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第6章 風、約束の地へ

第一節 静寂のあと


戦が終わって三日。

山々を包む霧は、まだ完全には晴れていなかった。


真白は、鈴音の薙刀を抱えて城の天守に立っていた。

その刃にはまだ、鈴音の手のぬくもりが残っている気がした。


「……ありがとう、鈴音さん」

小さく呟いた声は、風に溶けて消えていった。


背後で足音がする。

久武だった。

その顔には疲労と、何かを決意したような影があった。


「殿。諸国の兵が、貴女のもとへ集まりつつあります」

「……私のもと?」

「皆、鈴音殿の最期を見ておりました。

 “風は殿に吹く”と。――そう口々に申して」


真白は驚いた。

戦の勝利ではなく、鈴音の命の炎が人の心を動かしたのだ。


「鈴音さん……あなたが、風を変えたんだね」


久武が真白を見つめる。

「殿。鈴音殿の意志を継ぐならば、次の一手をお決めくだされ」


真白は薙刀を見つめ、静かに頷いた。

「風を守る。もう、誰も失わないために」


第二節 新しき風


戦が終わって半月。

真白は領内を巡っていた。

破壊された田畑、焼けた家。

そのどれもが、戦の爪痕を語っていた。


「風で作った国が、風で壊れていく……」

胸が痛んだ。


だがその傍らで、民たちが少しずつ立ち上がっていた。

子供が土を掘り返し、女たちが新しい苗を植える。

老人が風車を修理しながら笑っている。


「殿、見てくだされ」

久武が指さす先では、子どもが小さな風鈴を作っていた。

「風の音を聞けば、怖くないって……そう言っておりました」


真白は微笑んだ。

「鈴音さん、あなたの風はちゃんと届いてるよ」


その日、真白は一つの命令を出した。


「これからの風は、命を育てる風にする。

誰もが笑って息ができる国に――風の国にする」


第三節 久武の影


夜。

久武がひとり、鈴音の墓の前に立っていた。


「鈴音……お前の望んだ風は、殿が吹かせておられる」

その声には僅かに震えがあった。


「俺は……お前を守れなかった」

久武の拳が土を掴む。


そこに真白が現れた。

「久武さん……鈴音さんは、あなたを恨んでなんてない」


久武は振り向く。

「……殿。戦を知る者がいなければ、この国はまた燃えまする。

 俺は戦いを捨てられませぬ」


真白は首を振った。

「戦いを知っているからこそ、守れるものがあるんだよ」


その言葉に、久武の瞳が揺れた。

やがて彼は深く頭を下げた。

「……風の殿。俺は、貴女に仕えましょう」


真白は微笑んだ。

「ありがとう。鈴音さんも、きっと喜んでる」


夜風が二人の間を抜け、墓の風鈴が鳴った。


第四節 風、海を渡る


翌朝。

港に船が並んでいた。

真白は甲板に立ち、海風を受けていた。


「この風……あたたかいね」

「はい、殿。南より春の風です」


「鈴音さんの国は、まだ続いてるんだね」


船はゆっくりと沖へ進む。

四国の海が光を返す。

真白の胸には、確かな決意があった。


「この風を、もっと遠くへ。

 戦をやめさせる風にする。

 それが――私の生きる理由」


久武が黙って頷いた。

風鈴が小さく鳴った。


第五節 風、約束の地へ


数年後。

「風の国」は四国全土に広がっていた。

争いは減り、人々の暮らしは穏やかさを取り戻していた。


真白は城の庭で風鈴を吊るし、子どもたちと笑っていた。

その髪には、いつのまにか鈴音と同じ白い紐が結ばれていた。


「殿、民が“風祭”を開きたいと申しております」

久武が報告する。

「“風祭”?」

「はい。戦のない日を祝う祭りです」


真白は空を見上げた。

風が花びらを運んでいく。


「……いいね。きっと鈴音さんも笑ってくれる」


その夜。

真白は風に向かって語りかけた。


「鈴音さん、見ててね。

 風の国は、もう大丈夫だよ」


夜風が頬を撫でた。

その中に、懐かしい声が微かに混じった。


――“殿、風は未来へ続きます”。


真白は静かに微笑み、風鈴を鳴らした。


その音が、四国の夜空にやさしく響いた。

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