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夢語り  作者: 石子
10/13

じゃあ誰が死んだの

 屋敷の物置部屋の方から妻のエリスの声が聞こえたような気がした。

 気のせいだろうと思い、僕はまた机に向かって書き物を再開する。

 しかし、また声。

 今僕がいる書斎は、普段から廊下に反響した人の声が聞こえやすい。もちろん屋敷に出入りする者はそう多くはないし、使用人達は大きな声で話したりすることは滅多にないのだが。

 聞こえてきたのは妻の妹のイリアの声のようだ。妻の声に似ているから錯覚したのだろう。

 この屋敷はもともと妻の父のもので、父が亡くなってからは妻が主となっている。しかし、おっとりとしたエリスよりは我の強いイリアの方が実質的に屋敷内のことを取り仕切っている状態だ。

 イリアにはエリスにない人を惹きつける魅力がある。

 いつも我が物顔で屋敷内を歩いているイリアだが、物置部屋に来ることなど普段はほとんどない。それに声が聞こえるということは誰かと話しているのだろうが、相手は誰だ?

 気になった僕は書斎を出て、声の方へ足を向けた。何とは無しに足音を忍ばせて廊下を進む。突き当たりがその物置部屋だ。

 少しだけドアが開いており、そこから声が漏れ聞こえていた。しかし、先程書斎で聞いたような大きな声ではなくぼそぼそとした話し声なので、内容も聞き取れないし中にいる人物も特定できない。

 何を話しているのか気になって、ドアの隙間に耳を近づけてみた。




「エリス姉さん、しっかりしてよ。きっとショックで記憶があやふやになってるのよ」

「イリア。……そうね。私、少し混乱してるのかもしれないわ」




 思った通り、中にいる一人はイリア。

 そしてイリアに弱々しく応えているのは、エリスだろうか……。本当に小さい声だ。

 ドアを開けて中に入って行きたい衝動にかられたが、ひとまず様子をみようと僕はそのまま息をひそめる。




「姉さん、あたしを見るなり大声をあげるんだもの。驚いたわ」

「ごめんなさい。私、本当にどうかしてるんだわ」

「そうね。あたしが死んだと思ってたなんて正気じゃないわね」

「だって。確かに死体をこの棺に入れたのよ……」




 会話を聞いて、僕の方も混乱してきた。

 何故二人がこんな話をしているんだ?

 なにかがおかしい。

 エリスの言った「この棺」というのは確かに物置部屋に以前からあったものだ。

 以前、劇団をしている友人に頼まれて作らせた演劇用のものをそのままここで保管している。十分な広さがあるので、他にも様々な物が置いてある部屋だ。

 その中でも棺はかなりの存在感がある。




「エリス姉さんったら。じゃあ、このあたしが幽霊にでも見える?」

「いいえ。でも……でも。昨日の夜、ウィルと一緒にあなたを……」

「姉さんの夫と一緒に、あたしを棺に入れたって言うの?」

「…………」

「確かに、この棺の中に死体が入ってるのは間違いないわよ。でもそれはあたしじゃない」

「えっ?」

「今、姉さんがこの部屋に入って来る前、あたし棺を動かせるか試してたのよ。からっぽの時なら女一人でも、持ち上げるのはちょっと無理だけど押して床の上を移動させるのは結構簡単でしょ?」

「ええ。お掃除の時に私も手伝って動かしたことあるわ」

「そうなの。でも今この棺はあたしがちょっとくらい押しても全然動かない」




 イリアとエリスの間に少しだけ沈黙が訪れた。

 僕はただその会話を聞いていたが、ひどく緊張してひどく混乱していた。

 僕がエリスと共になってイリアを殺したなんてとんでもない!

 そのうち、部屋の中からはエリスの啜り泣く声が聞こえてきた。




「今からこの棺を誰にも気づかれずに処分してしまわないといけないのよ。あたしだけじゃできないわ。エリス姉さん、泣いてないで手伝ってよね」

「どうして……? 昨日、私とウィルはあなたを殺したのよ!? イリア、あなたはお金を湯水のように使って、何度言っても散財をやめなかったじゃない! 父さんの遺産だって底を尽きかけてた!」

「……ウィルに何か吹き込まれてたのね。エリス姉さん、よく思い出して。昨日、ここで死んだのはウィルよ」

「え?」

「あたしと一緒に、ウィルを殺してこの棺に入れたでしょう?」




 イリアは何を言ってるんだ?

 僕は間違いなくここにいるじゃないか。

 僕が聞いていないと思って口から出まかせを言っているのだろうが、何もかもがおかしい。

 そう。確かに棺は処分しなくてはいけない。

 死体の流した血は、うまい具合に絨毯が吸ってくれて床にはほとんど落ちなかったが、棺の中にはべったりと血がついている。それに血のついた絨毯も一緒に入れてあるのだから。




「じゃあ、この棺の中に入ってるのはウィルだっていうの?」

「そうよ! きっと姉さんは優しいから罪悪感で記憶がねじまがっちゃったのよ。姉さんの夫のウィルはこの屋敷の財産を狙ってた悪い奴なの! だから殺してしまおうって二人で決めたんじゃない!」




 イリアがそう言うのが聞こえ、僕はカッと頭に血が上った。せっかく今まで潜んでいたのに、後先考えずに音を立ててドアを大きく開くと部屋の中に踏みいった。

 僕の姿を見てイリアもエリスも驚いて目を見開いている。




「イリア、どういうことだ!? エリスを殺して二人で新しい生活をはじめようって言ったのは君だろう? だから昨日の夜、エリスの死体をその棺に……」

 誰も何も言わない。

 僕達三人の間には棺が横たわっていた。


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