捏造された訃報と、静かなる帰還
「ここも久しぶりだな」
目の前に広がるのは、街を囲う巨大な外壁。そして、入城を待つ冒険者たちの長い列。
一週間前、死地へ向かうためにここを通った時は、ただただ足が震えていた。 だが今は、行列に並ぶ冒険者たちの喧騒も、威圧的に立ち並ぶ兵士の姿も、どこか遠い世界の出来事のように思える。
「オリジン、隠蔽パッチの状況は」
『肯定。ノイン様のステータスは現在、どこからどう見ても「凡庸なCランク」です。……ただし、内包するエネルギーが臨界点に近いため、あまり感情を昂ぶらせないようご注意ください。街が消し飛びます』
「……善処するよ」
俺は列に並び、自分の番を待つ。 すると、前の方から聞き覚えのある、下卑た笑い声が聞こえてきた。
「おい、見たかよ。勇者レオン様の最新の戦果報告! あの『エンド』の50階層を突破したんだとよ!」
「マジかよ、やっぱりあの無能なセルジが死んで、パーティーの足枷が外れたのが正解だったんだな」
『……マスター、言った側から既に負の感情が1%ほど漏れ出ていますよ』
「すまない、少し『不快』なだけだ」
俺は思考を切り替え、漏れ出た威圧を強引に内側へと抑え込む。 一週間前までは、あんな雑音一つに心臓が止まるほど怯えていた。だが、真理を扱える今の俺にとって、彼らの言葉はもはや羽虫の羽音と変わらない。
『マスター。感情を殺す必要はありません。その「不快」というコードは、復讐を完遂するための良質なリソースとなります。……ただ、この街の門ごと吹き飛ばすのは、帰還初日の予定としてはあまりに短慮かと』
「わかってる。……今は、まだな」
列がようやく進み、俺の番が回ってきた。 門番は、机に足を乗せたまま欠伸をし、俺が差し出したステータスプレートをろくに見もせずに受け取ろうとする。
「はいはい、次。名前と通行証……って、おい」
プレートに刻まれた「Cランク:ノイン」という偽りの名に指が触れた瞬間、門番の手が止まる。 オリジンの隠蔽は完璧だ。だが、情報の「密度」までは完全に消し去ることはできない。門番の顔から血の気が引き、額から嫌な汗が流れ落ちる。 彼には、俺が「ただのCランク冒険者」に見えているはずだ。しかし、彼の本能が、生存本能が、目の前の男を「決して怒らせてはいけない上位存在」だと警鐘を鳴らしていた。
「ノっノインさん……ですね……どっどうぞ」
「……あぁ、助かるよ」
俺は震える門番の手からプレートを抜き取り、足早に門を通り抜ける。 背後で門番が「ひっ……」と短く悲鳴を上げ、そのまま膝から崩れ落ちる音が聞こえたが、振り返る価値もない。
「少し悪いことをしてしまったな……」
一歩、街の中へ踏み出す。 鼻を突く活気の匂い。騒がしい馬車の音。そして、道行く人々が放つ、浅ましくも強欲な生命の波動。 一週間前までは、この喧騒こそが俺の居場所であり、俺を守る壁だと思っていた。だが今は、まるで薄っぺらな舞台セットの中を歩いているような、奇妙な浮遊感がある。
『マスター、さらに不快な情報コードを検知しました。前方、広場の掲示板です』
オリジンに促され、俺は広場の中央へと目を向ける。 そこには、冒険者ギルドが張り出した「訃報」が掲げられていた。
【追悼:勇者パーティー所属・セルジ 『エンド』にて病死】
「病死、だと……?」
思わず、口元が歪んだ。
魔物が跋扈する『エンド』の深層。戦う力を持たない俺をあそこに置き去りにし、背を向けて走り去ったのはどこの誰だったか。
凄惨な戦死ですらなく「病死」として処理することで、勇者レオンたちは「未知の病に侵された仲間を、全力を尽くして治療したが救えず、断腸の思いでその場に残した悲劇のリーダー」という筋書きを完成させたらしい。
実際には攻略すら諦めて逃げ帰ったくせに、俺という「死人に口なし」の存在を利用して、自分たちの失態を美談にすり替えたわけだ。
