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夢語り  作者: 石子
3/13

出られませんよ

 また行き止まりか。

 思わず舌打ちをして、もと来た道を引き返す。

 湿気のあるひんやりとした空気を振り払うように、持っていた不完全な地図に乱暴に印をつけた。

 約半日歩き回った成果がこれか、と忌々しい気持ちで地図を眺める。

 数年前に見つかったこの遺跡。

 もともとは王族が暮らすための別邸として建築されたらしくかなりの広さがあるようだ。発見された時はほとんどが地中に埋まっていたため発掘作業に手間取り、まだ全貌がわかっていない。

 そしてたまに、ここに入り込んだ遺跡荒らしの亡骸が発見されることもあるようだった。確かに、複雑な構造の上、地中に埋まったままになっている箇所もあり迷い易い。そのまま出られなくなって衰弱死、という輩が後を絶たないらしい。

 かくいう俺も、遺跡荒らしと呼ばれる類だ。だが、何度もこういった遺跡に入った経験があるし、出口がわからなくなるようなことはないという自信はあった。

 まぁ、なにしろ王族が住んでいた建物だ。調査団から、宝飾品が出てきたという報告もあるらしい。そのあたりの詳細はまだ一般人には明らかにされていないが、これだけ大きな遺跡ならまだまだお宝を発見できる可能性はある。そうなると早い者勝ちだ。

 調査団と鉢合うと面倒だなと思っていたおり、ちょうど調査の中休みに入るという情報を聞き、そのタイミングを狙って俺はこの遺跡に入り込んだのだ。




 石造りの壁に沿ってさらに進み、角を曲がる。

 ……と、その先に何か動くものがあった。

 よく見ると、それは壁に背をもたせ掛けてうずくまっている一人の男だった。顔は痩せこけ衰弱しきっているのがわかった。かろうじて生きてはいるが、もうこいつは助からないと一目でわかる。

 財宝を探しに来て、道に迷ったというところか。馬鹿な奴だ。何の準備もなく軽い気持ちで入ったのだろう。髪や目の色で異国の人間だろうということはわかった。

 声を掛けようかとも思ったが、水や食べ物を分けてやっても手遅れだ。この男はもうすぐ死ぬ。

 このまま通り過ぎよう。そう決めて俺は足を速めた。

 その時だった。

 男がゆっくりとした動作で俺の方を見る。目が合った。そして、男は最期の力を出し切るように、何かを呟いた。明らかに俺に向かって。

 なんだ?

 不明瞭だし、言語も違うのだろう。全く聞き取れなかった。

 気になって少し近づいてみるが、もう男は目を閉じていて、自分の死を待っているだけのようだ。

 だがなぜか、ひどく満足そうな顔に見えた。

 言い知れぬ不気味なものを感じて、俺は小走りでその場から逃げ出した。




 ずいぶんと歩き回った。方向を見失わなければ、ここから出られなくなることはない。俺だってそれなりに遺跡の歩き方は心得ている。食料や水もまだある。

 何度も自分にそう言い聞かせて歩みを進める。

 しかし、

「……なぜだ」

 誰もいない遺跡の中に自分の声が吸い込まれていった。

 おかしい。俺は確かに奥に向かって歩いていたはずなのに、出入り口付近に戻ってしまった。さっきもそうだった。だからと言って一旦遺跡から出ようとするといつのまにか奥へ繋がる道を歩いている。

 妙に喉が渇く。

 俺は、この遺跡に来る前に聞いた噂話を思い出していた。

 ……遺跡には呪いがかかっている。古代の王が無実の罪でここに幽閉されてそのまま最期を迎えた。数百年経った今でも、王の呪いでこの建物に入ったものは出られなくなる、というのだ。

 調査の人間が何人も無事に出入りしているわけだから、呪いなんておとぎ話のようなものだろうが。

 だが、そんな噂が出たのには理由があった。

 遺跡発見の当初、数名の調査団が行方不明になるという事件があったのだ。遺跡の中で急に消えてしまったとしか思えない状況だったそうだ。結局別の調査団を結成して調査自体は特に問題なく続行された。しかし事件が忘れられかけた数ヵ月後、当初の調査団全員の遺体が見つかったのだ。遺跡の奥から。

 衰弱死だったらしい。

 結局は彼らが行方不明になった理由はわからなかった。準備を怠っていたわけでもないようだし、発掘調査に慣れている者もいた。

 その調査員の一人がつけていた手記が見つかったそうだ。この遺跡に入ったのは彼らが最初のはずなのに、中にいた一人の老人に出くわしたと書かれていた。

 遺跡が発見された当初に紛れ込んでいたのだろう。 弱っている老人を助けようとしたが、不思議なことにいつの間にか老人は消えてしまっていた。その後は、何故だか遺跡の出口にたどり着けなくなり、徐々に食料もなくなって……というような内容の手記だったそうだ。

 調査団が出会った老人は昔この遺跡で死んだ王の亡霊なんじゃないかとか呪いの使者だったのだ、なんて一部のマスコミが書き立てたことで噂がひろまった。

 どこまで脚色された話なのかはわからないが、まぁ、こういう遺跡はなにが起こるか分からない。

 その後は調査団が行方不明になることはないようだったし、そんな事件や呪いの噂は気にもしていなかったのだが。




 あれから何日経っただろうか。

 俺にはもう動く力は残っていなかった。

 俺は方向感を失ったわけではない。しかしどうやってもこの建物から出ることができなくなっていた。

 何度も同じ道に戻るし、同じ行き止まりにぶち当たった。

 途中、男に出会った場所にも戻ってみたのだが、もうどこにもその姿は見えなかった。場所を間違えていることはないはずだ。なのに、恐らくもう死んでいるであろう男の死体すら見当たらない。

 呪い。

 その言葉が頭をよぎる。

 最初こそここから出ようと躍起になっていたが、もう無理なのだ。俺はこのまま、あの男のようにここで死ぬのだろう。

 ふと、遠くから足音が聞こえてきた。

 なんとか顔を上げて見る。二人組の男がこちらの様子を窺っていた。

 調査のためにここに入った人間だろうか。

 かわいそうに。

 今の俺にはこいつらの行く末が手に取るようにわかる。

 噂に聞いた最初の調査団もこの呪いのために出られなくなったのだ。

 もちろん俺が出会った男も。

 そして俺も。

 皆、呪いを伝えていくための一駒に過ぎないのだ。

 大きくニュースで取り上げられた調査団の遺体が見つかった事件後も、ほぼ定期的に遺跡荒らしなどの誰かしらの死体が見つかっていたはずだ。

 ……二人組は俺の方に近づいてきた。様子を見ようとしているのだろう。

 今となってはあの時に男が俺に向かって言った言葉を理解することができた。

 俺は二人組に向かって言葉を投げかけた。



「出られませんよ」



 それは彼らに通じただろうか。通じていなくても構わない。

 古代の呪いを絶やさずに済んで、肩の荷が下りた気分だ。

 俺は満足感を覚えて、静かに目を閉じた。


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