約束ね
真っ暗な廊下に懐中電灯の光だけが頼りなげに揺れる。
私は、繋いでいる妹の手を握り直した。妹は小さな冷たい手でぎゅっと握り返してくる。
夜の小学校。
昼とは全く違う雰囲気を醸し出すこの空間に私は少し怯えていた。
こんな遅くに学校の廊下を歩くのなんてはじめてだ。
友達と寄り道をしていてすっかり帰りが遅くなった私が、たまたま通りかかった時に校門のところにいる妹を見つけた。
こんな時間に何をしているのか不思議に思って声をかけると、明日までにやらなくちゃいけない宿題のプリントを忘れて帰ったのでわざわざ取りに学校に戻ってきたらしい。なんだか可哀想になって、仕方なく一緒についてきてあげたというわけだ。
意外にも学校の出入り口は閉まっておらず、中に入るのは簡単だった。校門の近くにある用務員室を覗いてみたが、そこには誰もいなかった。
そこで懐中電灯をちょっと拝借して校舎の中を突き進んでいる。
もちろん行き先は妹の教室。暗くて先の見えない廊下を歩いているところだ。
しん、と静まり返った暗闇に足音だけが響く。なんとなく、できるだけ足音を立てたくなくて忍び足で歩く。
窓からは月明かりが差し込み、多少は周りが見えるが、暗くのしかかってくる空気に変わりはない。
「結構遠いね、教室まで」
気を紛らわそうと妹に声をかける。
「そうだね……」
妹も闇の雰囲気に気圧されているのか、短く返事をするだけだった。
懐中電灯で教室の入り口に掲げてあるクラスの表示を照らす。
妹は三年生のクラスだ。
ようやく教室にたどり着き、ちょっとほっとする。が、怖さが収まったわけではない。
ガラっと引き戸を開けて中に入る。その音も必要以上に大きく聞こえて、心臓が縮み上がる思いだった。
「早く取っておいで」
言って、妹を自分の机のある方に向かわせようとしたのだが、繋いでいる手をさらに握りしめてきて一向に動こうとしない。
不思議に思って、妹が見ている方向に私も目を向ける。
特に何もない。椅子や机が整然と並んでいるだけだ。
やはり怖くて進めないんだろうか。そう思って、教室の電気のスイッチを探した。
本当は、明りを点けたら誰かに見つかりそうだし、さっさとプリントを取って帰りたかったのだが。先生に見つかったらとやかく言われそうだしね。でも、少しの間なら電気を点けても見つからないだろう。
そんな風に考えて、やはり手を繋いだままスイッチを探す。
その時、あれ? と思った。昔、今と同じように暗い校舎を手を繋いで歩いたことがあった気がする。
そうだ。
私が小学校三年生の時だ。
次の日に提出しなければならない宿題のノートを学校に忘れてしまい、それを取りにきた時。
思ったよりもひっそりとした校舎に怯えて、私はなかなか中に入れないでいた。その私と一緒に手を繋いで教室までついて来てくれたのだ。
『わたしも三年生なの』
彼女はそう言ったはずだ。知らない子だった。違うクラスの子だろうと思った。
その時はその女の子がなぜそんな遅い時間に学校にいたのかは気にならなかった。ただ、誰かに一緒にきて欲しいだけだった。
『わたし達、もう友達だよね。ずっと一緒にいてくれるよね』
その子が言った。私は、わかったという感じの答えを返したと思う。
そして、無事にノートを取って……。
それから?
…………。
『ここにいてくれるんじゃないの?』
執拗にそう言う女の子に恐怖を感じた私は、その子を振り切って家に帰ったのだ。
「ねぇ、今度こそ、ずっと一緒にいてくれるよね?」
明りのスイッチをまだ探せないでいた私に聞こえてきたのは、あの時の女の子の声だった。
ようやく気付く。
……私に妹なんて最初からいない。
繋いでいた手がぐっと握られ、急に重くなる。
私は、もう逃げられないのだと悟った。