表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢語り  作者: 石子
11/13

憧憬

 私と姫がこのあばら屋にたどり着いたのはつい今しがたのこと。

 ここに来るまでにはほぼ一日を費やし、一緒に城を出た他の供の者達は姫を逃がすためにおとりになったり、追っ手を追い払うために犠牲になったりと数を減らしていき、結局ここに居りますのは私と姫の二人だけになってしまったのです。

「姫様、そんなにお泣きにならないでください」

 ずっと泣き止まれない姫のお側に、私はただ付き添っておりました。

 普段は流れるように美しい黒髪も今はほつれてしまってただ鬱陶しそうに見えますし、いつも紅く輝いている唇も色を失ってお疲れの様子が傍目にもよくわかります。

 姫は私の呼び掛けにお答えになることもなく顔を伏せたままでいらっしゃいますので、私も無理にそれ以上話しかけるのは(はばかられ、しばらくは様子を見ようと姫の横に腰を下ろしました。



 私が仕えております城に敵襲があったのは、昨夜のことでございます。

 もう随分と昔の事のようにも思えます。

 殿は近隣諸国との関係には気を使っておられ、今までは不穏な動きを見せる国があれば事前に裏から手を回して事なきを得ておりました。

 ただ、今回の隣国からの奇襲は全くの予想外だったようでございます。女の私にはよく分かりませんが、これまで攻め入られたことなどございませんので城が落ちるのは呆気ないくらい簡単だったことでしょう。

 混乱の中、殿と奥方は何名かの側近を姫にお付けになりお逃がしになったのでございます。私もその中の一人として姫と共に城を後にしましたので、殿や奥方の安否は分かりません。

 隣で泣いておられる姫の姿を見遣りながら、私は城に仕えてからのことを思い返しておりました。



 初めて姫にお会いしましたのは、もう十年も前の事になりましょうか。

 恥ずかしながら私は貴族の家の出とは言え、位も低く地味な暮らしをしておりました。私が姫のお付きとして城に上げていただけたのは、ただただ姫と同い年の私が遊び相手に丁度いいだろうとの理由だったようです。

 人形のように美しい姫の姿に、本当に同じ人間なのだろうかと私は子供ながらに目を奪われてしまいました。今でもよく覚えております。豪華な城の暮らしに戸惑うばかりの私に、かわいらしい姫はにっこりと微笑みかけてくださり、

「今日からお友達ね」

とおっしゃったのでした。

 姫は私のことを気に入ってくださったようで、他に同じくらいの歳の遊び相手がいなかったこともあるかと思いますが、よく二人で遊んだものです。もちろん、私は姫に支える身ですので何をするにも姫が楽しまれるように気を使うことは忘れませんでしたが。

 姫はご自身がお美しいことをわかっておられ、年頃になると流行の化粧やきらびやかな着物を大量にお取り寄せになって御身を飾って楽しんでいらっしゃいました。

「あなたも化粧をしてみたらいいのよ。似合うと思うわ」

 (たわむれにそのようにおっしゃって、私に化粧を施してくださったことも記憶に残っております。

「いつも地味な格好ばかりじゃ可哀想だわ。たまには綺麗な着物を着たらどうかしら?」

 そのようにおっしゃり、ご自分があまり気に入られていない着物を私にくださることもございました。私はそのような高価な着物を着る機会がなかなかなく袖を通さないままのものもあったことを今更ながらに思い出します。

 殿と奥方の間にお子様は他におらず、姫は一身に寵愛を受けてお育ちになったためか少しわがままなところがおありでした。

 何事もご自身が一番優れていないと機嫌を損ねてしまわれるのもその一つでしょう。

 書を習っている時も、先生が他の者をお褒めになると途端にやる気を無くしてそのまま部屋を出て行かれましたし、琴を弾いていてもうまく弾けなければ興味を無くされて琴を投げ出してしまわれました。

 そんな時にご機嫌をお伺いするのは私の役目でございました。

 最初こそどのようにお言葉をかければよいか戸惑ったものですが、そんなことが頻繁にあると私も段々と慣れていき、姫の機嫌を直せるのは私だけだと妙な自信をもっていたこともございます。



 お美しい姫の噂は他国にも伝わっておりまして、様々な国の殿方から数多あまたの求婚の(ふみが届いておりました。姫はそれを愉しむかのように、皆に気を持たせるお返事をなさって様子を見ているようです。

