真理の術式は手加減ができないので『手加減』を覚えます
「……やりすぎたな」
フェンリル・ヴォイドが消滅した跡地を見つめ、俺は呆然と呟いた。 視界の先には、深層の分厚い岩盤が数キロ先まで円筒状に消失し、地底の果てまで続く巨大な「虚無の道」が穿たれている。かつて勇者パーティー全員が俺の補助を受けた状態で戦って、やっと倒せたはずの相手を……俺はたった一人で、しかも指を弾いただけで消し去った。
今まで、俺は魔法を使うのに血の滲むような思いで「術式」を構築していた。指を動かし、地面を削り、一文字でも間違えれば暴発する繊細な式を組み上げる。それが俺の戦い方だったはずだ。
だが『真理』は魔法であり、魔法ではないもののようだ。 魔法が「過程」を経て事象を具現化しているのに対し、真理は「定義の上書き」によって結果を固定している。 例えば魔法なら、酸素を燃焼させ、熱を発生させるプロセスを経て「炎」を生む。だが真理は違う。その座標に「炎が存在する」という事実に世界を書き換える。
ただ、その分手加減というものがきかない。 真理で生み出された炎は、じわじわと焼いていくことすらできない。「炎に触れる=灰になる」という定義が直結しているからだ。
「……真理の定義で生み出した物って、生物以外にも効果あるのか? 空間そのものとか、概念的なものまで書き換えられるってことか?」
『マスター、真理に例外はありません。貴方がその対象を「存在」だと認識している限り、定義は上書き可能です。岩壁という「物質」であろうと、そこにある「物理現象」であろうと』
「……試してみるしかないな」
俺は恐る恐る、ダンジョンの分厚い岩壁に指先を向けた。
「フレイム、セット」
それは、魔法で生み出された炎とは明らかに異質なものだった。 ゆらゆらと揺らめいてはいるが、爆ぜる火の粉も、立ち上る煙も、一切存在しない。まるで世界のキャンバスに「赤い炎」という色を強引に塗りたくったかのような、あまりに不自然な存在感。
そして何より――。
「……影が、ないのか」
足元を見れば、俺の影は伸びている。だが、その指先に灯るはずの光は、周囲を一ミリも照らしてはいなかった。酸素が燃焼し光を放つという「プロセス」を飛ばして、炎があるという「結果」だけを固定した弊害だ。
そして壁に当てた刹那、岩盤は音も立てずに細かい粒子と化した。 魔法で焼かれた灰ではない。均一な、白。それはまるで、この世界の「バグ」のようにも感じられた。
「……っ」
俺は恐る恐る、その炎に手を近づけた。
「熱く……ない。なあオリジン、真理で生み出した物は俺に影響を与えないのか?」
『万が一にもマスターのお体を傷つけないよう、私が真理の定義に「セルジ様には影響を及ぼさない」という一文を付け加えさせていただきました』
「……余計な世話だと言いたいが、助かったよ。今の俺は、自分自身ですら制御不能な劇薬を抱えているようなもんだからな。……あと、そうだな。今の名前のまま地上に戻ればあいつらに気付かれる可能性がある。オリジン、今日から俺はノインだ」
『はい、ノイン様』
(……そういえば、今の俺のステータスはどうなってるんだ? レベルも上がったはずだしな)
念じた瞬間、目の前に半透明のウィンドウが展開される。だが、そこに表示された文字列は、俺の知っている「ステータス」とは似ても似つかない代物だった。
激しいノイズが走り、文字が明滅している。 かつての『セルジ』という名前が黒い横線で塗りつぶされ、その上から血のような赤色で『ノイン』と上書きされていた。
「……なんだ、これは」
数値が、意味をなしていない。
名前:ノイン 種族:未登録 レベル:測定不能 HP:∞ MP:∞
本来なら強さの指標であるはずのレベルは測定不能。HPもMPも無限。 さらに、スキル欄に目を向ければ、かつて俺が必死に覚えた初級補助魔法や生活魔法の数々が、黒いノイズに飲み込まれて消えていく。代わりに浮かび上がったのは、たった一つの、簡潔で傲慢な一言だった。
【固有権限:真理】 (付随機能:術式構築)
「はは……こんなんじゃ、新しい冒険者カードも作れないな」
『ご心配なく。私のスキルでステータスやスキルを隠蔽、偽装することが可能です』
「なら問題ないか。……ん、スキル欄に新しいスキルが追加されてないか?」
『ああ、《加速》のことですね。これは名前の通り、自身の速度を上げることが可能です』
「これって、何かに応用できないか?」
『可能です。マスターには再構築の際に権限が一つ新たに付与されました。その名は《スキル合成》。その名の通り、既存のスキルを合成し、新たなスキルへと昇華させることが可能です』
「なら、早速やるか。……ああ、スキルの合成に副作用があったりするのか?」
『特にありません。強いて言えば、莫大なデータが頭に流れ込むため、一時的に無防備になることでしょうか。ですが、マスターの放つ魔力圧だけで、通常の魔物は近づくことすらできません。もし不安であれば、私の作り出した空間へ隔離いたしましょうか?』
「……いや、隔離まではいい。一気にやってくれ」
俺が覚悟を決めて頷いた瞬間、視界が真っ白な光に塗りつぶされた。
『了解。《術式構築》と《加速》の定数連結を開始します。――真理による論理回路の再定義。全プロセスの所要時間をコンマ零秒へと収束』
――ッ!
