡くなりました……」

 私はそれを聞きながら、笑みが浮かびそうになるのをこらえるのに必死だった。先生の話はまだ続いていて、教室の中もしんみりとした雰囲気になっている。

 そんな様子をこっそり見回しながら、私は再び花瓶の置かれた机に目を留めた。

 死んだのは、私のことを嫌って最近なにかと絡んできていた欝陶しい女だ。

 私は人と話すのが苦手で、クラスでは多少浮いていると思う。別にそれはかまわなかったのだが、あの女はわざわざ私の机に落書きをしたり、ノートなどを隠したりと嫌がらせをした。暗い奴だから、という理由で。

 いわゆるイジメである。

 この前も突き飛ばされ、落ちたカバンを踏み付けられたりと、私は惨めな思いをした……。そのカバンには今でもうっすらと踏まれた足跡が残っている。

 そんな女が死んだところで同情できるはずもない。

 いや、それ以前に彼女を死に追いやったのはこの私なのだ。

 私の願いを聞いてくれるクーちゃんに頼んで。




 クーちゃんは小さなクマのぬいぐるみで、普段からいつも携帯のストラップとして持ち歩いている。

 まぁ、いい歳してぬいぐるみにクーちゃんもないだろうと自分でも思うが、小学校に入る前からずっと一緒で、もうその呼び方が定着しているのだ。

 その頃は携帯なんて持っていなかったが、カバンに付けて持ち歩いていた。




 ……まず最初は私のおばさんだった。

 両親が共働きだったのでよく留守を任せていて、私と二人で留守番をすることもたまにあった。

 両親にはいい顔をするおばさんは、当時幼稚園児だった私には冷たかった。

 理由はわからないが、あまり懐かなかった私を疎ましく感じていたのだろう。

 そして二人で留守番をしていたある日、言うことを聞かなかった私に腹を立てたおばさんは、私のおもちゃ箱を庭にぶちまけた。

 中に入っていたのは大事にしていた人形や、お絵かきセットとかだったと思う。それを自分で拾えと、強制されたのだ。

 酷い話だ、と今でも思う。小さかった私は逆らえずにおばさんの言う通りにした。

 泣きながらそれらをかき集めていると、ふと、クーちゃんと目が合った気がした。

 私にはそれ以前のクーちゃんの記憶がないのだが、きっと、箱の下の方に入り込んでいて忘れてしまっていたものが一緒に庭に放り出されたのだろう。私はクーちゃんが慰めてくれている気がして、思わず手に取ると、


 おばさんなんていなくなっちゃえばいいのに!


 ……強く願った。

 そのすぐ後だった。

 おばさんは車に撥ねられて呆気なく死んでしまった。私は、嫌な人がいなくなってよかったと思っただけだった。




 次は小学生の時。

 その時はイジメというよりは、ただ仲の悪い女の子がいた。

 いつも私にばかり意地悪なことをするので、ほんとうに嫌いだった。

 一度は学校帰りに川に突き落とされた事もある。浅い川だったので大事にはならなかったが、ずぶ濡れの私を見て笑うその子を、憎いと思った。

 私はふとおばさんの時のことを思い出し、なんとなく、クーちゃんにその子がいなくなってほしいと願っていた。確信があった訳ではないが、何か予感があった。

 そうこうしているうちにその女の子は川で溺れて死んでしまった。

 私を川に突き落とした罰だ、と思っていい気味だったのを覚えている。




 そして、今回だ。

 やはり、予感のようなものがあった。

 なので、教室に入ったときに花瓶が置かれているのを見ても大した感慨はなかった。当然のことのようにしか思えなかった。

 クーちゃんは私の味方なのだ。




 また、日が経った。

 あの嫌な女がいなくなってからはその取り巻きも私に興味をなくしたようで、平穏な日々を送っている。

 私の携帯にはもちろんずっとクーちゃんが付いていて、いつも一緒だ。

 なのに、私は最近またあの予感のようなものを感じていた。今までに、嫌いだった人間たちが死ぬ前に私が感じていた感覚がずっとつきまとっているのだ。

 しかし今の私にはいなくなって欲しいほど嫌っている人間はいない。


 ……思い当たることはある。この予感を感じ始めたのは、私がカッターで紙を切ろうとしていて、たまたま机の上に置いていたクーちゃんの体を誤って傷つけてしまった時からだ。


 車に撥ねられたおばさん。……それは、おもちゃ箱ごとクーちゃんを庭に放り出したあとのことだった。


 川で溺れた女の子。

 ……私が川に突き落とされたときにはもちろんクーちゃんも一緒にずぶ濡れになっていた。


 事故で死んだクラスメイト。工事現場の木材が倒れて、その下敷きになったらしい。

 ……カバンを踏まれたとき、その中に携帯が入っていた。クーちゃんも中できっと苦しかっただろう。

 私を苦しめた人たちは、同時にクーちゃんにも危害を加えていた。

 いや。クーちゃんに危害を加えた人が死んでいった……?


 私は……?


 物言わぬ私の友達を少し遠くから眺める。


 ただ……予感だけが徐々に強くなっていく……。


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