 実はそのお返事を書いているのは私だったのですが。

 姫ははじめの頃はご自身でお書きになっていましたが、だんだんと面倒になってしまわれた様で、私に返事を書くように言いつけられました。心苦しい思いもあれども、

「どうせ向こうだって私のことをよく知りもしないくせにこんな文を寄越すんだもの。誰が返事を書こうが問題ないはずよ。それにあなただって、自分が文をもらったような気分になれて楽しいでしょう?」

とおっしゃいますので、私は姫の文体を真似てお返事を書いておりました。



 今から二、三年前には、城に珍しい異国の品物を売りに来る商人の出入りが頻繁になってきました。

 美しい装飾品などもございましたので、姫も時折部屋に商人をお呼びになって気ままに品物をお買いになります。

 私が商人の中の一人とよく会話を交わすようになったのも、その頃でございます。私や姫よりも少し年上の話の上手い方でございました。

 今まで城の中で育った私には身近に親しく話せる男の方はおらず、どんな話も新鮮に聞こえました。姫は立場上、商人などと軽々しく言葉を交わすわけにもゆきませんので、私が聞いた様々な外の世界の話を姫にお聞かせしました。姫もそれを楽しんでくださっていたようです。

 そのうち私とその商人は、人目を忍んで会う仲になりました。

 姫にも内緒で、夜中にこっそりと抜け出し商人に会いに行く日が続きました。

 もちろん私にはそのようなことは初めてでございましたし、浮かれすぎていたのでしょう。姫がお気づきになったのは当然のことでございます。

 その事については姫は何もおっしゃらず、

「最近楽しそうね。あなたが楽しそうだと私まで嬉しくなるわ」

いつもの美しい笑顔でそう言ってくださいました。その笑顔は印象に残っております。



 その商人を出入り禁止にする、と城内に通達がまわったのはそれから間もない時でございます。

 私は自分が思うより動揺しておりました。

 聞くところ、その商人が他国の使いとして密かにこの城の内情を探っているらしいという理由でございます。

 他の商人仲間からその事を聞きでもしたのか、いち早くその状況を察して、彼はぱったりと姿を見せなくなりました。もちろん次にこの城に来れば捕らえられてしまうことでしょう。殺されてしまうのかもしれません。

 私はしばらくは気が抜けたように過ごしていたと思います。

 姫は、私が会っていたのがその商人だと知っておられたのかどうか。

「商人に扮してこちらを油断させるなんて怖いわ。これからも気をつけないとね」

 どこか愉快そうな口調でそのようにおっしゃっておられました。以前から、退屈な城の暮らしの中にたまにこういった出来事があると面白がられるところがおありです。

 そんな折、密かに私にあの商人からの文が届けられました。会う場所と時間を指定しただけの文面でございます。

 恐らく最後の逢瀬になるだろうことは私にもわかりましたので、細心の注意を払って抜け出すと、私は商人に一通の封書を渡しました。

 それが決め手になったようです。それまでに私が商人に密かに教えた城の内情や、最後に渡した城の詳細な見取り図が。

 その証拠に、それからあまり日が経っておりませんから。今回の隣国からの奇襲までは。

 商人は私に、身の安全は確保すると言ってくださいました。襲撃の前に城を出て、隣国に駆け込めば保護してくださると。

 もちろんお断りいたしました。

 姫との友情を裏切るわけにはいきませんから。



 そんなことを思い返しながら、私は、夜も更けてますます暗くなった室内に月明かりが射し込むのをぼんやりと眺めていました。

 敵にここが見つかるのも時間の問題かと思われます。

 私にもわかっているのです。姫と私の間には大きな身分の違いがあることくらい。お側に置いていただけるだけでこの身にあまる栄誉だということくらい。

 私の大事なお友達。

 どんなに願っても同じ立場で話すことなどできない高貴なお方。

 私は姫に向かってにこやかに言いました。

「姫様、そんなにお泣きにならないでください。召し使いとしか思われていなかった私が、友人として貴女のお立場に少しは近づけた気がして今とても晴れやかな気持ちでございますのに」

 薄暗い小屋の中、私に向けた姫の目がすべてを悟ったように虚ろに光っておりました。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