脳に止めどなく情報が溢れてくる。 かつて魔導書を一文字ずつなぞり、何時間もかけて構築していた魔法の公式。それが今、万華鏡のような速度で頭の中に展開され、一瞬で「完成された結論」へと繋がっていく。
……静かだ。
気がつくと、俺の思考は「世界の時間」を完全に置き去りにしていた。 目の前で舞っていた灰の粒子が、空中で静止して見える。 いや、止まっているんじゃない。俺の思考速度が、真理によって極限まで加速された結果、一秒が永遠に近い長さにまで引き延ばされているのだ。
「……これが、新しい『術式構築』か」
俺が指を一本立てる。 かつてなら数分間を要した防御魔法の術式が、思考したのと同時――いや、思考の「予兆」すら捉えて、既に完成された状態で俺の周囲に展開されていた。
『お目覚めですか、ノイン様。合成は成功しました。新たな権限《真理構成》の誕生です』
「……今まであんなに時間をかけていたのが、バカみたいだ」
苦労して構築した術式も、命を削るようにして練り上げた魔力も。この『真理』という権限の前では、ただの数式の書き換えでしかない。
俺はゆっくりと立ち上がり、空ろな深層の闇を見つめた。
「オリジン、真理を使って生物も作れるんだよな? その生物に『スキル獲得用コード』を付与して生成してくれ」
『可能ですが、マスター。現在、私のデータベースにあるスキルコードは、貴方がこれまでに獲得したことのあるものに限定されます。そこで代替案があります。スキルの獲得コードを「ランダム」に設定し、擬似魔物を生成することです』
「どうしてランダムだと、未獲得のスキルが得られるんだ?」
『この世界に存在する魔物には、個別の識別コードが割り振られています。コードが同じであれば、ドロップするスキルも同一のものになります。ですが、真理を用いてランダムなコードを生成し、そこに「ドロップ確定」の定義を上書きすれば、理論上、この世界のどこかに存在する未知のスキルを強制的に引き出すことができます』
「つまり、ガチャの景品そのものを真理で捏造するようなもんか」
『その通りです。ただし、問題点もあります』
「問題点? スキルを獲得するのに副作用が出るとかか?」
『いえ、マスターに副作用はありません。ただ、ランダムである以上、未知の有用なスキルだけでなく、強烈な「呪い」や「デバフ」のコードを引く可能性があるということです。さらにランダム生成された個体は、そのコードに見合った「強度」を持って顕現します。未知の強力なスキルを宿した個体は、先ほどのフェンリルを凌駕する脅威となるかもしれません』
「呪い、あるいは未知の強敵か……ははっ、面白いじゃないか」
俺は自然と口角が上がるのを感じた。 かつての俺なら、震えて逃げ出していた。だが今の俺には、万物の理を書き換える『真理』がある。
「呪いなら「祝福」に変えればいい。未知の強敵でも存在を虚空に上書きされればどうしようもないだろ。オリジン、手始めに100体生成してくれ。」
『了解。――真理による「種」の捏造。個体識別番号、No.001からNo.100までを同時定義。スキルドロップ率、100%を固定。……顕現させます』
次の瞬間、広大な深層の空間が、おびただしい数の「光の繭」で埋め尽くされた。 繭が弾け、中から現れたのは、本来この世界には存在しない歪な異形の群れ。全身が刃でできた狼、三つの頭を持つ大蛇、そして――どす黒い呪いの霧を纏った死霊。
咆哮と殺気が、密閉された深層を揺らす。 だが、俺は一歩も引かなかった。
「……始めるか。俺が、俺以外のすべてを塗りつぶすための修行を」
俺は一歩、踏み出した。 加速された思考の中で、100体の魔物の動きは静止画に等しい。
「――|存在上書き。対象、全個体。状態、死」
指を弾く音が、永遠に引き延ばされた時間の中で、静かに、そして鋭く響いた。
第二話を読んでいただきありがとうございます!
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現在、学業(受験)の関係で更新が不定期になるかもしれませんが、物語はここからさらに加速していきます。ぜひ気長にお付き合いいただければ幸いです!




