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夢語り  作者: 石子
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語らい

 ふらりと立ち寄ったこのバーは、落ち着く造りで程好い喧騒に包まれておりいつの間にか長居をしてしまっていた。本当は少し立ち寄るだけ、くらいのつもりだったのに。

 偶然隣り合わせた老紳士と話すのは楽しく、時間が経つのを忘れていたようだ。



「友人と共にここで酒を飲みながら夢を語り合ったのはもう数十年前のことです。同じ道を志す仲間でね。将来を語り合い、ずっとライバルで居続けようと約束を交わしたんです」

 他の席も空いているのに、一人で座っている僕の隣に腰を下ろした老紳士はそんな風に語り始めた。

「その友人と待ち合わせですか?」

 老紳士が何度か時計を見て時間を気にしている様子だったので、僕はそう聞いてみた。

 彼は静かに首を横に振る。

「誰かを待っているわけではないんです。実は今日はその友人の命日でね」

「……そうでしたか」

 なるほど。友人を偲んでここに酒を飲みに来ているのだろう。

「いつか出世して偉くなって大金持ちになっても、この店で一緒に安酒を酌み交わそうって言い合ってたのがついこの前のようですよ」

 そう言って老紳士は少し笑った。

「出世もなにも、まだ貧乏学生だった頃の話なんですけどね。それでも私は幸いなことにその後仕事で成功し、少しずつ地位も上がって行きました。でもどうしても毎年今日という日はこの店に足が向いてしまうんですよね」

「年月が経ってもその友人との絆を大事に思っておられるんですね。人生で一人でもそういう友人がいるっていうのは良いことですよ。うらやましいです」

 僕は思ったままを言った。老紳士の身なりや物腰から、それなりに高い地位があって裕福な人物なのだろうという想像はつく。そんな彼だからこそ、屈託なく話し合える相手が回りにいなくて、昔の友を懐かしむ気持ちも強いのかもしれない。

「ええ。友人は道半ばで事故で亡くなってしまいましたが、私はこの店に来る度に彼と話したことを思い出して気持ちを新たにしてきました」

 老紳士はグラスを持ち上げ酒を飲む。それを見て僕も目の前の自分のグラスの酒をあおって喉を潤した。

 誰かが帰ってしまってもまた別の客が来るといった感じで、店内は僕が来た時から変わらず数人の客がおり、それが居心地の良さにもなっているのかもしれない。

 数十年前に老紳士が通っていたということは、この店だって長い間ここで営業しているということだ。こんな片田舎のあまり集客が良いとは思えない場所で、長く店を続けていられるのは、地元の人間に親しまれているのだろう。

 バーテンダーは今は奥の席の客と談笑している。常連客なのか、ずいぶん話が弾んでいるようだ。 そういう光景もなんだか親しみがわくなぁ、なんて思ってしまう。

「あなたの友人は、あなたが毎年ここに来てくれているのを知ったらきっと嬉しく思うでしょうね」

「だといいんですけどね。お前だけ酒を楽しみやがって、なんて怒られるかもしれません」

 老紳士はおどけてそう言ってみせ、それを合図にするかのように彼は財布を出した。

「私はそろそろおいとましますよ」

 そう言ってゆっくりと席を立つ。バーテンダーがまだ向こうの席で話をしているのを見てか声をかけずに、代金には十分だと思われる紙幣を一枚テーブルに置いた。

「一人で飲んでおられるところ、お邪魔しました。夜もふけてきました。あなたもそろそろお帰りになった方がいい」

「ああ。はい。お話が聞けて良かったです。お気をつけて」

「今日はありがとう。それでは失礼しますよ」

 僕は老紳士の後ろ姿を見送った。




「なにか注文されますか?」

 しばらくしてバーテンダーが声をかけてきた。僕のグラスが空になっているのに気付いたようだ。

 なんとなく帰りそびれてしまっていたが、僕もそろそろ店を出ようかと少し前から思っていた。

「いや。もう帰ります」

 何気なく時計を見るともうすぐ零時をまわるところだ。

 バーテンダーも時計を見て納得したように頷く。

「もうこんな時間ですもんね」

 バーの営業時間としてはまだこれから、という気もするが田舎の店だ。夜更けの客は少ないのかもしれない。

 カウンター越しに会計を済ませる。その時にバーテンダーが言った。

「お客さん。その席ね、亡くなられた友人との約束だからって毎年この日に年輩の男性がお越しになってた席なんですよ」

 あれ? と思った。さっきまでまさにその老紳士がここにいたというのに気づかなかったんだろうか?

 まぁ、帰るときは声をかけることもなく店を後にして行ったが、全く気づかなかったということはないだろう。

「もう随分前にその方も亡くなられてしまいましたけどね」

「え?」

 意外な言葉に思わず聞き返した。

 さっきの老紳士はこのバーテンダーの言う男性とは別人だったのか?

「この店もほぼ同じ時期に潰れてしまったんですがね。地元の人たちにとても愛されてる店なんですよ」

「……え? 潰れた?」

 酔っているつもりは全くないが、何だか会話が噛み合っていない気がする。僕の聞き違いだろうか。

「ええ。だから、毎年今日だけ店を開けるんです。お客さんのように外から来る方は珍しいんですよ」

「はぁ。そうなんですか」

 腑に落ちずに曖昧な相槌を打ちながらふとまわりを見ると、さっきまで何人かいた客が今は誰もいない。

「今日は来てくださってありがとうございました。もうお越しいただく機会はないかと思いますが。お気をつけて」




 ハッと気が付くと、僕は道端に倒れていた。

 記憶をたどるのにしばらく時間がかかったが、少し先に転がっている僕が乗ってきたバイクを見れば状況は明らかだ。

 転倒したのだ。暗い道で、石のようなものに乗り上げた。あたりに他の車や人は居なかったので他人を巻き込まなかったのは幸いだった。

 しばらく気を失っていたようだ。起き上がると、肘や膝を多少擦りむいていたが支障はない。バイクも起こしてみると、無傷とはいかないがそのまま乗れそうだ。

 腕時計を見ると、十二時をまわって日付が変わっている。

 何年かぶりに親戚で集まろうと、祖父の家に向かっている途中だった。祖父は亡くなり、今は祖母が一人で暮らしている家だ。

 仕事があるので到着が遅くなるかもしれないとは言っていたが、先に行って待っている母さん達は心配しているだろう。

 僕はそのまま目的地を目指す。

 祖父は早くに亡くなったため、僕は会ったことがないが。

 昨日は祖父の命日だったのだ。



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