『マスター。勇者パーティーの広報データを確認。彼らはあなたの死を「不運な病魔による損失」とし、同情票を集めることで、王都からの追加支援を取り付けています。……全力を尽くしたフリをして、自分たちの逃亡を正当化する。人間の欺瞞としては、なかなかに高純度なコードです』
「……どこまでも、自分たちに都合のいい連中だ」
『マスター、隠蔽を解除して即刻この街を完全破壊しますか?』
「いや、今はまだその必要はない。あいつらにはしっかりと絶望してもらいたいからな」
俺は冷めた思考で、ギルドの掲示板から視線を外す。
一瞬で消し飛ばすのは簡単だ。だが、それでは俺が「エンド」の奈落で、1垓という無限に近い試行の末にスキルを集めた意味がない
『了解しました、マスター。現在、隠蔽パッチはマスターの魔力の自然放出0.0000001%まで絞りました。これなら、受付嬢がショック死することはないでしょう』
「……そういえば自然放出だけじゃなくて魔力量も隠蔽することはできないのか?」
『不可能です。隠蔽パッチは自然放出される魔力量を抑えているだけで内に秘められた魔力量は隠すことはできません。ただ、一つだけ方法があります。それは……常に魔力を消費し続けることです。即時回復する魔力を、それ以上の速度で自己消滅、あるいは内的なループで相殺し続けるしかありません。ただしマスターの魔力量でそれを行うにはとてつもなく強い魔法を常時発動しなければならないですが……』
「うーん……なら俺の魔力を『エンド』の最下層に転送し続けたらいいんじゃないか?あそこなら、いくら魔力を捨てても誰にも迷惑はかからないだろ」
俺の突拍子もない提案に、一瞬、オリジンの思考回路が火花を散らしたような間があった。
『……全次元の計算を完了。マスター、それは名案……いえ、**「因果を逆転させた暴論」**です。本来、魔法を維持するために魔力を使うところを、魔力を捨てるために魔法を維持する。……了解しました。空間転送ゲートを固定展開――』
「あそこなら、いくら魔力を捨てても誰にも迷惑はかからないだろ」
『現在、マスターの体内から溢れ出る「無限」の99.99999%を『エンド』最下層へと常時パージしています。……これならば、どれほど鋭い探知魔法を使われようと、あなたの底は見えません。外部からは、ただの「少し魔力が高い程度の一般人」にしか映らないでしょう』
「よし……これでひとまずは安心だな……」
実際、あれほど周囲に干渉していた「空間の揺らぎ」が、ピタリと収まった。
――いや、正確には「制御下」に置かれたと言うべきか。
無限の魔力を『エンド』の最下層へ転送し続けながら、その余波の一部だけを意図的に漏らす。
今の俺から漂っているのは、**「それなりに修羅場を潜り抜けてきた、魔法使い」**程度の、ほどよい威圧感だ。
これなら、誰も俺をかつての「無能なセルジ」だとは思わないだろう。同時に、ギルドマスターが血相を変えて飛び出してくるような過剰な注目も避けられる。
「……これくらいか」
『計測完了。現在、マスターから観測される魔力波形は「Bランク上位の魔法使い」に固定。これ以下の出力は、マスターの存在密度に対して低すぎるため、偽装の維持が不可能です。効率は最悪ですが、隠密行動としては極めて合理的と言えるでしょう』
俺は頷き、ギルドの重厚な扉に手をかけた。
一週間前、俺を置き去りにした連中が捏造した「病死」の報。
その嘘に満ちた平穏を、俺の「一歩」が静かに、だが確実に侵食していく。
――ギィ、と重苦しい音を立てて扉が開く。
お久しぶりです!
受験を控えており、なかなか更新できず申し訳ありません。
合間を縫って第4話を書いたので、生存報告として投稿します!
卒業直前にはタブレットの返却などで、また2ヶ月ほど更新が止まってしまうかもしれませんが、エピソードの構想は練っています。
落ち着いたらまた一気に書き進めたいと思っているので、気長に待っていただけると嬉しいです!




